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「あれ? ミス研のみんながいるの? なんなの? 一体」
遊に連れてこられた先は旧校舎の裏だった。何も聞かされずに来たので事情がまったく分からない。ミス研のメンバーが勢揃いしているのを見て、更に謎は深まった。
「俺らもなんも知らないよ」
と背の高い爽やかスポーツ少年風の色黒の健二(実はスポーツはさっぱりできない)。
「僕も無理矢理連行されました」
これはダテ眼鏡のチビの虎之助。
ミス研のメンバーはこの四人+幽霊部員が何人か。遙香は紅一点なのだ。
「おい、いい加減待ちくたびれたんだけど? 用があるならさっさと言えよ」
「無駄に凄まないでよ。健二が凄むととても怖い」
遊が遙香の後ろに隠れたので殴っておいた。
「ええっと、では、緊張もかなり高まってきましたので、爆発する前に本題に入ります!」
前口上はいらないからさっさと要件だけ語れ!!とのブーイング。
「では、本題です。じゃーん。どうぞ、出てきてください!」
彼の言葉に、ちょうどみんなのいる場所からは影になって見えない部分から人影が姿を見せた。
「「…………」」
その姿に、とりあえず全員が言葉を失った。
長い髪の毛は太陽の光をキラキラと反射させてなお綺麗に見える金髪。ゴールド。服は派手なアクセサリー(まさか本物の宝石じゃないよね?、と遙香)がいくつかつけられていて、どこかのお姫様のような出で立ちになっている。布も、さらりと流れるあの感じはシルクかもしれない(遙香の姉がシルクマニア)。
「シーネイムイズ、マドレット!」
遊が静まってしまった場を華やかにしようと大声をあげて言ったが、冷たい風が吹くだけだった。
「…………」
「えーっと」
何か喋らなければいけないと感じたのは遙香も一緒だった。
「コスプレ?」
「外人さん?」
眼鏡チビとエセスポーツマンが交互に言った。
ちらり、と彼女が遊の方を見て、遊が頷くのを確認してから口を開いた。
「私の名前はマドレットです。違う世界から来た………んだと思われます」
語尾が微妙だったため、いまいち他の人には伝わりづらかったが、
「異世界人!?」
「いや、異星人!?」
馬鹿二人は喜んだ。それを見て、遊は満足げに頷き、遙香は言葉を失った。しっかり伝わったようだった。
「いやいや、あり得ないでしょ。異世界人とか異星人とか。普通にコスプレなんでしょ? 名前も、なんかのアニメのキャラの名前とか?」
と現実主義の遙香は彼女の髪の毛をいじり始めた。
「これはカツラ?でもそれにしても随分と綺麗でサラサラしてて、染めたにしたって、綺麗すぎでしょ。服とか何これ。手触りがめっちゃサラサラしてる。このアクセサリーってただのガラス?色がみんな違うんだ。手が込んでる」
髪の毛だけではなくあちこちいじっていた。
困惑げな表情になったマドレット。
「あの、あんまりあちこち触らないでください……」
「はいはいはい。離れて遙香。では、見せちゃいましょう。証拠を。彼女が間違いなく、少なくとも地球に住む人間ではないということを。マドレット、今朝のアレ、ちょっとやってみて」
「あ……はい」
何やら遊は、方向を指示していた。
「じゃ、いきます。みなさんその場でストップね。怪我すると困るから。さあどうぞマドレット!」
遊の言葉の直後、いきなり現れた強い光に目が灼かれたと思った瞬間、大きな音が鳴った。雷のような鋭い音だった。
一番早く視力が回復したのはエセスポーツマンの健二だったようで、「なに!?」と驚愕の声を上げた。
次々に視力が回復していき、「え?!」とか「へ!?」とかそれぞれが驚愕の声をご丁寧に順々に上げていった。
結果だけを端的に表現すると、地面が割れていたのだ。状況から考えて、あの光は本当に雷みたいな感じだったのだろう。
「ナニコレ」
「みなさん見ましたか? これが証拠です。こんなの地球人には無理でしょ。というわけで、異世界人か異星人に決定です!! 世紀の大発見です!」
マドレットはなんだか照れているように見えた。この台詞で照れるというのは遙香には少しばかり理解しがたい反応だったが、地球人ではないなら地球人とは違う反応をしてもおかしくはない。
「ちょっと質問あるんだけど」
「はい。遙香どうぞ」
「えと、遊は彼女をどこで見つけてきたの? まさかあんたが異世界とやらに行って連れて帰ってきたとか言わないわよね?」
ここにきて、初めて遊は言いづらそうに俯いた。
「ええっと……。怒らないでというか呆れないでというか……普通に聞いてください」
そこで苛つきしか提供しない無駄なタメを入れた。
「朝起きたら隣で寝てました」
あまりに予想外の言葉に、三人は言葉の内容を理解するのに何秒かを要した。言葉を咀嚼して、状況を思い浮かべて………。
(ああ! 無理!!)
「何よその、ちょっと前のライトノベルでよくあったような展開は! 今じゃもう恥ずかしくてなかなか見ないわよそんなシチュエーション!! てか嘘でしょ? 現実と空想の世界をごっちゃにしてるんじゃないわよ永遠の中二廟野郎!」
「いやいや、実は本当なんだ。朝起きたら隣でマドレットがすやすやと寝ていて、少しびっくりしたけどでもあんまりにも綺麗だから見とれてたら起きちゃって、んで今のどっかんを家でやられたんだよね……」
どっかんとは今の地面割現象の事らしい。
「あれ? というと、家は割れている訳ですか? じゃあ直すのにかなりお金かかりそうですね」
と眼鏡が言うと、それがその必要はないんだな、と鼻を膨らませて遊が言い、マドレットに「その後にやったヤツお願い」と言った。
それを聞いた彼女が祈りを上げるように両手を合わせた。すると――
割れた地面が元通りになりやがった。
なんだこりゃ。とさすがにみんなの頭が大混乱を起こした。けれど大混乱を起こしたのは1分もかからない程度で、すぐにみんなは状況を把握した。
最初の二人の男子の反応から分かる通り、ミス研(ミステリー研究会)というのは名前こそミステリーだが、その実はただの本好きアニメ好きが集まったオタク部なのだ。当然ライトノベルも制覇しているので、この手の状況には慣れていた。そして常に、異世界人とか異星人とかに出会わないかと心をときめかせている連中ばかりだった。超能力にも憧れているし、未来人とかにも会えたら楽しいだろうなぁ、とみんなで内輪受けしかしない同人誌っぽいものを書いたりして愉しんでいたりもした。
ちなみにちゃんとミステリーなどの本を読んでいるのは部長の遙香だけだった。しかもそんなにマニアでもないので、読んで面白かったらそれで終わり。本格も新本格も社会派もどうでもいい。
「えとえと、どこの世界から来たんですか? 他に何か超能力使えますか?」
「空飛べる? 未来に行けたりする?」
あっという間にこの変な状況に馴染んだ二人は、好奇心のままに質問を浴びせかけていた。
しばらくの間、浴びせられた質問に戸惑っていた彼女だったが、次第に落ち着きを取り戻し、みんなに宣言するように言った。
「私はアルベスという国から来ました。国王の第一王女です。ここがどこかは存じませんが、私のいた場所とは違うということだけは分かります。アルベスは、魔法がすべてを制する世界です。
けれど、ある時反乱が起きました。
アルベスに生まれる者は、魔の力を持つ者と持たない者に分けられます。魔の力があるかないかで学ぶ事も違ってきます。
力を持たないものは、知力を磨いて魔の力を一層ひきたてる方法を考えるものや、力仕事で――力仕事は魔法でできるので人の力は要らないのですが、魔法でやるよりも人の手でやる方が早いようなものをやってもらったりします。
魔の力を持つ者は、ひたすらその力を磨きます。人によって得意不得意があるので、それを見極めて適正の高い魔法から学んでいきます。魔の力を持つものは他の力は磨かれないため、持つ者には決してできないことを持たない者がやるということです。
このように、それぞれの役割分担があるので、魔の力があるないで人を見下したりなどという事はしません。それぞれが、それぞれを認め合って協力して国を育ててきました。
……そのはずでした」
いったんそこで言葉を句切る。遙香は、魔法があるかないかで人を見下したりはしないという事は信じられなかった。持たない者というのは、常に持つ者に対するコンプレックスに悩まされるものだ。
次にマドレットが言った内容は、その遙香の考えを裏付けるものだった。
「魔の力を持たないものたちが集まって、誰にも知られずに密かに力を磨いていたようです。力というのは、人を――魔の力を持つ人を傷つける力の事です。
そしてつい先日その一派が立ち上がり、反乱を起こしました。魔の力を持つものをすべて廃すると言って。
魔法を使うものは、肉体的な力を一切磨かないため苦戦しました。それでも、魔法でなんとかしのいできたのですが、魔法はもうアルベスでは当たり前の能力なので、人民はみんな、その長所と短所を知っています。当然その反乱を起こした一派達は、その長所短所をしっかりと抑えた戦いを仕掛けてきたため、すぐに城は落ちました。
私の両親やきょうだいたちもみな殺され、私はその反乱軍の王妃にと……。
私はそれだけは嫌だったので、逃げました。
逃げて、逃げて、……そして海に落ちて死んだはずでした。
海に落ちた所までは覚えているのですが、次に意識を取り戻したのは、このユウとかいう名のベッドの中でしが。もう訳が分かりません。一体どういうことなのか、私が一番知りたいです」
長い語りが終了したが、謎が謎を生んだだけだったような気が、遙香はした。他のみんなを見渡したところ、みんなも自分と大差ない表情をしていた。
つまり、「そんなこと言われてもなぁ」と。
「マドレットはそこに帰りたくないのよね?」
「あそこはもう、暴力が世界を支配してます。戻れません」
「じゃあさ、ここにいなよ。その――地面を割る力とかを魔法っていうんだろ? 他にも見せて欲しいしさ。ここは平和だから、大概の事は「なんかの撮影かな?」で誤魔化せるしさ」
遊はとんでもないことを言った。が、マドレットは首を横に振った。
「いえ、私は魔の力を持たない者です」
「「へ?」」
四人がまた固まった。あんなに見事に地面を割っておいて、力を持たないもの?
「いや、ないでしょ。あんなの魔法とかじゃなかったらなんかの手品? 仕掛けとかあるの?」
「魔の力を持たなくてもあれくらいはできます。持たないと言っても、魔の力は血に流れているので、ゼロではありません。ちなみに、魔の力を持つものは、赤ん坊でも、あれを何十何百と空から降り注がせることが可能です。私は魔の力はないので、そこまではできませんが……」
「「何十何百?」」
またもや四人がシンクロした。赤ちゃんが。
「そうです。最初に産声を上げるでしょう? その時に、その感情の動きでちょっとした魔法の暴走が起きるんです。だから、必ず赤ん坊にはシールドをかけます。そうすると、暴走した魔法はシールドの外にはいきません」
「シールド?」
「そうです。子を成す予定の男と女は、子を成す前に必ずそのシールドを作る練習をします。これができないままに子を産んでしまうと、法律により罰せられます。たいていのものは魔力でシールドされてるので、あまり被害はないのですが、シールドされてない部分もありますし」
シールドというのは防御壁のようなものだろう。眼鏡男が眼鏡を押し上げて、言った。
「赤ん坊にシールドをかけて、その中であの雷規模のものが何十何百と降り注いだら赤ん坊死ぬんじゃないですか?」
「ああ、ちょっと説明不足でしたね。普通の物にかけるシールドと、赤ん坊を包むシールドは種類が違います。単にシールドと言ったら、外からの力を防ぐものですが、赤ん坊を包むシールドは中からの力を外に出さないものです。もちろん、普通にシールドでくるんじゃったらあなた……ああ、トラノスケとおっしゃったかしら、あなたがおっしゃったように、赤ん坊は焼け死んでしまいます。
そうならないために、赤ん坊を包むシールドはちょっと変わった構造になってます。つまり、中で発された魔力を吸収する事ができます。それにより、暴走した魔力はどこにもいかず、ひたすらシールドが吸収し続けます。
ちょっとコツがいるシールドなので、お母さんになる人は誰かに師事して教わります」
私みたいなこんな力は、無いも同然です、と自嘲気味に言った。
「じゃあ、ちょっと聞きたいんだけど、あなたが言う魔法っていうのは、感情が乱れた時とかに暴走するのよね?」
「そうですね」
「そしたら、自称魔力を持たないあなたの感情が最大に乱れた時に暴走する力ってどの程度なの?」
遙香の質問に、マドレットはよく分からないと言った感じで首を傾げたが、
「私の出せる最大出力の魔法はどの程度かという質問ですか?」
「そんな感じね」
「たぶん……ここが全部粉々になります」
四人は今度こそ、意味が分からず硬直した。「ここが全部」?
「こ……ここが全部っていうのは、ここら辺一帯がってこと?」
「そういう意味に取っていただいて結構です」
「学校が全部ってこと?」
「ガッコウというのは?」
「ああ、ここに建ってる建物だよ。いくつかあって、その中に人間がたくさん入ったでしょ?」
遊が噛み砕いて説明する。
「それのことですか。それも全部ですね」
やはり何かおかしい、と四人は内心で首を傾げる。「それも全部」?「も」?
「も、っていうのは、学校の他に粉々になるものもあるってことかしら?」
「学校の他にというか……ううんと、……ここって地面が続いてたり、割れて海があったりしてるでしょう? 私が把握できる限りでは、おそらく球状だと思うのです。そして、その球状のものは、黒い空間にいくつか浮かんでますよね? どういう仕組みでかは分からないのですが、だいたいそのようなイメージになってると思っていいでしょうか?」
どのような力をもってして知ったか不明だが、どうやら彼女は宇宙に地球が浮かんでいるということを表現したいらしい。ので、遙香は彼女の言葉に深く頷いた。
「少なくともその球状のものは全部粉々になると思います」
今度は分かりやすかった。
分かりやすく、とんでもないことを言い放ちやがった。
「さっきも申しましたように、私の力など些細なものなので、恐らくそれが精一杯だと思います。魔法を持つ者は、その黒い空間ごと消滅させることもできるんじゃないかしら。空間というか、時空とか因果とか色々なものをねじ曲げたりくっつけたり消滅させたりと、とにかく私の力では到底及ばない事ができます」
いや、アナタがそんだけの力を有してるというだけで大変なものデスヨ。
と、きっと全員が言いたいだろう。
すなわち、彼女の感情を乱すような事をしたり言ったりしたら、地球が粉々になるということだけは分かった。明確に分かった。
四人が輪になって相談を始めた。
「彼女を決して怒らせたりとかしないようにしながらなら眼福でいいんじゃないかなー」
「僕は正直怖いです。どんな事が地雷か分からないので、分からないままに地球が滅んだら困ります……」
「俺も眼鏡に賛成だな」
「私も大賛成。危険人物は廃するのみ」
というわけで、多数決で決まった。
マドレットという美しい爆発物は、彼女には申し訳ないが元の世界に戻っていただきたい、といったものだった。
マドレットの貞操よりも、地球を守る事のほうがどう考えても大事だった。
四人で円陣を組んで気合いを入れると、マドレットの方に向き直った。彼女はどこか曖昧な表情をしていた。
マドレットにお戻りいただきたいということを、彼女の感情を乱すことなく伝えるにはどうしたらいいのだろう、というのがとりあえず一番の悩みどころだった。
すべては地球を守るため!!