なんか多くない!?赤穂四十七士!
師走の月がまだ明けない暁闇の空に滲んでいる。
時は元禄十五年旧暦十二月十三日。とくればところは本所、吉良上野介義央屋敷前である。
(ふっふっふっ、ついにこの時が来たわい)
大石内蔵助良雄は手にした討ち入り太鼓の重みを確かめ、一人ほくそ笑んでいた。ついにあの苦しかった日々からおさらば出来し、汚名を返上できるのだ。長かった。やっとこのときが来た。もう家老ニートなどと、陰口を叩かれる生活など、うんざり。輝かしいスターへの階段を駆け上がるのだ。
この一年半と言うものは、買い物に行くのだってひと苦労だった。家老ニートとバッシング報道を受けてからこの方、どこへ行くにも取材陣がつきまとい、パパラッチが追いかけまわし、水着のグラビア雑誌一冊買っても週刊誌にエロ家老とすっぱ抜かれた。そんな連中につきまとわれて、仇討ちを計画するのは至難の技だった。最近になってめっきり減ったが、それもこれも大石の苦労の賜物だ。
今思えば主君、浅野内匠頭切腹後の記者会見の席が一番辛かったものだ。
「討ち入りはあるんですか!?ここまでされて黙ってるわけないですよねえ!大石さん!あるのかないのか、そこはっきりさせて下さいよ!」
あのときは正直言ってノープランだった。だからこそのノーコメントだったのだが、今なら涙ながらに、あいつらに訴えてやりたいところだ。
「討ち入りは…あります!」
と。
今夜、堂々にっくき吉良邸へ討ちいる。
この赤穂浪士四十七とともに。
ふふふ、この赤穂浪士四十七と言う呼び名も、四十七士じゃ野暮ったすぎるので、この日のために大石が考えたものだ。今日を境に世間の評価は一変するだろう。そのとき、自伝やドキュメンタリーをはじめとした映像作品やグッズを売り出すときの考えに考え抜いた戦略だった。
四十七人いれば、どっかのアイドルと間違われて、それぞれにファンがつくかも知れないと言う打算である。そしてその四十七を率いる代表監督として、この大石内蔵助の名前は、おおいにフィーチャーされるだろう。年末ぎりぎりになってしまったが今年の理想の上司ナンバーワンだって夢じゃない。自叙伝や自己啓発本だってバカ売れするに違いない。
おれの人生一発大逆転。
それがこの赤穂浪士四十七と書いてAKR47に懸っているのだ。
「四十七士よ!おのおの方、支度はよろしいかっ!討ち入りでござっ…ってあれ?」
太鼓を打ち鳴らし、声を上げかけて大石は目を丸くした。
集まった同志の数が、なんだか、多すぎるのだ。
四十七人どころじゃない。見たところ、百人以上いそうだ。
「おっ、おいおい、誰か。何か四十七士多くないか?」
大石の呼びかけに、出てきたのは堀部安兵衛武庸である。
「おお安兵衛よく見ろ、これ。話が違うよ。四十七じゃない!」
「四十七?大石さん、言ってなかったでしたっけ。討ち入り浪士、募集したんですよ。一般公募で。そしたらなんか、集まりすぎちゃって」
「集まりすぎちゃってじゃないよ!」
御近所迷惑になることも考えず大石は、思わず絶叫してしまった。
「四十七じゃなきゃ困るんだよ!もうファングッズだって、四十七で発注しちゃってるんだから!つーか大体なんで一般公募してるんだ!赤穂藩に関係ある人間を呼べよ!」
「いやーほら、うちにも結構赤穂藩の人泊めたりしてたんですけど、みんな就職決まっちゃったとか家庭の事情があってーとか言って段々、メンツ揃わなくなってきちゃったんですよ」
「バンドやってんじゃないんだぞ、安兵衛」
大石はため息をついて、集まったメンバーたちを見渡した。本当に知らない顔がいくつもある。
「しょうがない。とりあえず集まっちゃったのはいいよ。実際、討ちいりには人数必要だしな。でもな安兵衛、ちゃんと集めたメンバーは管理してるんだろうな。名簿とか作って人数把握してくれないと困るんだよ、宣伝上。大体四十七からどれくらい離れてるんだ」
「今はちょうど三百六十五人です」
「多過ぎるよ!て言うか三百六十五って一年間かよ!」
赤穂浪士三百六十五。英語に直すと、ああめんどくさい。日本語でも英語でも、どっちにしても語呂が悪いのが分かれば十分だ。
「なんて呼べばいいんだよ!私的にも世間的にも、我ら赤穂浪士四十七士じゃないか。AKR(赤穂浪士)47なんだよ!それが三百六十五人も!やっぱりだめだ多過ぎるよ!」
頭を抱える大石に安兵衛がそっとしょうもない代案を出した。
「いっそ日替わり一年赤穂浪士って言えば…」
「日めくりカレンダーかっ!そんなことしたら、何日に討ち入りしたのか忘れられちゃうだろ!ただでさえ年末でみんな日本にいないのに。あーもう討ち入りやめたい!おれだって年末こんな仕事なんかしないで海外旅行行きたいよ!つーか寒いし!大体赤穂藩があったら今頃、ハワイに行ってたところだったんだよ!寒いの苦手なんだよ!殿が吉良のじいさんなんか相手にせず、あそこで我慢してくれてたら…あーあ、家老の頃は良かったなあもうっ」
一気に嫌になった大石は半べそで現実逃避し出した。この一年、なんだかんだ言って遊んでいたので、やる気がなくなるとすぐに現実逃避するのが癖になってしまっているのだ。
ネガティヴなことをぶつぶつ愚痴りながら壁を蹴ったりしていて一向に前に進まなくなってしまった大石を安兵衛はうんざりした顔で見ていたが、何かフォローしないと本当に討ち入り中止になってしまうので、恐る恐るまた代案を出した。
「あのー殿、へそを曲げないで下さいよ。そうだ!ほら三百六十五人いるなら、ちょっとずつ分割すればいいじゃないですか!四十七人ずつ!あの四十八人いるアイドルだってそう言う活動してるじゃないですか」
「そ、そうか。…うん、その手があったな。じゃあ、討ちいり場所に応じて、人数を分けようか。で、メンバーってどんな人がいるのかな。全員は時間なくて無理だけど、ちょっと話せるかな」
「なんとかなると思いますよ。ちょっと待って下さい」
と言って安兵衛は何を思ったか、メンバーの中から色の黒い大男を選び出した。見るからに彫りの深すぎるソース味顔の男は、大石の前へ出ると両手を拡げていきなりハグしてきた。腋臭と汗の匂いがえげつない。さらには戸惑う大石にべらべらとしゃべり出したのは、英語ですらなかった。これは、ポルトガル語だ。
「外国人じゃないかっ」
「ロペスはサンパウロから来たんですよ。以前三年ほど日本にいたんで、少し日本語が話せると言ってます」
「話せてないじゃないか!大体、どうして外国人なんだよ!」
完全に意表を突かれた。英語ですらままならない大石が、天地がひっくり返ったってこんなブラジル人とコミュニケーションがとれるはずはない。
「強力な外国人選手はチームの要じゃないですか。ロペスのリーダーシップは海外メディアにも定評があって。チームの司令塔としてきっと、活躍してくれますよ!」
「サッカーやってんじゃないんだ!て言うか、私の代わりに司令塔になられてたまるかよ!日本語出来なきゃ話にならんだろうが!そもそもこいつ、私たちの中で誰とコミュニケーション取れるんだよ」
ロペスが何かを言い出したら驚くことに安兵衛、流暢なポルトガル語で対応している。
「安兵衛、お前こいつと話せるの!?」
「赤穂藩にいたときから彼らのチームとはサッカー交流してましたから。大石さん、ロペスはこう訴えてます。監督、まずは私の実力を見てきちんと評価してほしいと。試合で結果を出せないまま帰国させないでほしい。ボランチは私のものです」
「サッカーから離れろ!討ち入りする気がないなら帰国しろよ!あーっ、もういい!他にはどんなやつがいるんだ!ブラジル人はもううんざりだぞ」
「後はドイツ、イタリア、イギリスなどのヨーロッパ勢ですね。控えにトルコやオマーン、中東からも来ています。でも、日本のことを多少理解しているのはロペスくらいですよ?」
「そんなやつが、どうして赤穂浪士に応募してくるんだよ!全員帰れ!もういいっ、お前ら勝手にサッカーでもやってろ!こうなったら安兵衛、私は一人になっても行くぞっ!」
「あっ、待って下さいっ」
「うっ、うるさいっ!こうなりゃ私だけでも名を残してやる」
ひとり刀を抜いて駆け出した大石の目は血走っていた。もう、家老ニートと呼ばれるのは嫌だ。江戸中のぶらぶらできる公園を探したり一日家に籠もるしかなかったり、頭が痛くなるまで寝てたりするような毎日にはもううんざりだ。朝酒昼酒にも飽きた。ハワイに行きたかった。雑念がぐるぐると大石の頭を巡った。
「吉良のじいさんがなんだってんだ!そんなやつ私一人で十分だっての!」
白い息とともに強がりを吐きながら、大石はびくともしない正門を乱打した。本当ならこの門を堂々と開けて討ちいるはずだったのだ。でももう、なりふりなんか構っていられない。無職だったあの頃に戻るわけにはいかないのだ。
「吉良っ出て来おいっ!討ち入りっ、討ち入りだあっ」
大石は声を限りに叫び続けた。もう夜も明けかけ、その姿は近所迷惑以外の何物でもなかったはずだ。
しかし驚いたことに、中からは誰も反応してこない。
まさかの門前払いを喰って大石もさすがに気力が萎えてきた。
「吉良あっ…ううっ、あのう、吉良さんっ、討ちいりっ討ちいりです!朝早くごめんなさい!討ち入り…なんですけど」
それでも中からは誰も動く気配がない。これだけ騒いで、下人の一人も顔を出さないとは。ついに大石は振り上げかけた拳を収め、がっくりとうなだれた。もうだめだ。明日から何しよう。折れた心が急速に冷えきっていくのが分かった。
「お、終わった…また無職なのにむだに明るい昼行灯に逆戻りか」
絶望すると、ふ、ふふふ、とびっくりするほど生気のない笑いで胸が震えた。この一年でもう涙も枯れ果てた。笑うしかこの切なさと悲しみと虚しさを紛らわす方法がなかった。
「あれ、あんた牛乳屋さん!?」
白いプードルを連れた近所のおばさんが通りすがったのはそのときだった。
「集金忘れちゃったの?だめだよ、そんなに騒いだって。朝から近所迷惑よ」
「いや…あのちが…いえ、ごめんなさい。朝から騒ぎ過ぎました」
どう見ても牛乳屋さんのはずはないのだが、間違いを訂正する気力もないので大石は素直に頷いた。
「吉良さんのところなら無駄よ。もう来年にしなさいよ。吉良さんね、ずうっといないんだから、家族ぐるみ」
「え、うそ…」
「嘘じゃないわよ。なんでも海外ですって」
「か、海外ですか…?」
目を剥く大石におばちゃんはとどめの一言を突き刺した。
「ハワイ旅行ですって。コンドミニアム買ったみたいなのよ。だから年末年始はずっとハワイ。お金も名前もある人って、本当に羨ましいわねえ」