8:子守唄
これは、テレビだ。
『テレビ』それは元居た世界でもあった、映像を遠くに届ける機械である。
だから目の前で映像の人物達が動くこの道具は『テレビ』だと感じた。
たとえ過去の自分の記憶のそれとあらゆる所が違っていても、映像を映す以上それは『テレビ』なのだ。
母の膝の上でゆるゆると揺られながら私はテレビについて考えていた。
最近箱型テレビを使っている人はうち意外に居たのだろうか。地デジになる前から薄型が増え出したけれど、もう殆どそうなんだろうか。
この世界の『テレビ』は「薄型」だ。円い板ガラスで出来ていてまるで白雪姫の魔法の鏡のような形である。
壁に掛けられているところも鏡そっくりで不思議な気分になる。
こちらの世界の『テレビ』も箱型の時代があったのだろうか。もしそんな時代があったとして、キューブ状のガラスを使っていたのならばちょっとオシャレかもしれない。あちらの『テレビ』と違い、ガラスの周りには美しい装飾がほどこされているからだ。
アール・ヌーヴォーのように植物の蔓を這わせ、花を咲かせたデザインが洒落ている。
恐らくふちの素材は鉄であろうか。装飾の全体は黒く塗られ、蔓や花の部分は銀色をしていてシックな雰囲気が私好みだ。
装飾部分の真ん中下部には黄色の石がはまっていて、それもまた『テレビ』の美しさを引き立てている。
動力源は電気かもしれないが、少なくともパッと見は違う。
裏に電池がはめ込まれていたり、コンセントがあった場合は分からない。
いったい何で動いているのか気になる。
実はこちらの世界にも電気はあった。部屋のライトは電気で動いている。
一応電化製品らしきものもある。もちろん前世のものとオシャレ度が違うのだが。
なので普通に考えたら電気だろうが、魔法のある世界のようなので魔法かもしれないと疑ってみてもよいでしょう?
そこまで考えてふいに、意識がそれまで延々と流れていた映像を捕らえた。
掛け板ガラスの受け取った映像には、笑顔で手を振る男女を映し出されていた。
二人とも外見は30歳ぐらいの若さに見えるが、人々を見やる暖かな目とゆっくりと無駄の無い仕草はもっとずっと年齢を重ねた人物のようである。
決して派手な格好をしている訳ではない。むしろどちらかと言うとデザインはシンプルな服装である。
そんな格好なのに、ちっぽけな映像でさえもその一挙一動に目を奪われてしまう。
この者達はただの一般人ではない。まして芸能人のような存在でもない。もっと別格の存在であるのだ。
そう思わせる雰囲気が彼らにはあった。
「kuoiiio iuoeiem kuwohy」
「juoaao qwyu」
膝上の私の頭を撫でながら母が何かを父に話しかける。
隣に座る父は母よりもうれしそうに話しかえす。
おそらく話題は『テレビ』の内容についてであろう。絶えない会話のラリーの間にも『テレビ』にちょくちょく顔を向けている。
映像では多くの人間が気品ある二人に向かって歓声を上げ拍手をし、手を振ったり、踊ったり、ジャンプしたり、花びらを蒔いたりしている。
ごった返した人を見て、この国にはこんなにも人が居たのかと驚いてしまう。東京の中心なんて目ではないほどの人数だ。
もう夕飯時だと言うのに画面の中の屋外は昼かと見まごうほど明るいものだった。
何か『テレビ』でこんなにも大きく取り上げるほど良いことが合ったに違いなかった。それとも、ただのお祭りか?
私の居るこの家の外もなんだかいつもよりも騒がしい気がした。
画面の中の女性の方がやさしく自分の腹を撫でる。
横に立つ男性はそれを幸せそうに見て、彼女を守るように寄り添う。
もしかして、この女性はお腹に子でも居るのだろうか。
昔見た妊婦の女性の仕草と画面の女性の姿が被る。あれは未だ生まれ居出ぬ我が子を慈しむ母親の顔だ。
ならば確かにお祝いだ。しかしここまで大事になるのは、今更だがこの国の位の高い人物の懐妊なのか。
位の高い人物?総理大臣夫婦?そんなもの居るのだろうか。大統領がグリーンの宝石がついた金の王冠を被ったりするのか。
ここが「ファンタジー」の世界ならばもしかして、もしかして。
「王族」?
ここは王族が、王様がいる国だったのか。
そんな推測をしてみても、今の私では答え合わせが出来ないのが悔しい。
最近めっきり動かしやすくなった身体を動かしてみたって、「ご飯欲しい」とか「おしっこ」とか「いやいや」など大まかなことしか伝わらない。
仮に画面に指を指して『あれは何っ?』のようなジェスチャーをして、意図を理解して貰ったとしても、私にはその回答の言葉さえ分からない。
簡単な単語、それこそ「ごはん」だの「よしよし」だの「ねんね」なんかは少し理解出来るようになったけれど、細かいことは未だわからない。
わからない、わからない、わからないことだらけなんだ。
だから悔しくなって無意識に、今自由にできる身体を精一杯バタバタさせてストレスを発散させる。
いきなり暴れ出した私に母が驚き困ったようにあやし始めた。
「oeyuii シルヴァン ごはん?」
違う。
ああ、気になることがあっても分からない、伝わらないってなんでこんなに悔しいんだろう。いや、もどかしいんだろうか。
思わず大泣きしてしまう。悔しい、悔しい。
私を父に預け、母が部屋を出て行く。おそらく私の食事を持ってくるのだろう。
ドロドロの離乳食にはもう慣れたけれど、柔らかすぎて苦手なものもたくさんあった。
歯が二本ぐらいしか生えておらず噛めないので仕方の無いことなのだが、なにものも固ゆで派な私には少し酷だ。
何かのペーストを持って母が戻ってくる。
口に含むとまろやかなトウモロコシの風味が口いっぱいに広がる。コーンスープ。
別に欲しくなんてなかったのに、一口飲むと心が少し落ち着いた。
今のベストチョイスであると両親に笑顔で笑いかける。ホッとした顔が見える。
食事をすると落ち着くなんて効果があっただろうか。ただ単に私がそんなにも食いしん坊だったのだろうか。
小さなコップ一杯ほどのスープを全て平らげる。母は料理上手な人だ。
前世の母はどうだっただろう。確か、茶碗蒸しは得意だった。
前世のこと、母のこと、全てが最近は夢のように思える。
父が死んでしばらく経った時と同じ気持ち。
亡くなった当初はあんなに悲しかったのに、あんなにも喪失感があったのに、しばらく経つとあの人が居たことは嘘だったのではないかと思えた。
どんなに辛く悲しくても、その思いがずっと続くことなんか無くて、大事な人が死んだって自分の時間は動いて行く。
私の中からパカリと抜かれてしまった父という人物の場所が、気がついたらもう別のもので埋まっている。
思い出さえも新たな経験の中に埋もれホコリを被っていった。
今、その時と同じ気持ちだった。
過去の母が今どうしているのか。そんな思いから、薄らと旅立つ自分の心に寂しさを感じる。
無意識に自分の耳を触る。慣れた形が手の中に収まる。
ふいに、今では耳慣れてしまったメロディが鼓膜を振るわせた。
普段は柔らかいソプラノで聞く子守唄であるが今日はいつもと違っていて、昔々に溜めたホコリを少し払った気がした。
心地よいテノールの声に包まれ、私はゆるゆると本当の夢の世界に向かっていった。
テレビは相変わらずお祭り騒ぎの映像を映していた。
派手な露店が並ぶ町並みは日本とは全く別の国のものであった。




