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2:過去への思い

とても暇だった。


転生を自覚したその日から未来への不安でいっぱいだった頭も数日経つと暗い思いを抱える事にさえも飽きてしまった。今の所は別段高い魔力を持っているだとか何かの加護があるとかは見られないので若干安心した事も要因の1つだろうか。人間1つの事をずっとずっと考えていることなど出来ないのだと実感した。


けれども言葉を覚えようとか間取りを覚えようとか今後の対策をしようとかは考えない。全ては自然のタイミングにまかせることにした。

普通の生き方をするならば普通ではない事はやらない方がよいのだ。

そうすれば精神が20歳だとしてもおかしな成長もしないだろう。ボロが出ることも少なくなる。

もっとも、成長して行く事さえも面倒くさくてかなわないのだが。


赤ん坊というものは何故こうもする事がないのだろう。


だからよけいに目を背けようとしていた思いに帰って来てしまう。

未来の憂鬱はもちろん大きいが過去の記憶はそれよりも私を暗い気持ちにさせる。

小説の中の転生者はやはり鋼の精神を持っているのだと思う。だって、


—お母さんは元気なのだろうか?


肉親の事や前世の事に深く捕われはしないのだから。


『俺は交通事故で死んだ。ふと気がつくとなんだか体が思うように動かなくて周りには自分より大きい人間が居て、驚いて言葉を発しようとした。けれども口から出たのはふにゃふにゃという声と泣き声だけだった。あらあらどうしたのと駆け寄る母親と思わしき人物。これがまためちゃくちゃ美人で、何これ!?横のはまさかその夫でもしかして俺の父親か!?まじかっけええええ!しかも超お金持ちぽいしさっき魔法って単語聞こえたし、なにここファンタジーの世界!?すげえええ」


よくある物語の冒頭を思い出しふっと笑う。人間そんなに単純なものではないと思う。

なぜ過去のことに捕われずに軽く転生を受け入れられるのだろうか。


ぼんやりと天井を見つめていた目をそっと閉じ、自分の過去を思い出す。

大学生の自分。朝起きて朝食を作って学校へ行く。授業を受けてカラオケに行って家に帰って来て夕食を食べる。パソコンをしながらテレビを見ておやつを食べてお風呂に入る。


「お母さん、お風呂出たよ」

過去の自分の声が頭の中に響く。

「はいはい了解。これ終わったら入るわ」

そう言った母は花に囲まれていた。お風呂に入る前にはすっきりとした一般家庭の部屋だったのに一風呂で部屋中が花だらけだ。けして大きくも小さくもない部屋だけれどこうなるとちょっと圧倒されてしまう。

浦島太郎の気分ってこういうものなのかもしれない。

「内職もやることにしたの?お母さん大丈夫なの?」

「大丈夫よ、働くの好きだから!」

そう言いながら花畑の生産に勤しむ母の手に擦り傷がちらと見えたような気がした。

「そっかぁ。まあでも無理はしないでね」

言いながら炭酸ジュース片手にテレビの前に腰を下ろす。横に転がって来た花をポンと母の近くに投げ返す。

どこの家庭もこんなものだろう、健気に家事を手伝ったりする娘などそう多くは無い。

母1人子1人の母子家庭ではあったが少なくは無い父の遺産があったし、お金に困った事もなかった。

だから本当に内職やパートは手持ち無沙汰だった母の趣味だったのだろう。


ーお母さんは元気なのだろうか?


頭の中でぐるぐるとまわる答えの出ない疑問。

きっと元気では無いだろう。

早くに夫に先立たれて次は女手ひとつで育て上げて来た娘が自分よりも早く逝ってしまったのだから。

今頃は悲しみに暮れる暇もなく私の葬儀に追われているのだろうか?

いや、葬儀などもうとっくに終わっているのかもしれない。意識はどうあれ私の肉体がこちらの世界に生まれ出たのはもう3ヶ月も前の事だ。

では今頃は1人であの家で過ごしているのだろうか。

「お母さんの夢はね、智子と智子のだんなさんと智子の子どもと過ごすことなのよ。一緒に暮らしたいと言っているんじゃなくて、ちょくちょく会えたらそれで幸せ」

そう言っていた母は今何を思い生きているのだろうか。

置いて来てしまったあの母を思いまた泣いてしまった。


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