15:アイスクリーム
ゴーン ゴーン ゴーン…
終わりの鐘は校内に大きく響き渡ると、またゆっくりとその音を小さくして行く。それと反比例するように、生徒たちの声で辺りはだんだんと騒がしくなっていった。
日のすべての学科が終わった学校の日常風景と言えよう、生徒達は思い思いの放課後を過ごすために席を立ち、外へと消える。部活動に向かうものもあれば遊んで帰るものもあるのだろう。
教室の隅では習ったばかりの水晶玉を使った未来予知の練習をしている生徒もみえる。
黒い長袖ワイシャツに金色のリボンを結び、黒いズボンに黒いベルトを身にまとい、リクハルドはカバンに教科書を滑り込ませていく。プラチナブロンドの髪が真っ黒な制服にはよく映えた。
部活動に所属している訳でも、残って授業の復習をする訳でもない彼はさっさと身支度をすると真っ直ぐに教室の出口へ向かう。
「今日もお疲れさーん、リクハルド。今から暇?」
教室を一歩出ると待っていたのか、眼鏡の悪友がなんとも晴れやかな笑顔でリクハルドに声をかけた。リクハルドの従弟と同じ獣のような形の耳と眼鏡が彼のトレードマークだ。
彼とは今年は別だが、1年の時から去年まではずっと同じクラスであった。
きっと来年から行く中等学校もその次の高学校も同じところに行くだろう。悪友が騎士やら魔術士になりたいと言わなければ。
「よう、ロジェ。どっか行くか?」
「アイス食べに行こう!いやぁ今日も暑くて暑くて」
「いいね」
そう言って、悪友のロジェと並んで歩んで学校を出る。
リクハルドの通うこの学校は中魔術を取り入れた普通学校である。完全な普通学校よりも少し魔術教育に力を入れている学校で、中位ほどの魔力が無ければ入学試験で落ちてしまう程度の学校である。
一般の人間が平均的に持っている魔力が下の中ぐらいなので、そこそこ高い魔力量の者が集まっている学校だ。ちなみにリクハルドの魔力量は中の中レベルである。
年齢が上がるにつれて努力をすれば魔力の量が増える人も居るが、並み大抵の努力ではほとんど魔力の量は増えはしない。日常生活においては下の中ほどあれば充分なので、そこで努力するのは魔術士志望のものぐらいであろう。
二人は歩きながら家族のことやお互いのクラスや、習った科目についてあれこれと話しながらアイス屋に向かう。
ロジェもリクハルドと同じぐらいいたずら好きで、面白かったネタや失敗したネタのなどの話を競って披露しあったりもした。
気の合う友人と太陽の下、エメラルド色の街中を歩きながら話をする。そんな毎日をリクハルドは楽しいと感じていた。こんな生活がずっと続けばいいなと思っている。
「俺なんかね、従弟と初めて会った時にさ…」
話しながらも目的の場所に付き、二人はカランカランと音を立てながら扉を開けた。アイスの仄かな甘い香りがふわっと漂う。
「いらっしゃいませ。いつもご利用ありがとうございます!」
中に入ると営業スマイルを貼付けた店員がこちらを向き、二人に話しかける。パステルピンクのスカートが可愛らしい。
「俺ストロベリー」
「僕はコーヒー」
それぞれ好みのアイスクリームを受け取り、一番隅の席に着く。
「リンゴもいいけどたまにはストロベリーもいいな」
「コーヒーかビターチョコ味がおすすめだけど」
「苦いのはちょっとなぁ」
「リクはこどもだねぇ」
「うるさいな」
そんなやり取りをする二人の姿はこの店ではよくある光景だ。つまり毎回毎回するお決まりの会話なのである。
この店は知る人ぞ知るアイスの専門店だ。店内はパステルのピンク、緑、黄色で構成させており、いかにも女の子が好きそうな雰囲気である。戸棚にはクマのぬいぐるみがちょこちょこと乗っている。
普通ならこんなファンシーな所、そろそろ大人ぶりたいだろう12歳の少年が二人で来そうにも無い店なのだが、アイスの味が絶品な上に椅子もテーブルもあるのでリクハルドとロジェは学校帰りにちょくちょく寄っているのであった。
シルヴァンが見ていたらこの世界の生徒達の生活は、まるで前世で見る光景と変わらないと思ったことだろう。
「そう言えば店に入る時の話の続きは?」
ロジェが大きな口を開けてアイスにかぶり付きながらリクハルドに訪ねる。新品同様だったアイスは一口で残すところあと半分となった。
「ああ、従弟に初めて会った時どんな反応するかなぁと思ってくすぐってみたんだよ」
「そしたら?」
「おもいっきり噛み付かれた」
「あらら、反撃された訳だ。強いねぇ従弟くんも」
「歯は生えてないから痛くは無かったんだけど、手が」
「手が?」
「ヨダレでべっとべと!」
「うわ、どっちかって言うと痛いより精神的ダメージがくるかも」
「うん。けど……」
リクハルドはまだ当時4、5ヶ月ほどだった従弟の事を思い出す。あの出来事がきっかけで自分に沸き起こった違和感の正体は未だよく分かっていなかった。
これ以上ロジェに言ってもいいのか分からないが、つい口から出そうになる。
「けど?」
言葉を途切らせたリクハルドを不信に思いロジェが声をかける。突然ぼぅっとした悪友の顔は少し赤みを帯びていた。その表情に対しての疑問もロジェの声には含まれていた。
「身体の芯からぞくぞく来るような感覚ってなんだと思う?」
「はあ?アイス食べたときの?」
「じゃなくて、友達の話、なんだけど!たまに悪寒っていうかなんかぞくっとするんだって!」
我に返ったかと思えば突然話題を変えたリクハルドにロジェは戸惑う。今食べているしアイスのことかと思いそう返したが、どうも違うようだった。
ロジェが今まで見た事の無いような不思議な表情をして真っ赤になった悪友に少し可笑しさを感じた。きっと思い切って聞いているのだろう。
「友達ねぇ」
そう、きっと友達のことではない。今のリクハルドの様子を見れば「友達」のことでは無いと赤子でも分かる。
けれどもリクハルドはバレてるなんて思いもしないんだろう、とロジェはにやにやとする口元を肘をついて隠し彼の動向を伺う。
リクハルドは素直ないたずらっ子だが、ロジェは少しひねくれたいたずらっ子である。似ているようで違うからこそ友達としてはお互いに面白いのだろう。
「嬉しさ?恐怖?驚き?」
無難な所からその「悪寒」の正体候補を挙げて行く。正直なんとなくその正体は分かる気がするのだが、まさかリクハルドにはまだそれは無いと思ったのだ。
コーヒーアイスもビターチョコアイスも食べれないヤツが。
「じゃ、ない気がする。」
「具体的には」
「お腹の辺り?背筋?がザワザワして這い上がるような震え。だって友達が」
「ふーん。どういう時にあるんだ?その、悪寒?」
「えーと、その、ある人と居るとき、かな」
リクハルドは言いにくいのかどうも言葉を濁す。もじっと顔を逸らした。
「それって興奮?」
まさか、と思っていたことに近づいてみた。最初は少し驚きもしたが、顔を真っ赤にして目を丸くし、眉間に皺を寄せる悪友の姿にロジェは心の中ですでに爆笑していて、今にも現実に笑い出しそうになる。
「はぁ?興奮?」
「あれだよあれ。つまりさ、お前も思春期なんだな」
「はぁ?」
そもそも、興奮にもいろんな種類がある。リクハルドがどの「興奮」だとイメージしたかは不明だ。
渋そうな声色から判断するとロジェの言う「興奮」の種類を分かっていないだろう。けれども表情から見れば、きっと潜在意識ではその「興奮」がどのような「興奮」なのか分かっているのだと思う。
だが、そこで優しく説明するほどロジェは親切ではない。むしろそんなことしたら面白みが無いと思っているのだ。
「なんかお前笑ってないか」
「そんなこと、くくっ。あーっははははははは!」
ようやくロジェが笑いをこらえている事に気がついたらしいリクハルドがムスッとして言う。
そりゃあ笑えるよ、などという言葉を無理矢理心に仕舞い、繕おうとしたがロジェにはもう限界だった。バンバンとテーブルを叩く音と、何もはばからない大笑いが店内に響く。
驚いて振り向く者も居たが、一度吹き出した笑いはもう止められない。
あの。あのリクハルドが恋?
笑わずにはいられない。しかも本人が気づいてない。
もしかしたら恋ではなく性の目覚めなのかも知れないが、どちらにせよそういうことに疎そうなリクハルドが言い出すような内容では無かったので、ギャップに笑えて仕方がないのだ。
相手は誰だろう?というか、性欲のみ?恋?
だめだ、笑える!
周りを気にせずに馬鹿笑いをするロジェに、リクハルドは何事か文句を言いつつ手に持っていたアイスをかじる。
その文句は、笑うのに必死なロジェにはまるで届かないのだった。