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14:物置部屋

「ローズマリー、ボリス」


シルヴァンはもう二年ほどの付き合いになる友人達の名前を発した。

仲の良い友と合ったにも関わらずその声には複雑そうな色を湛え、表情さえも引きつっている。


「「こんにちは!」」


そんな彼の様子には気にもとめずに友人達は声を重ねながら、家主達に元気にあいさつする。

「いらっしゃい、カロラ。それにローズマリーとボリスも」

母が笑顔でお客を迎え入れる。

ローズマリー達の後ろには高身長でまるでモデルのようなスタイルをした美しい女性が、微笑ましそうな目でこちらを見つめていた。

足首まであるシンプルな黄色いドレスを着て、腰まである赤茶色の髪をフワッとした三つ編みで1つにまとめている。そこに居るだけで目を惹かれてしまう存在だ。


「おじゃまするわね。今日はクッキーを焼いてみたの、はいこれ」

そう言いながら女性、カロラは手に持っていたバスケットをシルヴァンの母の前に差し出す。

中から少しはみ出して見える花柄の布がかわいらしい。

「あらありがとう!どうぞ上がって」

「「おじゃまします」」

母が言い切るか言い切らないかの内にシルヴァンの友人2人は家の中に入り、シルヴァンに駆け寄る。近づくと2人の目線は彼よりも上である。

その後ろから「元気ね」「ほんと困っちゃうわ。怪我しないように遊ぶのよ」などという掛け合いが聞こえ、シルヴァンは少しげんなりした。

のんきなもんだ、そう思いながら。


「シルヴァン」

キラキラとした、いかにも「楽しいです」という顔でボリスが言う。とても、嫌な予感がする。

「探険しよ」

同じような調子でローズマリーが続けた。

「え、どこを?」

「家の中!」

「行こ!」

「え、ここ僕んちだよ、あっ待ってってば!」


3歳児の辞書には遠慮という文字は無い。こちらの意見なぞさらりと無視し、家の探険を始めてしまう。

この自由人たちめ!シルヴァンは深いため息を着いた。


彼ら姉弟は右に4つ行った家のシルヴァンと同じ年齢の子どもたちだ。

3人で居るといつも知らない間に多数決のようになるのだが、双子なので大抵同じ意見になる。そしていつも双子対シルヴァン双子が勝つ。

ゆえに出会ってから今まで、こちらの意見が通ることなどほとんどなかった。

まったく、創作の世界だけではなく現実でさえも「双子」という生き物は強いのだと改めて思うはめになる。


母は紅茶を飲みながらおしゃべりをするのが趣味である。

そのためプチおやつパーティーとでも言うのだろうか、週に1度ほどのペースで双子の母である近所の友人カロラを家に招き、手作りのクッキーなどを持ち寄って2、3時間話すのだった。

ちなみにこの友人が縁でシルヴァンの母と父は出会ったらしいのだが、それは別の話である。


最初の会こそ子ども達を気にしながらお茶をしていた母親達であったが、何回も会を重ねるごとに別段事故も起こらないことを覚えこの3歳児3人は見ていなくても安心だと判断したようだ。

しかしそれはシルヴァンの大きなフォローで成り立っているのだと、母達にぶちまけたくなる。けれども毎回問題も起こらないものだから、その訴えをする場がないのだ。

本音を言うと、できれば自分だってゆっくりと母のお茶会に参加してクッキーやらパウンドケーキを食べたいよ。

ともかくそのような調子で毎週双子に振り回されて居るのである。

もう1人の友人が居てくれたならば、まだ姉のほうは制御できるのだがあいにく彼女が母のおやつパーティーに現れたことはないのだった。


勝手に廊下の奥に消えて行った二人に憤慨しながらも後を追う。普通の3歳児はこんなに素早かったりおてんばなのだろうか、と考えるもそもそも子どもと触れ合ったことなどなかった過去の彼には分からなかった。

それでも、3歳児はまだ目を離しては危ない年齢だろう、と頬を膨らませた。


「もうローズ、ボリスどこ」

自分と同じ3歳児である友人2人を大きな声で呼ぶ。

「こっちこっち」

リビングから2部屋行った場所にある物置部屋から二人がひょっこりと顔を出す。

「なんでこんなとこ入ったの」

「未開の地!」

邪魔なものをどんどん放りこまれた部屋は確かに未開の地ではあるのだが、それは答えになっているのだろうか。


「うわぁ、光…」

「うん!」

「すっごい!でしょっ」

部屋に入ると真っ暗なはずの部屋に野球ボール大の光が浮かんでいた。

褒めてとばかりにふんぞり返っているこの2人が使った魔術なのであろう。魔術は得意で、ことあるごとに使うのだった。

そんな2人の態度をシルヴァンは軽く無視する事にした。しかし、リクハルドと言いこの世界の人は浮くものが好きな連中である。


「部屋出てよ」

「出ない」

「これなに?」

「お母さんの服。もういいでしょ、オモチャで遊ぼうよ」

「これは?」

「ユベール国のお土産」

シルヴァンの苦情なぞ意に返さず双子はずんずんと部屋の中に進んでゆく。

物置部屋は名前のごとくの中身なのでいつ何が崩れてくるかも分からないし、危険なものが落ちている可能性だってある。何か事故が起きるかもしれない。

自分に面倒が降りかかる前に母の近くに連れ戻したいが、質問されるとつい答えてしまう。

「これは!」

「笛?」

こうしていつものように双子のペースに乗せられていった。


「ローズ、ほら石!」

「ほんとだぁ!」

「お宝発見!」

「何で石があるの?」

部屋の中を手当たり次第に捜索していた2人であったが、ボリスが隅の小箱で何やら子どもの手の平大の石を見つけたらしい。

2人はお宝お宝と騒ぎ、探検隊のように鑑定する真似をする。所詮本物の宝では無いが、幼い子どもには目についたくだらないものでも「お宝」になる。

けれど、何故そんなものが家の中にあるのか。そう思ったことを口にする。

「自分の家なのに分かんないの?」

「うるさいよっ」

ボリスが何を考えているのか口をくちばしのようにさせ、おどけた調子でシルヴァンに聞く。

普段子どもなんか入れないような部屋だ。幼い子どもが家の全てを把握してるわけがないだろう。

おちゃらけて陽気なのが2人の魅力の1つではあるのだが、少しイラッっとさせるときもあるのがたまにキズだ。


「この石あれだよね。普通のと違うの!」

ローズマリーが石を持ち、嬉しそうにブンブンと腕を回す。

「宝石?」

「違うよシルヴァン」

「魔石だよ」

双子が続けて答える。


「魔石?」

「知らないの?」

「うん」

魔石。そんないかにも魔術に関係がありそうなものがあるなんて、本当に異世界という感じだと感心しつつ素直に分からないことを伝える。

「魔術石。電気とか火を起こすの」

「あ、ビジョンガラスとか動かすの?」

「うん」

それならば知っている、とシルヴァンは思う。

この世界は科学も魔術も発展していて、生活内にはどちらの要素も入り込んでいる。用途によって使い分けているようだ。

そして「テレビ」によく似た「ビジョンガラス」は魔術で動くものらしい。ビジョンガラスの装飾部分についている美しい黄色の石はその動力源であるとつい最近知った。

しかし、その名称などは聞いてはいなかった。


「でも色違う。これ灰色だよ」

シルヴァンが言う。そう、あまりにもあの装飾に取り付けられた石とは違いすぎる見た目なのだ。

知っている魔術石はパワーストーンのようにきらきらと宝石のように美しい。こんな灰色のただの石ころとは天と地ほどの差がある。

「なんかね、中の魔力が無くなるとこんなんなるの」

ローズマリーが笑顔で答える。母親似で美人でよい。


「うちはよくこうなるよ」

ボリスはローズマリーの手の石を指す。

「僕のうちは見たことない」

「どうしてかな?」

「うーん」


家によって魔術石の使用頻度が違うせいだろうか、それとも魔術量の差だろうか。しかしそれならば、双子の家よりも魔術量が少ないシルヴァンの家族の方が早く消費しそうなものだが。

そもそも魔術石の使用方法も完全に知っているわけでもないし、扱いも分からない。具体的にどういうものかは根本的に知らないのだ。

いろんな事が分かって来たと思っていたが、まだ知らない事だらけである。


「わかんないからもういい。もっといろいろ探そ!」

「そうだね!」

考えるのに飽きたのか、手に持っていた魔石をポケットにしまうとボリスとローズマリーはパッと身体を翻し部屋に散る。

「あっ、もうちらかさないでよ!」

自由な2人にまたも牽制の言葉をかけつつシルヴァンも改めて部屋を見渡す。

今までこの物置部屋には入った事がなかったので、もの珍しさが勝ってしまう。

部屋の中は2人の出した光がぽつぽつするのを除くと光はない。電気はどこでつけるのかも分からず、カーテンは箱の山に埋もれて見える。

冬物衣装、秋物衣装が入った木箱、工具入れ、何が入っているのかわからない紙袋……

双子が言ったように本当に未開の地のようで、一体何があるのか興味が湧いて今度1人で気兼ねなく探索したいと思った。


「よ、シルヴァン。こんなとこで何してるんだ」


突然頭上から声がする。シルヴァンが驚いて顔を上げるとそこには歳の離れた従兄の顔があった。かち合った目は楽しげである。


「リクハルド!こ、そ」


思いがけない人物の登場に言葉が跳ねる。

この従兄はいつも突然だ。来るのも話しかけるのも行動も突然でいつも必ず驚かされてしまうのだ。

初めて出会った頃よりもぐっと身長も伸び、いたずらっぽい雰囲気には若干チャラさが混じるようになってきている。

それでも人懐っこさ、時折見せる少し潤んだような瞳など彼自身の根本は変わっていないようである。

しかしそれも、これからは分からない。12歳になった彼はそろそろ第二次成長である青年期に突入する頃なのだから。

目線を合わせるようにシルヴァンの横に腰を下ろし、楽しげにこの個性的な獣型の耳を触って来る手をぼーっと見つつ思う。


「あっ、リク!」

「リク兄ちゃんだ」

リクハルドに気づき双子が近寄ってくる。しょっちゅうシルヴァンの家に遊びに来る3人はこの家でかち合うことも多く、今では友達のような存在だ。

ちょっと警戒したような2人の態度はいつものことで、リクハルドの事はむしろ好きだがちょっと気に食わないことがあるらしいのだ。

「出たな、双子!」

そんな2人にリクハルドもこのようにいつもからかい混じりに返すのだった。


「また、シルヴァンに何かするの?」

「セクハラ!」

双子はシルヴァンの腕を1人片腕抱きしめるとリクハルドに向かって言う。

その言葉にリクハルドは今までのからかい顔を慌てたように変える。

「どこでそんな言葉覚えたんだよっ!大体セクハラなんかしてないって!」

「うそぉ」

「いつもシルヴァンにべたべた触ってるし」

「熱っぽい目するし」

双子の言葉に図星なのかなんなのか口をぱくぱくさせ顔を真っ赤にさせる彼は、年相応の子で面白い。

実際双子の言っていることは間違っていないのだと、とシルヴァンは思う。

あの潤んだ瞳は性的なものだと今ではわかるし、思春期なのだからしょうがないことかもしれない。今は上手くかわしたり、かわせなかったりしているけどとりあえず問題ないと受け止めている。

リクハルドがどこまで、どんな気持ちで居るのかはわからないが、元々20歳の女子大生だったシルヴァンである。少年の思春期などそのキャリアの中ではまだ可愛い部類であると余裕があるのは確かだ。


「ローズマリー、ボリス。リクハルドいじめるのそこまで。で、リクハルドは何しに来たの?」

からかわれたままなのは可哀想なのでそろそろ助け舟を出し、気になっていたことを訪ねる。

すると、ふいを突かれたようなリアクションをしてリクハルドがシルヴァンを見る。

「え、あっ。はぁ……。おまえらの母親に何処行ったか見て来てって言われたの!」

顔が赤く、涙目になっていて思わず笑いそうになった。我ながらひどい人間だ、とシルヴァンは思う。

「わかった!ふたりとも行こう」

「えーまだ探検する」

「捜索してないとこあるのに」

「クッキーもケーキもあるみたいだぞ」

やはりだだをこねる2人に、頬の赤みは消え半分はいつも通りに戻ったリクハルドが言う。

その言葉に双子はパッと顔を綻ばせる。

「そうだ、ママがクッキー作ったんだ!」

「早く行こ!」

そういうと2人は部屋から一目散に駆け出した。

「転ばないでよ!」

走り出てもう見えなくなってしまいそうな2人にシルヴァンは慌てて声をかける。

廊下の先で転んでないといいのだが、とはらはらする。


そんなシルヴァンをくくっと笑い「おつかれ」と言いながらリクハルドがシルヴァンに手を差し出す。

「じゃあ俺たちも行くぞ。食いっぱぐれる前に」

ニヤリと笑う紅色は、もういたずら少年のものに完全に戻っていた。そうなるとまたいじめたくなるのだ。

「リクハルドもクッキー食べてくの?」

出された手を掴みつつ、不満そうな声をわざと出す。

「あたり前だろ!」

そう言ってちょっとむくれるところが素直で大変少年らしくて、シルヴァンはこの従兄が気に入っていた。


そんないつも通りの掛け合いをしながらふたりは母達の待つリビングに向かったのだった。

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