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12:祝福

新しい御子が誕生なさった。王子殿下であった。

太陽の強い時期を過ぎ、秋の香りが取り巻き始めた季節のことだ。


紋章の有無の発表はない。

しかし次期国王陛下がお生まれになったのだとしたら、これを大々的に発表することは想像に容易い。

だとしたら、やはり第二王子ヘリオドール殿下には紋章が無かったのであろう。

同じ判断をする人は多かった。そのため御子の誕生は少しの落胆と幸福の入り交じった不思議なものとなった。

それでも、大地のあらゆる要素と人との架け橋である王族が1人増えれば、国民が操ることのできる自然の要素が増えるか深まるかするので国がますます発展することは確かである。


祝い事の日には特別に敷地の門が開かれ、一般国民も宮殿の扉の階段前まで行くことを許される。

宮殿前には今回の主役である王妃、第二王子両殿下を一目拝見しよう祝福しようと国中の人がこぞって詰めかけた。

もちろん僕達家族も例外ではない。


「凄い人だかりね。それに出店もたくさん。後で寄っても良い?」

腰まで伸ばした深い海色の髪をなびかせ、妻が言う。

「もちろんいいよ」

「やった。蜜飴ならシルヴァンも食べれるかな」

「バター芋も食べれるんじゃないかな。やわらかいし」

僕が言うと「そうね!」と嬉しそうに返す。

もともとお祭りやイベントの好きな妻は、久しぶりの賑わいへの参加にいつもより少しはしゃいでいる。

手に持った祝いの花束をぎゅっと握り、宮殿までの列に並びつつも出店をきょろきょろ、周りをきょろきょろと見ては驚いたり笑ったりとくるくると表情を変える。それが可愛らしく思えるのは夫のひいき目だろうか。

辺りにはご懐妊発表時よりもさらに多くの人が居るようであるが、前はまだ産まれて半年もない我が子を気遣い、ビジョンガラスを通しての様子しか見ていないのでわからない。

とにかく宮殿の前から大通り、そして広場にいたるまで祝いの花束を持つ人とお祭りの出店でいっぱいだった。

そのどこからも、ばんざーい!おめでとう!エメラルドの国に繁栄あれ!などの言葉が聞こえた。


行列の最前列まで辿り着くと、国王陛下のご一家がバルコニーにいらっしゃるのが良く見えた。後ろに高位魔術師3人が控えているのもチラりと分かる。

王妃殿下はその御手に、お生まれになったばかりの第二王子殿下を抱き、まだお立ちになるのはお辛いのか椅子におかけになっている。

第二王子殿下のお姿は少ししか見ることが出来ないが、周りの雰囲気からとても健やかな御子であるのだと思う。

片方だけ腕の隙間から覗く、こちらを見つめる瞳は生まれながらに王族特有の強さを湛えている。きっと立派な王族になられるだろう。

初めて見た第二王子殿下はそんな、王族らしい印象であった。

その傍らには国王陛下が王妃殿下を気遣うように支えておられる。そして同じようにして、今年4歳になられた第一王子アゲート殿下が母君と弟君を守るようにして佇んでいた。

青に近い瞳はらんらんと輝き、そのお姿にもう兄君としての自覚を漂わせている。誇らしげな表情が微笑ましい。


胸に抱いている我が息子も下に兄弟が出来ればあのような表情をするのだろうか。

やっと1歳と数ヶ月を過ぎたばかりの息子、シルヴァンを見やり思う。腕の中でじっとバルコニーを見つめる存在が愛おしい。

最近では掴まって立つことも出来るようになった。成長するたびに新しい発見を僕に与えてくれる。

よく泣き、よく笑い、いろんなものに興味を示すこの子のもっといろんな一面を見てみたい。


今、この子は何を感じ何を思っているのだろうか。そしてこの子はこれから何を感じ何を思って生きて行くのだろうか。

あちらにおわす第一王子や第二王子とは違い、親である僕は普通の革職人で、貧乏とまではいかないが別段裕福というわけでもない。

家族揃って特に魔力が多い訳でもない。ゆえに息子は魔術の才も無いであろう。

立場があまりに違う王子殿下達を穢れない目でじっと見つめる彼は、何を思ってその姿を見ているのだろうか。


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

妻が投げた花束が大きく弧を描き宮殿の正面扉に当たった。

階段下から投げたその距離が扉に近いほど王族への祝福の気持ちを示すのだとされてる。

バルコニーの下である、この正面扉前はそうして集まった色とりどりの花束でいっぱいである。扉の一番近くに妻の投げた花束があった。


バルコニーの王妃殿下は相変わらず幸せそうで、腕に子を抱く姿が、我が妻とシルヴァンとダブった。

さきほどは第一王子と息子をダブらせ、次は王妃殿下と第二王子の姿を妻子にダブらせ、つくづく自分の価値観は家族中心になってしまうと心の中で苦笑する。

けれども王族だろうが、貴族だろうが、平民だろうがその姿は皆同じなのだと思う。

魔力の量だろうが魔術の才だろうが、次期国王陛下だろうがそんなのはあの光景には関係ないものなのだ。

我が子を思う心の前には地位や才能なぞ、どれほど価値があるのか。


産まれて来てくれることこそが尊い。

自分たち夫婦を選んでくれたことこそが最大の幸福なのだ。


「生まれてきてくれてありがとう」

そう息子に呟いた。

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