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11:祈り

青き悠久の魂よ 愛しき黄色に息吹を与えよ

深き色は互いに惹かれ新緑に変わり永久の時を紡ぐ

神々の紡ぎし御子の その歩みに淀みあらんことを


優しい歌声が廊下まで響いている。その透き通った声を聞くと何故か泣きそうになってしまうのだ、と彼女は思った。


「王妃様、お加減はいかがでしょうか」

王妃、と呼んだ相手の前に片膝をつき深々と頭を下げる。

腰を低くしたことでトレードマークの桃色髪がさらりと絨毯に舞った。


白い壁に深緑の絨毯そして薄めの金色の装飾、いくつもの花や蝶に彩られた美しい調度品が並ぶ部屋。

自分の一挙一動をじっと見つめる兵士達が警護するこの部屋はこの国の王妃の寝室である。


「あらアグネッタ、今日のお祈りはあなたなのですね。こんなところで申し訳ないけれど、よろしくお願いします」


部屋の真ん中にある真っ白な天蓋付きのベッドの上で王妃は彼女、高位魔術士アグネッタにそう言った。

少し前までは毎朝大広間に足を運び高位の魔術師の祈りを受けていたのだが、臨月を迎えるとそれもままならなくなり現在では寝室で祈りを受けている。


「私のような者が王妃殿下にお気遣い頂くなど光栄です」


「ふふ。今日はとても調子が良いのですよ。朝からよく動くから困ってしまうぐらいです」

大きくなった腹を愛おしそうに擦る。その姿はいつ見ても心の洗われるものであった。

「アゲートも、兄になるのだからと一層良く学ぶようになって、なんだか頼もしいことです」

本当に幸せそうな顔というのは庶民も王族も変わらないものだとアグネッタは思った。


「もうすぐでいらっしゃいますね」

敬礼を解きゆっくりと王妃に近づく。

「ええ、どうかこのまま何事もなく産まれて欲しいですこと」

アグネッタは一瞬顔を曇らせてしまったが、まずいと思いすぐに平静を装った。しかし、ちらとかち合ったヘイゼルの瞳は心の中の何もかもを見透かしている気がしてならなかった。

どっと冷や汗が出るような感覚を無いものとしてアグネッタはぎゅっと手の中の聖水を握った。


「それでは、御子の魂と王妃殿下へ神々からの祝福の祈術を」

アグネッタは胸に手を当て心を落ち着け、祈りの儀式に入る。小さな瓶の栓を開けると、中の聖水を大きく宙へ撒いた。

聖水は床に落ちること無くそのまま淡い光を放ち王妃を中心として部屋いっぱいに魔術式を描く。


「生命の源たる水の神よ、その魂の祝福を親愛なる友に捧げよ」


唱え、大きく魔力を注ぐ。すると式の光は強まり、目を開けているのがやっとなほどに輝いた。

部屋に居る兵士達は皆その強い光と魔力の圧に目を瞑りたくなるのもこらえ、仕事を全うするべしと耐える。

いつも厳つく睨みつける兵士達があまり好きではないアグネッタは、このときが一番楽しいと毎回思う。

祈りの術は真剣なものであるが、この瞬間だけはクスリと笑ってしまうのだった。


長く魔力を注ぐ間、数回色が変わる瞬間があり、そのたびに魔術式の重みが強くなる。それこそが神の力が入っているのだと言うのが通説である。

やがて式は徐々に小さくなり、部屋いっぱいに広がっていたものが今では大人の手のひらほどになっていた。

そして式はそのまま吸い込まれるように王妃の腹にじわりと消えていった。


「御二方にご加護がありますよう」

最後にそういうと王妃に向かい一礼をする。


「礼を言います。今後もよろしくお願いしますね」

王妃の声は凛として強さに満ちていた。



2、3のやりとりの後アグネッタは王妃の部屋を退出し、いつも入り浸っている宮殿奥の大広間へと向かった。

祈りを捧げたあとは魔力も尽き身体が妙に軽くなる。良い軽さかと言えば微妙である。

空っぽになった魔力は最低でも3日経たなければ回復しない。王妃への祈りは毎回別の人物であるが、この事態が起こるためである。

魔力とは生命力でもあるので、からっぽになると身体まで疲労してしまう。それゆえ今日の仕事はあと「帰って寝る」というもののみだ。

ただ、今日の疲労の原因はそれだけではなかった。


「よう!」

ゆらゆらと目的地へ向かう途中良く見知った人物に出会った。

ガタイの良いその身体と同じく豪快に声をかけて来た男は同じ高位の魔術士、ユッシである。


「どうしたんだ、調子悪そうだなぁ腹でも壊したのか」


開口一番にそう言った男にアグネッタはげんなりする。確かに疲れていて調子は悪いが、その推測はどうかと思うものだ。

この男にはいつもムッとさせられる。嫌いでは無いのだがちょっとしたことが何故か癪に障るのだ。


「そうじゃないわよ、失礼ね。今朝は私がお祈りの番だったのよ」

「ああそうか、今日はお前の番だったのか。ってことは明日は俺かぁ、今から寝て体力付けておこうかな」

「あなたはいつも寝てるじゃないの。体力も有り余っているんでしょう。サボってないで自分の仕事に戻りなさいな」


言い合いながら、二人そろって大広間に着く。着くと同時にユッシはごろんと隅のソファに横になる。

アグネッタがこっそりと引っ張り込んだものである。


「ちょっと、あなたここで寝るつもりなの?寝たいのだからどいてちょうだい。ここはあなたの部屋ではないわよ」

「アグネッタの部屋でもないだろう」


そう言って笑うユッシの正論にアグネッタは何も言えない。正論は確かに正論である。

悔しくてまたもむっとしたアグネッタだったが、ふと王妃とその御子についての認めたくない不安が心をよぎった。

そして無意識にぽつりとつぶやいた。


「ねぇユッシ。お産まれになる御子は青が薄過ぎるわ。きっと、紋章は無いと思うの。」


いきなりそう言い出したアグネッタに少し驚き、ユッシはゆっくりと体を起こした。


「青が薄すぎる?」

「ええ、多分……。魔術量も王族としては平均的、それでも一般人から見ればとてつもない量であるけれど」


そう、どんなに大きく祈りを捧げても御子の魂の色が鮮やかになるのは遅い。

それでももっと鮮やかになって欲しくてめいっぱいの魔力を捧げるのだ。


「そうか」

思案するように顎に手をやるユッシを見つつも、アグネッタは溢れる不安を止められない。

ソファの半分に腰を下ろし震える自分の体をぎゅっと抱きしめた。

「やはり術式の問題では無かったのかしら、どうすれば運なんかではなく次期王にふさわしい魂が繋げるの?もしかして私たちはただ術式を壊しただけではないのかしら」

「アグネッタ、そんな考えを持つのは止せ。術式が正しかったかは分からない。しかし、深い青をもつ特別な魂を捕まえること自体がもともと難しいものなんだ。どれだけ術式を変えたとしても半分以上を運に頼ることはきっと変えられないことだ」

「でも」

「もし、次期国王陛下の紋章が無かったとしても、王族としての役目はそれだけではない。今宿る御子がまるでなんの価値もないもののように言うのはやめろ。もちろん、アゲート様もだ。産まれてきてくれることが何より尊いことなんだ」


普段の勝ち気な性格が何処かへ行ってしまったようなアグネッタをユッシは優しく諭す。

その声を聞いているうちに不安でいっぱいだったアグネッタの心は次第に安らいでいった。

かちゃり、と鳥模様の腕輪が頭にそっとあたるのを感じた。ふわっと撫でる感触が暖かい。


「産まれてくることが何よりも尊い…そう、よね」

「そうだ」


いつもなら怒ってしまいそうなユッシの仕草も、今は許せる。

不安も疲れも吹き飛んだ気がして、この後の魔術士らへの重い話も自信を持って前向きに語れる気がした。

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