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10/20

10:星

※?

芝生の感触が、手のひらと下ろした腰に伝わる。

ガーデニング好きの母が毎週欠かさず手入れしている裏庭はもう今にも咲きそうな花のつぼみたちでいっぱいだ。朝の光も心地いい。いつもより賑やかな朝食を終えた後の外と言うのはなんて気分が良いのだろう。


「そうだ、シルヴァン。良いもの見せてやる!」


そうやって従兄に抱えられやって来た裏庭。自分の家の庭なのにまだ赤ん坊の私はあまり来ることが無い。

久しぶりに植物の上に降り立った事が嬉しくて、私は両手足を使いよいしょよいしょと動き始めた。

後ろから「おいちょっと」などと聞こえるが無視する。

せっかく裏庭に来たのだから、前から気になっていた庭の隅の花壇を間近に見てやろうと目的を定める。

最近ハイハイが上達し、どんどんそのスピードは加速している。動ける喜びに満ちあふれ、今は家中の探索がマイブームである。

さあ、この時間は綺麗な花壇を愛でるぞ!


目標めがけてだだだと走り始めたところにいきなり障害物が現れた。まずい、と思ったがすぐに進路を変更できない。

目の前に躍り出たリクハルドは素早く膝立ちをし、追い掛け漁の網のごとく私を捕まえた。


「まったく、どこに行くんだよ」


少年に抱き上げられ元の場所に戻される。


めげずにまた目指す場所へと全身を進める。

しかし敵も同じ手は食わないようで動き出したと同時にまた捕まってしまう。

そんな相手に私も意地になり、またも脱出を試みる。けれども抵抗空しく捕まってしまう。なんて強情な少年なんだろう。


「buyidfg!」

同じようなやりとりを数回繰り返し、幾度目か分からない捕獲をされる。

「buooくなったな、お前は」


またすぐに同じ場所へ戻されるのかと思ったがふいにぎゅっと抱きしめられた。ぎゅうぎゅうと押しつぶされるように抱きしめられ、苦しくなる。

いたずらかと思ったけれど、ぎゅっと抱きしめる手に予想以上に真剣な空気を感じ、どうにも出来なくなってしまった。

どうしたんだろう。

つい先ほどまでよく笑っていたとは思えないほど真剣だった。


「なあ、シルヴァン。どうしてあんなzsurepになるんだろう」

ぽつりと零される言葉に何故か心臓が鷲掴みにされた気がした。


「もうmarhuio、niuvoeeでくれない?」

スッと目の前に白く幼い指が伸びる。

短いプラチナブロンドの髪が風になびき、見える紅色はあの時と同じに不信なものを感じる。

少年は何を言っているのだろう。何を私に求めているのだろう。ただ、この感覚は智子がいつか淡く感じたことあるものの気がした。


固まっている私に痺れを切らしたのか、止まっていた指がゆっくりと私に近づく。それでもこの事態に動けずに、口の中に指を招き入れてしまう。

苦しい。

半ば無理矢理入り込んで来た指をどうすることもできずに、口の中を好きなように探られる。

止めて欲しい。何がなんだか分からなかったが本能で、まずいことになると判断する。

この失礼な侵入者に出て行ってもらうために私は最後の手段に出た。


「痛てっ!」


リクハルドの指を思いっきり噛んだのだ。まだ新しい武器は剛剣のように頼もしい。

口を動き回っていた指が外に出され、私は大きく息を吸い込んだ。

少年の紅色の目が痛そうにこちらをじっと見つめる。その潤んだ瞳の、苦しそうな息の、頬の赤みの意味は一体なんであるのか。

20歳の智子から見ればまだ幼い「少年」である彼がどんな心情でいるのか、それは知ってはいけないものであると心が告げる。


「歯、生えたんだな。だけど……」


そこまで話すと私を抱いたまま座り、見えないぐらいに顔を下に向ける。

しばらくそのままの状態で二人とも動かずに佇んでいた。とても長い時間に思えた。

「あうぶぅ…」

あまりにも動かないので話しかけてみると、ぱっと顔が上がりいきなり頬をぐにっとつままれた。


上げられた表情にはいつものいたずらっぽさが戻っていた。

「にゃあにあぶう!」

ぐにぐにと頬をつまみ続ける少年に、心配も吹っ飛び抗議をする。

私が不満げに口を尖らすと少年がフフッと笑った。


「うちのguyokpそっくり!」


guyokpってなんだ、私は一体何にそっくりなんだ。君のうちの何に似ているんだ。知らない単語のそれに自分が似ていると言われさらに眉間に皺を寄せる。

「そうだ、いいもの見せてやるんだっ!あのな俺結構スゴいこと出来るんだぞ。見てろよ」

リクハルドは楽しそうにしゃべりはじめる。先ほどの出来事など無かったかのように。

もやもやした気持ちは前回よりも濃く、原因を考える気さえ起きない。

あれは夢だったのだ。そう思うことで済ましてしまおうと大きく深呼吸した。


リクハルドが格好付けるかのようにスッと指を顔の前にやる。


「じゃあ見てろよ!」


ピッ、と人差し指を思い切り空に振り上げる。


少年の指がフワッと光ったかと思うと彼の周りに小さな小さな星のような光が舞った。2、4、6、8……それは消えること無くぐるぐると少年を囲み踊り続ける。

下ろしていた方の手も挙げ指揮でもするかのように両手を振り始める。

星々がそのリズムに合わせるかのように離れ辺りをたゆたう。その光景はしんしんとした夜の海にぼうっと波に浮かぶイカ釣り船に似ている。


「これでgyuiokだ!」


リクセルドがくるっと回転し、最初のように腕を大きく空に振ると星々は一斉に水色の空へと向かう。


パァン!


もうすぐ見えなくなる、と思ったと同時に星は勢いよく弾けた。

赤、青、黄、白、緑、紫。一色だった空に色とりどりの光を辺りを灯す。最初は花火のようで、それが徐々にオーロラのようにゆっくりと色を変え空を覆った。

ーとても綺麗だった。

眼前の光景は私の思考、心すべてを占めた。

この世界に生まれてこんなに目を奪われたものはあっただろうか。

どうして見せてくれるのか、ただの自慢か気まぐれかも知れない。けれど初めてまともに目にした魔術は私の心に深く残る思い出となった。


「どう?」

いつの間にか隣に腰を下ろして、空を一緒に見上げていたリクハルドが勝ち誇ったかのように聞く。

きっとその答えはもう分かっているだろう。なぜならば、私の顔はこれまでにないほどの笑顔だったから。


「本当は夜の方がhuuirpなんだよ」


そう照れたように言った彼の顔は光に照らされまばゆく映った。

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