地球は明日までの命だそうです。
序章 契約が完了しました。
「……あぁ、わかっている」
その少女はつぶやく。光が全くないどこかの一室で。
「しかし、また面倒な星を対象にしたな」
その少女は深い息をつきながら、手を真上に上げ伸びをする。
相手にしゃべっているのか、そもそも、相手がいるのかわかったものではない。
「……いい加減、姿を現したらどうだ?私は仕事上、契約者の顔は見ておかなければならないからな」
この一言言い終わるか終らないかの境、少女の前の空間が歪む。文字通りぐにゃりと。そして、その歪んだ空間がまるでガラスを割ったみたいに亀裂が入り、中から人が出でくる。
人と呼んでいいのかは定かではない。
「あは、すいませんねぇ。人前に出るに出るのが好きではないのでぇ」
この殺伐とした空気に似合わないような軽い声。自分では意識していないのか、何も気にせず続ける。
「……今回の依頼をもう一度説明しますねぇ。簡単にいえば星の破壊ですぅ」
この女(声から判断して)は、壁に寄り添いながらのほほんとした口調でしゃべる。……内容はひどく恐ろしいものであったが。
「あぁ、それは確認済みだ。私は『星殺し(スターキラー)』だからな。逆にそれ以外の仕事は受け付けん。ところで、なぜこの星なのだ?文明もそれなりに発達しているし別に害などないと思うのだが……」
少女は腰まである長い黒髪を弄びながら尋ねてみた。
「そうですねぇ、害はないかもしれません。しかし、ですねぇ……。
―――――――――――――――――。
そういう報告が部下よりありましたぁ。……こういう星は滅びるべきですよぉ。だから、サクッとお願いしますねぇ」
「そんな理由か。とりあえず、現地に行ってみるか」
少女は踵を返して歩き出す。ドアらしきものを開けると外には人一人が乗れそうな大きさの装置が置いてあった。
「あは、これは私が用意した宇宙船ですぅ。ここからだとその星までだいたいニ、三時間で着くでしょう。とにかく頑張ってくださいねぇ」
少女は特に言葉も返さず宇宙船に乗りこむ。そして、ぼそりとつぶやいた。
「――――『地球』か」
一章 庭に見たことのないものが墜落していました。
霜月修也の朝は早い。通っている高校はそれほど遠くないのだが、のんびりマイペースの方が自分にもあっていると思う。 しかし、この日はのんびりなどと言ってられなかった。
霜月はいつもにように朝五時に目が覚めた。しかし、目覚ましの音ではなく、庭の方からものすごい地響きによってである。あわててニ階の自室の窓から庭をのぞいてみる。
「な、なんだよ、あれ……」
庭には見たこともないものが墜落していた。飛行機だろうかと思ったがそれにしては小さすぎる。それに翼のようなものもない。
とにかく、外に出てみることにした。
季節が夏ということもあって、もう空は明るみ始めている。その物体は太陽の光に照らされながらぷしゅーという気の抜けるような音を発している。
「改めてみてみるとやけに小さいな……」
霜月はひとりごとのようにつぶやく。確かに、これが乗り物ならば人が何人も乗れるような大きさではない。
まじまじと観察していると、唐突にそれから煙が噴き出す。
「うわっ!」
霜月は驚き、ニ歩か三歩退きながらも前のそれから目を離さなかった。
だんだん煙の量は多くなっていき、いきなり止まったかと思ったら今度はそれが真っ二つに割れた。
今度こそ霜月はしりもちをついた。だが、目は向けたままである。
「ったく、あのやろう。まともな宇宙船も用意できないのか」
まだ煙の晴れない中、一人の少女の声がした。
「ふん。ここが地球か……。なんとなく住みにくそうな星だ」
霜月は我を忘れてこの常識を逸した光景に目を奪われていたが、なんとか頭を整理し立ち上がる。
(なんなんだ……?)
目の前の光景には非常に興味がある。だが、なぜだか知ってはいけないような気がした。本能が教えている。こいつに関わるなと。
そんな霜月の思いとは裏腹に次第に煙は晴れていく。完全に晴れた時、その少女と目があった。
「お、お前は何者なんだ!?」
いろいろ迷った挙句、出てきたのはそれだった。
少女はしばし逡巡したあと、こう答えた。
――地球を破壊しに来た、『星殺し』だ、と。
ニ章 万有引力の講義をうけました。
霜月は意味がわからなかった。
(地球の破壊?星殺し?何を言っているんだ……)
「まぁ、別に理解されようとも思ってはいないがな。だが明日まで厄介になるんだ。よろしく頼む、霜月修也」
またフリーズモードになりかけた霜月だったが、その少女が勝手に家の中に入ったのを見てあわててあとを追いかける。
少女はリビングにいた。
「ちょ、ちょっと待て!というか、なんで俺の名前を知っているんだ!?」
「ぷはっ。うん、この飲み物はうまいな。……なんだ、修也は一から十まで教えないとダメな子なのか?」
少女はしれっと言う。……冷蔵庫にあったはずの牛乳を飲みほしながら。……ちなみに牧場でしか買えない瓶の牛乳で一本三百円、しかも最後の一本だった。
「人の話を聞けよっ!」
霜月は盛大につっこみながらテーブルの上に置いてあったフォークを手に取り少女の手の甲に刺す。
しかし、フォークは空を切っただけだった。
「ふん。その手はきかんぞ。――ニャルラトホテプは言いました。……フォークには気をつけろ」
よくわからなかった霜月だが、改めてその少女を見る。
腰まである長い黒髪のサラサラと流れる質感が思わずニ度見してしまうような魅力を振りまいている。しかもただ下におろすだけではなく、上で二つに縛っている。いわゆるツインテールというやつだ。
顔は言わずもがな。モデルですと知らない人に話しても納得してしまうだろう。
感覚とか、センスなどに縁がない霜月だが、わかることがあった。
(よくみると普通に美少女……)
「なんだ、私の顔に何か付いているか?」
あまりに見入っていたため、勘違いをしたらしい。霜月は首を横に振る。
「いや、なんでもない。というか、いい加減説明してくれ。もう頭の中は飽和状態だ」
少女は仕方ないな……と言いながら、ソファに腰を下ろす。
そして、意を決したように口を開く。
「私の名前はレイシス・ヴィ・フェ――」
「全国のファンに謝れ!」
霜月は盛大につっこむ。もう、手慣れて始めているこのツッコミスキルは天下一品である。
「じょ、冗談だ。私の名前はメル=シュテール。『星殺し(スターキラー)』だ」
「なぁ、め、メル……、」
「メルで構わん」
少女は名前が言われなくて怒っているのか、そっぽを向く。
「いや、なんかメルって言いにくくないか?」
霜月も思ったことをそのまま口に出している。よく、学校でデリカシーに欠けますよとか言われる霜月だが、当の本人はまったく気づいていない。
「む。人の名前にけちつけるのか。まぁ、なんとでも呼べ」
んー、としばらく考えた後、手をぽんと叩く。
「そうだ、どうせならもう一個『ル』をつけて『メルル』にしよう!」
「……、修也、お前はお前であのファンに謝らなきゃいけないんじゃないか?」
「ん?なんで?」
「……まぁ、なんでも良い」
もうあきらめたのか、深い息を吐く。
「じゃ、メルルで。んでメルルの言う『星殺し』ってのはなんだ?」
「なんだ、そんなこともわからんのか。宇宙の一般常識だぞ」
いまさら何言ってるんだ、といった口調でメルルは話す。
「あと、宇宙って……」
「はぁ、いちいち突っ込んでくるな。修也みたいなバカにもわかるように説明してやる」
「わ、わかった」
霜月もソファに腰を下ろす。
「いいか、まず私は地球の生命体ではない。修也の言葉で言うと、宇宙人だな」
「はいはい、そこからまず信用できないんですけど」
目の前に突然、人が現れたとしよう。その人は言いました。私は宇宙人です。
……信じられない方が一般的であろう。
「ふん。まぁ、修也のいうことも一理ある。信じれないのも無理はない。だから、私が地球の生命ではないことを証明しようか」
「いや、簡単に言うけど具体的にはどうすんだ?」
「ふふん、それは私にいい考えがあるのだ」
そう言うと同時にメルルは霜月をソファから立たせて、一人横になる。
「修也、『万有引力』は知っているな」
横になりながらもメルルは問いかける。
「ば、万有引力ねぇ、ももちろん、知ってるさ」
「なんだ、知らないのか。お前は本当に地球人か?」
こうなってくると立場が逆転しそうになる。修也が地球人の証明……、本末転倒である。
「……簡単に言うとだな、すべての物体に働く引力で、質量と質量が引き合う力。当然、重力も地球という物質と引かれている物質の間にある引力にすぎない。ここまではわかるか?」
「あ、あぁ」
霜月は一様にうなずいた。
「なら、話を進める。質量と質量による引力が重力だと万有引力では定義している。だから、」
メルルはそこで言葉を区切り、胸に手を当てて何かつぶやく。
「だから、こんなことも可能となる」
なんと、メルルの身体が中に浮いていた。
霜月は自分の目を疑った。しかし、何度こすったところでこの現象は消えない。
メルルは得意そうに、自慢げに解説をする。
「いいか、質量が重要なんだ。二つの質量が発生しているから重力という引力が発生している。ということは、だ」
ここで言葉を区切り、メルルはそっとソファに横たえる。
「もし、どちらかの質量が無くなれば引力は発生しなくなり、宙に浮くことも可能となる」
霜月はまたぺたんと座りこんでしまった。
「そ、そんなに簡単にいくもんなのか……」
メルルは首を横に振る。
「やっぱバカなのか。そんなわけないだろう。これをするには自分の身体の質量をゼロにしなくてはならない。さらにコントロールするとなると厄介だ。私もそんなにうまくはできない」
メルルは体を起こし、となりに霜月を座らせる。
「こんなこと、地球人にはできないだろ?証明完了だ」
「むむ……」
霜月はやはり心のどこかで納得ができていないのだが、こうして見せつけられた以上、否応なしに認めざるを得ない。
そんな霜月を見て満足してのか、メルルは笑顔で続ける。
「次に『星殺し』について。これは文字通り、星を破壊する職業だな。それで、次のターゲットが地球だ」
霜月は目をぱちぱちさせ、茫然としている。
嘘だと思いたいが、やはりさっきの話からすると本当のことなのだろう。
……結局、質問して答えを聞いても飽和状態になるのなら聞かない方が良かったのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待て。地球を壊すって……」
「あぁ、そのまんまだ。だがな、ここまで文明が進んでいるとすぐ壊すというのが難しくてな……」
メルルは困ったように顔をうつむける。
霜月もあきれたように顔をうつむける。
同じ行動なのに、内容が全く違うというのもおもしろい光景である。
「明日だ。明日までには地球を破壊できるぐらいのエネルギーが集まる」
「明日!?」
霜月は思わず大声を挙げる。
「ほ、ほんとに明日地球は破壊されるのか?」
もう答えをわかっていながらも、まだ完全に信じきれずに、否定材料を探す。しかし、その行動が逆に答えを確定へと導く。
メルルはきっぱり言う。
「明日だ。明日に地球はきれいさっぱり無くなる」
「な、なぁ、地球が無くなったら人はどうなるんだ、そもそもなんで地球なんだ!」
思わず声を荒げてしまう。感情的になってしまう。
「人間たちはある罪を犯しているという報告があったらしい。宇宙法律に反するから私から罪の内容は言えない。自分で気づくしかない。……そしてその法律で認められている場合、特に人への対処はしない。心苦しくはあるがな」
「そ、そんな……」
思わず言葉を失う霜月。
――明日にみんな死にます。はい、そうですか。
そんな簡単に受けいられるはずがない。
あ、そう言えば、とメルルは忘れていたのを唐突に思い出したように続ける。
「修也、お前は生き残ることができるからな、安心しろ」
「あ、うん。お葬式とかももう開けないのか。というかみんないっぺんになら…………って、俺が生き残るってどういうことだよ!?」
「なんだよ、そのべたなノリツッコミは?まぁ、いいが。ええとな、その宇宙法律は罪を犯した星の破壊を認めているんだ。ということは、『星殺し』の仕事も認められてるんだ」
メルルは足を組み、続ける。
「ただし、現地の星で世話になったやつは助かることができる。そういう法律もあるからな。今回の場合は修也がこれに当てはまる。よかったな」
「そ、そうなのか……」
霜月はほっとした。と、同時に罪悪感が自分を苦しめる。
――自分だけ生き残っていいのか。
「でも、なんで俺なんだ?人なら他にもいっぱいいただろ?」
「いやな、宇宙船を着陸させるにはそれなりの面積が必要となる。それと、宇宙船の着陸場所はある程度勝手に決められるんだ。さらに、さっき言った免除される人は一人でなくてはならない。宇宙船の中で検索をしたのだが、着陸ポイントはもうここしかなかったんだ」
「今、お父さんとお母さんは仕事で忙しくて世界中を飛び回っているんだけど、そんなこともわかるのか」
「地球の文明より宇宙の文明は何百年何千年と進んでる。宇宙に不可能はない」
いろいろなことがありすぎて飽和状態の霜月。さらにメルルは追い打ちをかける。
「あと、執行猶予期間中に、つまりは明日だな、人間がその罪に気付き、改心されたのならすみやかに星殺しは中止しなくてはならない。これも法律にある。……ちなみに、この人間代表が修也、お前だからな」
「えええええ」
ということは、霜月にこの地球がかかっているということだ。
(いやいや、荷が重すぎだろ……)
「あとあと、明日までお世話になるからよろしく」
霜月は床に突っ伏した。どこからか『ばたんきゅう』とでも聞こえてきそうな光景である。
三章 学校の時間になりました。
そんなこんなで朝ごはんである。家の家事は基本的に霜月がやるのでなんでもこなす。
本日のメニューは、ごはん、豆腐と油揚げの味噌汁、野菜炒め、目玉焼き(完全半熟タイプ)。あの精神状態でこれだけ作ったのだから大したものだ。しかも、メルルの分まである。
「……これはうまいな。修也、これから私の直属シェフにでもなるか?」
「ならねぇよ!」
文句言いながらも自分の料理が褒められるのは悪い気はしない。
時刻を見ると、もう登校しなくてはいけない時間になっていた。
「メルル、もう俺は学校に行く。お前は――」
「修也」
メルルは霜月の言葉を遮った後、続ける。
「お前、この服装を見たがあえてスルーしていただろう」
「ぎくり」
「ぎくりとかほんとに言うなよ……。やっぱ、バカなんだな」
メルルの服装はとても見慣れた、霜月の通う高校の制服だった。ブレザータイプなのだが、今は夏服なので基本的には上はカッターシャツ、下はスカートといったように特に特徴もない。
「まさか……」
「そのまさかだ、私も行く」
「いやいやいやいや、なんでそうなるんだよ!というか、別にメルルが来る必要はないだろ!」
「それがそうでもない」
メルルは手を組み、霜月と一緒に家から出る。夏とは言ってもまだ朝だ。道を駆け抜ける風は気持ちがよい。
「さっき言っていた宇宙法律によるものなんだけどな。私は修也と明日までの間絶対一緒にいなければならない」
「なんだよ、そのプライバシーのかけらもない法律は!?」
がみがみ言いあいながらも時間は過ぎていく。
メルルは学校に着くや否や、少し用事があると言って職員室へ入って行った。
霜月は自分の教室、一年二組に入る。席は教室の一番左斜め下である。
「あ、霜月君だ。おはよう」
霜月の前の席である紅野が話しかけてくる。紅野は高校入学以来、霜月と仲良くやっている男友達だ。すごくいい奴で、みんなから慕われていて、学級委員長を務めている。
「あぁ、おはよう紅野」
「どしたの、なんか疲れた顔してるよ?」
「いや、なんでもないんだ」
明日、地球が無くなるんっだってさ……なんて死んでも言えない。
「そっか、ならいいけどね。何かあったらちゃんと相談してね?」
つくづくいい奴である。
霜月は適当に返事を返し、机に突っ伏する。
さて、今後の対策を考えねばならない。
――――人間が犯した罪とは何なのか。
メルルは人間代表が修也だと言ったが、いまいち実感がないのが現状だった。
それともう一つ。メルルはこの学校に通うと言ったが、いろいろとどうする気なのだろうか。
いろいろというのは、どこから来たとか、どこに住んでいるなどのこと。まだ実際にクラスに入ったわけでもないのに、もう悩みの種は尽きない霜月であった。
そうこうしていると、霜月のクラスの担任が教室のドアを開けて入ってきた。
「今日はみんなに新しいクラスメートを紹介する」
瞬間的に教室はざわめいた。紅野も例外ではなく、「だ、誰なんだろうねー」などとつぶやいている。
誰かわかりきっている霜月にとって、この問いかけは心苦しいもので、適当に言葉を濁し、「だ、誰なんだろうな」と返した。
「では入ってきたまえ」
先生は廊下にいた人に、教室に入るように呼び掛ける。
……やはり、メルルだった。
メルルは教室の入り、ぺこりとお辞儀をした後、教卓の前までくる。
第一声はなんなのだろうか。無難に「よろしくお願いします」か、それともそっけなくするのか。
特に緊張もしていないのだろう、なんせたった明日までの付き合いだ。気を張ることもない。
そんなことを考えながら、霜月は前を見る。そして、メルルは口を開いた。
「よ、よろしくお願いしますですわっ!」
「なんなんだよ、その意味わからない口調は!?」
霜月は思わず立ち上がりつっこんでいた。
メルルはキッと睨んでくるが都合の悪いことは無視する霜月だった。
しかし、いきなり声を発したのでクラスの全員が霜月を見ていた。さすがにこれはスルーできず、すいませんと言いながら席に着く。
「わ、私の名前は、」
メルルは一度そこで逡巡し、霜月の方を見る。……正確には霜月にアイコンタクトを送っていたのだがそれに気付くはずもない。
霜月はこっちを見ているとしかわからず、適当に頷いておいた。
意味が伝わったとメルルは判断し、続ける。
「私の名前は、霜月メルルで――」
「ぶふっ!」
盛大に吹いた霜月はまたクラス全員の注目を浴びる。
「あと、そこにいる修也と一緒に暮らしてい――」
「ぶふぁ!!」
それの公表は避けてほしかった。というかまだ住んでないのに大変なことを言った。
「あと、帰国子女です」
もうつっこむ気力すら生まれてこない。
しかし、ほかっておくともっと大変なことになりそうなので席を立ち弁明を開始する。
「えーと、そこにいるそいつはつい最近までとある外国にいた奴で、俺の遠い親せきなんだ。それで日本に来ることになり家で面倒を見ているわけであって、まぁ、そんな感じだ」
まだ、ジト目で見てくる奴もいたが、次第に全員前を向いた。
「というわけだ。みんなよろしくしてやってくれ。何か質問がある奴はいるか?」
先生がこう問いかけた後、ちらほらと手が挙がった。
「じゃあ、田中」
一番前の席である田中君が当たった。どんな質問が来るかと思ったが、
「メルルさんはなんでそんなに日本語が上手なんですか?」
と、平凡な質問だった。
メルルも逆に驚いたらしく、「え、えーと……、通信教育です……」などとあしらっていた。
その他にも質問があったがチャイムが鳴ったのでひとまず中止に。こんなにも助かったチャイムは初めてだと霜月は感動する。
席はどこになるのかと思ったが「まだこっちになじめていないだろうから、霜月の隣に座っておけ」の先生の一言で決まった。
「はぁ……」と霜月は今日で何度目かわからないため息をついた。
授業中のメルルはというと、寝てばかりだった。先生も先生で帰国子女という配慮なのか、特に注意しない。
(ったく……。ずるいな)
霜月はこっそり持ってきたフォークを手の甲に突き刺してみた。
しかし、また空を切ってしまう。
(こいつ、無意識でも防御できんのか)
どうにもうまくいかず、虚しくなる霜月だった。
四章 お風呂はディナーのあとでした。
結局その後は散々になった。メルルは人の昼食を勝手に食べてしまったり(なのに、容姿だけは可愛いので人気のようだ)、他のクラスの奴からまた同じ質問を受けたり、紅野は優しいからゆえに、「ぼ、僕がいると悪いからっ!」と言って、休み時間はどこかに行ってしまったり。
帰る時も当然のように一緒に帰ることとなる。
「修也、地球は意外に面白いな」
「……そうか」
疲れがピークに達している霜月はそっけなく返す。
のんびり歩いても家に着いてしまう。
これからのことを考えると、先が思いやられる。家に入るとメルルはすぐにテーブルに着いた。
「修也、ご飯」
「お前は帰ってきて初めの一言がそれか!?」
といいつつも、お腹がすいているのはメルルだけではない。
文句を言いつつも霜月はキッチンに立つ。
「おぉ。修也、お前やっぱり料理はすごいな」
「はいはい、どーも」
本日の夕食は、ごはん、チーズインハンバーグ、マカロニサラダ、ニンジンのバターソテー、コーンスープとお店に出てきそうなものだ。
しかも味は折り紙つきである。
メルルはぺろりと平らげ、ソファにごろんと横になる。
霜月は食器を洗い終わった後、お風呂に入る用意をする。具体的にはまず浴槽を洗い、お湯を張り、着替えを準備する。
「メルル、俺はお風呂に入る。適当にテレビでも見ていてくれ」
「ん、あぁ、わかった。疲れを取ってこい」
「……ほとんどおまえのせいなんだけどな」
霜月はぼそりと不満を漏らした後、浴室に入る。
「ふぅ……。今日はいろんなことがあったな……」
あれこれ考えるが、一向に考えはまとまらない。
時間だけが過ぎていった。
メルルも風呂に入った。上がってくるまでには二時間以上かかった。
「やけに長かったな。のぼせてないか?」
「いや、大丈夫だ」
と、強がるメルルだったが顔は真っ赤になっている。
「そうか」
霜月も言及はしなかった。
五章 別に恥ずかしいことじゃないんです。
霜月の朝は早い。そのため、寝るのも他の高校生より早い。
「メルル、俺はもう寝るからな。空いている部屋を適当に使ってくれ」
「おい、それは待て」
テレビに夢中になっていたメルルだったがテレビを消すや否やあわててこちらに駆け寄る。
「な、なんだよ」
「……私は…………ないんだ………」
「はぁ?よく聞こえないぞ?」
メルルは顔を真っ赤にしてもじもじしながらも続ける。
「わ、私は……一人じゃ眠れないんだ……」
「……は?」
霜月は思わず聞き返した。一日付き合っただけでもうメルルの性格はわかったと思っていたが、意外にもそうではないらしい。
「ふ、ふん。笑いたければ笑え。『星殺し』の他のやつらもいつもバカにする」
メルルはよほど恥ずかしいのか、霜月と目線を合わそうとしない。最初はおいおいと、思っていたが事の深刻さに気付いた霜月は決して笑うなどということはしなかった。
「別に恥ずかしいことじゃないだろ。お前が言う『人間が犯した罪』を俺はまだ理解していない。悪いことをしてるのにそれをわかってすらいないんだ。そっちの方がよっぽど恥ずかしい」
霜月はメルルをまっすぐ見つめる。メルルも、少し涙目になりながらも霜月の方を見る。
「……お前だって『星殺し』とはいっても俺とあんまり年は変わらないんだろ?俺だって一人は寂しいさ。親はいつも仕事でいないしな」
だから、と一旦言葉を区切り一呼吸置いて続ける。
「だから、寂しいのはあたりまえなんだ。もう俺はそれに慣れたんだけど、そんなの悲しいことだと思わないか?むしろ、自分に素直なメルルの方がよっぽど立派だと思うぞ」
メルルはしばらく絶句していたが、我に返ると、「ふんっ!」と、またうつむいた。顔はまだ真っ赤ではあったが。
一人では眠れないということで霜月は悩んだ。自分のベットに二人で寝ればいいがさすがにそれはよくないだろう。
考えた挙句、
「なぁ、俺の部屋で布団を引いて寝るのはどうだ?俺は自分のベットで寝るが、同じ部屋にいるんだし一人じゃないよ?」
「……、それでいい」
霜月は押入れからお客用の布団を出し自分の部屋に引く。
引き終わるとすぐにメルルは布団の中に入った。入ったというよりもぐった。よほど顔を見られたくないらしい。
霜月も自分のベットに入る。電灯をリモコンで消して真っ暗にする。
すると、メルルが話しかけてきた。
「……さっきの話をして笑わなかったのは修也が初めてだ。別に嬉しがっているわけではないんだからな、勘違いするな」
「わかってるよ。じゃ、おやすみな」
霜月は目を閉じる。
(タイムリミットは数時間後か……)
やはり実感がない。命がかかっているというのもなんとなくしかわからない。
(人の命がかかっているのに、俺はなんとも思わないのか)
そんなことはない、と心の中で否定する。紅野や自分の親が死んだら悲しむに決まっている。
そして霜月はあることに気付く。
(そうか、だから俺は罪に気付けないのか)
ぼんやりそんなことを想いながら夜は更けていく。
六章 タイムリミットの日になりました。
「ん……」
霜月は目覚ましの音で目を覚ます。ベットから降り、床を見ると布団は原形をとどめていなかった。掛け布団はなぜか霜月が寝ていたベットの上にぐちゃぐちゃになって置いてあるし、メルル自体は床にごろんと横になっている。
どれだけ寝像が悪かったらこんな風になるのか、アメリカのハーバード大学の入試試験よりもわからなかった。
霜月はメルルを起こさないように一階に降りる。だが、ドアの音で起きたのか、メルルもついてきた。
「修也、おはよう」
「あぁ、おはよう」
メルルは寝ぼけているのか、ふらふらしていて危なっかしい。
「おい、顔を洗ってこい」
霜月がそう言うとふらふらしながら洗面所に歩いて行った。少したって帰ってくると、目はぱっちりし、昨日までのメルルに戻っていた。
「……修也。罪には気付けたのか?」
メルルはいきなり本題を持ちだしてきた。
「――いや。昨日一晩中考えたがわからなかった」
メルルは少し残念そうに顔をうつむけ、
「そうか……。なら、地球は破壊するしかないな。エネルギーも集まったしな。じゃあ、修也、お前は昨日私が乗ってきた宇宙船に乗れ。二人までなら乗れ――」
霜月はメルルの言葉を遮り、こう告げた。
「悪い、メルル。やっぱり俺は地球に残るわ」
メルルは驚いたように、あわてて、
「――な、何を言っているんだ!?だいたい、法律で……」
「お前さ、よく自分の言ったこと思い返してみろよ。あの時、メルルは『助かることができる』と言った。なら、助からないこともできるはずだ。あくまでも強制ではないはずだ」
「――くっ……。そうかもしれないが、なんで自分から死のうとするんだ!」
霜月は昨日と同じようにメルルの前に立ち、こう語った。
「そうだな。確かに自分の命を捨てるのはいけないことだ。でも、自分の命だけ助かって他の人に命は無くなってしまうってのは、もっといけないんじゃないか?」
これは他の人が死ぬのなら俺も死のうという話ではない。まわりに合わせるのではない。
「あとな、昨日思ったんだ。どれだけ考えても『人間の犯した罪』がわからないのは、自分は安全圏にいるからじゃないのかって」
霜月はこの罪に気づいても気づかなくても生き残ることができた。他の人は霜月が気付かなかったために生き残ることができない。
そんな自分の死が希薄した状態の中で人の命がかかっていようが気付くことはできない。
「だから、まず、同じように俺も他のみんなと同じ立場になる」
ここで宇宙船に乗らなければ結局は霜月は他の人と同じように生き残ることができない。
罪に気付くにはこうするしかない。
「それで、考えたんだ。そうしたらな。……とっても怖かったよ。なんてったって、死ぬんだ。怖かった」
はは、と笑っている霜月だが心境は容易に想像できる。
「あとな。俺は他の人と同じ立場になったが結局その罪に気付けなかった」
そして、必ずしもその罪に気付くというわけではない。ただ、気付くことができるという可能性が増えただけだった。
「とまぁ、偉そうなことを言ってるけどそんな感じだ。星は破壊されるけど当然俺も残る」
霜月の目にはうっすらと涙がたまっていた。が、決してこぼすことがなかったのは霜月の心の強さだろう。
「――そういうわけだ。これでお別れだな」
メルルはずっと霜月を見ていたが、はぁ、と大きなため息をついて、ソファに腰を下ろした。
そして。
「――修也。修也はちゃんと罪に気付けている」
「は?ど、どういうことだ?」
霜月は思わず声を挙げる。
「だから、修也は罪に気付いているんだ。言葉にしてないだけで心の中にはある」
そもそもだな、とメルルは続ける。
「人間の罪というのはな、『自分のことを最大優先する』という性質だ。宇宙ではこんなことはまずありえん。おそらく、今回の依頼者がたまたま調査した人間がわがままで縦横無尽だったんじゃないか?」
これもまた然りで、地球人一人が罪でも他の星の人たちは「地球人は……」となってしまうのだろう。
「だから、そのための執行猶予だ。今回、もし代表が修也ではなく自分中心野郎だったら間違いなく地球は破壊されてただろう」
「ってことは……」
霜月は改めてメルルを見る。
「あぁ、地球は救われた」
霜月はへなへなとしりもちをついた。前回は驚いていたためだったが今回は違う。安堵によるものだ。
「これで私ももう地球に用事はない。このまま帰る」
「そっか……」
確かにいつまでも地球にいることもできないのだろう。だが、
「俺は帰ってほしくないな」
霜月は自分の気持ちを言ってみた。寂しかったのは事実であるし、なんとなく言葉にはできない感情が心の中に渦巻いていた。
「なな、何を言っている!?」
メルルもメルルで驚きは隠しきれず、
「ふん!べ、別に私もここ離れたいわけではない」
メルルはまた、顔を下に向ける。
「まだ、仕事が残っている。依頼者に結果の報告に行かなければならない」
「そっか……」
そして、ついにその時は来る。
メルルは宇宙船に乗りこみ、シャッターを閉める前にこう言った。
「また、会おう」
当然、霜月はいつも以上の笑顔で、
「あ、あたりまえだ!」
メルルを乗せた宇宙船は空へと旅立っていった。
「――さて、朝ごはんでも作るかな」
ひとり言のようにつぶやいた霜月だが、瞳から一粒の光が流れたのは自分でも気づいていない。
終章 結果のご報告です。
「と、このように罪に気付けたわけだが……」
メルルは依頼内容を確認したこの場所で、再度報告を行っていた。
「あは、そうですかぁ」
依頼した女も特に気にした様子もなく、相変わらずのほほんとしている。
「でも、今回の話を聞いた限りではやはりあなたは『星殺し』に向いていなくないですかねぇ?」
メルルも素直にそれを認め、
「あぁ、確かに私は向いてないことが改めてわかった。だから、『星殺し』はやめた」
「そうですかぁ……。じゃあこれからは何するんですかぁ?」
女は興味なさげに尋ねてみた。
「――内緒だ」
メルルはそう答えた後、再び宇宙船に乗りこむ。今度こそ、無言で。
霜月は学校から帰ってきた。今日も当然のように疲れたわけである。家に入ると机に突っ伏したメルルがいた。
「修也、おかえりなさい。あとご飯」
「お前は人が疲れて学校から帰ってきたのになんで第一発声がご飯なんだ!?」
と、言いつつも霜月もお腹が空いているのでキッチ――
「って、なんでメルルがいるんだ!?」
「もうつっこまないのかと思ったぞ」
そう言ってメルルは霜月の前まで行き、「ほら、何か言うことはないのか」と促す。
霜月はそれこそ見送った時より笑顔で、こう言った。
「――――――おかえりなさい」と。
こんにちは!柊です!
いかがでしたでしょうか、このお話。
わたし、実はこれが初投稿でして(*´∀`*)
結構不安もありましたが、投稿してみました。これからもぼちぼちうpしていこうと思うのでよろしくです♪