第三部
月に一度定期的に姉は病院に行く。姉が暴れだしたときに押さえつけられる僕が、だいたい付添として一緒に病院に付いて行くこととなっていた。外に出た姉は人見知りの幼稚園児のように僕の後ろに隠れながら怯え小さくなっていた。物凄く濃いサングラスをして下を向き、ただ僕の靴を見ながら歩く。毎度のことだからもう慣れたというか諦めたが、部屋で会話するいつもの調子の姉がこういう調子だと悲しくなってくる。これでもまだよくなってきたらしい。母が言っていたことだが、白衣を着た医者を見て発作が起き医者を殺そうとしたのだが、後ろから羽交い絞めにされてそれが叶わないことが分かったやいなや、死のうと喉に爪を突き立てたらしい。病院だったことと殺そうとした人が精神科の担当医だったからまだよかったものの、それでも病院を遠くのに変えて事前に先生に症状を事細かに説明してやっと今の病院に落ち着いたとのことだ。
「次来る電車は違う方面に行くからその後来るのに乗るぞ」
「うん」
「大丈夫か?」
「うん」
「耐えられそうか?」
「頑張る」
まったくもって会話だけ聞いていればかわいいものである。だが辛くても耐えてもらうしかないのだ。経験したことはない。だが一応家族となった女の子を押さえつけるというのは気が乗るはずもない。ましてや黒い服を着ているとしても姉が傷つけようとする対象になるかもしれない。どちらにしても、姉が暴れださないよう、姉が姉のままにいられるように気を付けていなくてはならない。
町の中はまだいい。最大の難所は目的地である病院の中である。特別に許可をとり正面から入らないで建物の横にある非常階段からいつもの部屋に向かう。小児科の部屋なのかそこの部屋だけ壁紙が花柄なのだ。先生は葬式でもないのに上下とも真っ黒な服を着た女性だ。僕は部屋には入らず売店で缶コーヒーを買い待合室で本を読みながら待つ。終わったのなら電話をかけてくる手はずだ。ポケットに入れた携帯が振動するがそれには出ずに立ち上がり部屋の前に戻る。出てきた彼女いつも憔悴し入る前より小さくなっている
「終わったか?」
「うん」
「大丈夫か?」
「うん」
「帰りも電車に乗らなきゃならん。我慢できるか?」
「うん」
彼女は白い服を着た男を本気でおそれていた。だが、本当に恐れていたのは発作を起こすと変わってしまう自分自身だったのではないだろうか。町に出れば狂気と正気のはざまを綱渡りしなくてはならない。ただでさえ危ういのにわざわざそんなことをしなくてはならなかったのか。僕にその答えは出ていない。彼女がいなくなってしまった今となっては母だろうが父さんだろうが先生だろうが、もちろん僕にだって分かる訳はないのだ。わかるよなんて言うやつは姉に代わって僕がぶちのめしてやりたくなる。たとえ白い服を着ていなくてもだ。そういう点で言うと僕のほうが病んでいるのかもしれない。確かに姉はいつ消えていくかわからないくらい何も持っていなかった。きっと生きていくには少しくらい狂っていなければならないのだろう。




