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頭の良くなる薬

作者: 進藤伐斗
掲載日:2026/05/05

将棋ショートショート

「頭が良くなる薬だあ?」

 家の主はそう売り込んできた訪問販売の男を胡散臭そうに睨んだ。

「はい。大変高価な薬ですので、お試しして頂くにも少量という事になりますが……それでも頭がスッキリするのは分かると思いますよ」

「いらん。そんな怪しい薬など」

「そうおっしゃらずに……」

 主はじろりと男を見た。どう考えても怪しい眉唾物の話で十中八九嘘だと思っているが、どうすれば大人しく納得して帰ってもらう事が出来るだろうか……そう考えてから話を切り出した。

「頭が良くなれば将棋も強くなるんだろうな?」

「将棋? まあ頭を使うゲームですからね。強くなるのではないでしょうか?」

「それじゃあ、お前がその薬を飲んでみせろ。そして俺と将棋を指して、勝ってみせたら信じてやろう」

「えっ、私がですか? 将棋なんて昔やった事があってルールを知ってる程度ですよ」

「だからこそ薬の効果が分かるだろう。俺はそこに飾ってある通り将棋弐段だ。日本将棋連盟から正式な免状をもらっている。その俺に勝てればその薬は本物なのだろう」

 そう言いながら家の主は玄関に飾ってある額に入った将棋の免状を指差した。男が確かめるとそこには間違いなく『将棋弐段』という文字とこの家の表札に出ていた名前が書かれていた。

「いや、しかし飲んだからと言って勝てるかというと……」

「なら諦めて他の家を回るんだな。そうしなきゃ俺は買わないからな」

 セールスの男はしばらく迷った挙句、意を決した。

「分かりました、やりましょう。もし勝てれば薬を買ってもらえるのでしょうね?」

「ああ、勝てればな」

 主は喜々として将棋の盤と駒の用意を始めた。かなりの将棋好きなのだった。彼は将棋に勝って相手に自分の実力を見せ付け、感心してもらう事に至上の喜びを感じるのであった。

 薬を飲んで準備をしたセールス男の先手で始まった。おぼつかない手付きで角道を開ける歩を突いた。その動かした歩も升目にキチンと入らずに斜めに傾いている。

(やっぱり素人だな)

 と主は思った。手付きの下手な者はまず弱いと思っていい。ある程度のレベル以上になると手付きだけでは実力は分からないが、そこまで行ってない事が分かってしまうのだ。

 主はビシリと飛先の歩を突く。堂々とした手付きで、升目の下の線に揃えて駒を置いている。駒は下の線に揃えるタイプもいれば升目の中央に置くタイプもあるが、とにかく全ての駒を綺麗に統一して置くのが上級者としての心得だ。

 セールス男の駒はバラバラで主の駒は整然としている。傍目にも主の方が強そうに見える。

 セールス男が飛を中央に動かしながら呟いた。

「たしかこんな感じでやってましたね……」

「ふん……」

 主は相手の中飛車を見詰めた。手順は現在プロやアマチュアで流行っているものとは違うが、それなりのカッコにはなっている。だがあまり見かけない形になって、主は違和感を抱いた。

(これだから素人は……)

 とセールス男の筋悪の指し口に対して嫌悪感を持った。プロが指している指し方をアマは真似るべきなのだ。プロがやらないという事は筋が悪いという事で、アマはその意味が理解出来ないままでも極力はプロがやるような綺麗な形で指すべきなのだ……そんな事を考えながら主は指していた。

(まあ闘いが始まれば一気に崩れる)

 そう思って主は強引に仕掛けを敢行した。

「うーん……これは、どうすればいいんだろう……」

 セールス男が唸りながら小刻みに考える場面が多くなった。

「こう、かな……」

 首を傾げて迷った様子を見せながらも何とか応じていく。

(ふうむ。意外と正確に対応している、ように見えるな……まあそのうち馬脚を現す)

 主は更に強引に攻め倒そうと強襲する。しかしセールス男はなかなか土俵を割らない。いや、それどころか強引過ぎる攻めの結果、主の駒損が激しくなった。そしてその反動をモロに受ける状態となった。

(あれ? これは俺の方が負けているのか? だけど、ここで的確に攻めに転じる事が出来るはずが……)

 どうやら主の負けの局面となっているようだ。セールス男はうんうん唸りながら首を捻り続けている。

(いや、気付くはずがない。奴の視線だって全然別の所を見ている……)

「うーん……こうなのかなあ。いや、こうか……あれれ、これはひょっとして……」

 恐る恐るといった手付きで男は主の最も恐れていた手を指した。主は心臓が止まる思いだった。

「うーん、よく分からないなあ……」

 自分の指した手の良さが分からない、といった様子で男は指し続けていたが、とうとう最後まで間違う事なく主の玉を寄せ切ってしまった。

「いやあ、やられた。強引過ぎたのが敗因か……もう一回やれば負けないとは思うけどなあ」

 悔しそうに駒を投じながらも主はしきりに感心した様子だった。

「いやはや、まぐれですかね。でも薬の効果は間違いなくあったと思いますよ」

「確かにな。序盤は筋が悪くて不格好だったけど、駒がぶつかり合ってからの対応が正確なんだよな」

「そういう表現をするものなんですか? 確かに私としても闘いが起こってからの駒の動き方が頭の中でクリアに分かったというか、何手も先の様子がよく分かったのですが……」

「その薬は本物だ。あるだけ全部もらおう」

「ありがとうございます」

 商談は成立した。


「それにしても、ものの見事に上手くいったな」

 今しがた薬を売った家から十分離れたのを確かめて、セールス男は先程の出来事を振り返った。

「仲間から情報を得ていたからダメ元で試してみたけど全部買ってくれたか、あのインチキ薬を。わざとヘボなフリして指してたけど俺は将棋五段だ。途中でバレるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど何とか上手く騙せたな」



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