とあるループ監視者の悲劇
角を曲がる。
向こうの方から凄まじいスピードでスポーツカーが走ってくる。
道幅は狭い。
壁にピタリと張り付かないと衝突してしまうだろう。
では張り付くか?
張り付いて無様に見送るか?
――否。
「……クク」
思わず笑みが浮かぶ。
ああ、知らないんだろう。
あの車はこれから自らがどんな目に遭うかを。
この俺の手で、哀れなスクラップになる運命を。
「……カカカ」
道のど真ん中に立つ。
中腰になり、前傾姿勢になる。
迎え撃つはスポーツカー。
スポーツカー。
たかが、スポーツカーだ。
「たかがスポーツカー一つ、正面から押しつぶしてやるわっ!」
体に力を漲らせる。
手を前に。
前に突き出す。
迫ってくるスポーツカー。
俺は動かない。
――スポーツカーが目の前に
――運転手の唖然とした顔。
――半ば倒れ込む様に、体を押し出す!
「ずりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
――衝撃。
■■■■
「……ふぅ、いいファイトだった」
「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁーー!!!」
何も無い真っ白な空間。
先ほどに死闘を思い出し、汗を拭っていると突然大声と共に頭を叩かれた。
頭を押さえながら、叩いた人物を見る。
金髪で妹と同い年くらいの少女が目の端に涙を溜めながらそこにいた。
「痛いな。何をするんだ」
「こっちの台詞ですよっ! あなたは何をしてるんですかっ!」
怒っていらっしゃる。
難しい年頃なのかもしれん。
「何って言われても……」
「何で意味分からないみたいな顔してるんです!? さっきのアレですよ! 車に向かってタックル!」
ああ、アレのことか。
ふふ……アレはいい勝負だった。
まあ、負けてしまったが後悔はしていない。
「もう少し早めに構えるべきかな? いや、打点をもう少し下げるべきか?」
「そーいう問題じゃないです! 人は! 車には! 勝てません!」
「いや、手応えは掴んでるんだ」
「絶対に気のせいです!」
「よし、次はもう少しタイミングを早くするか」
「ムキーーーー!!!」
少女は地団太を踏み、近くの卓袱台をひっくり返した。
卓袱台の上のミカンやら、お茶やらが宙へ舞う。
床に落ちる瞬間にお茶をキャッチ。
一気に飲み干す。
……うまい!
「何なんですか貴方は!? 真面目にやる気あるんですか!? 生き返る気はあるんですか!?」
「そりゃあるさ」
俺だってまだ死にたくない。
色々やりたいことだってあったさ。
生き返るなら喜んで生き返るさ。
「だったら! どーして3回に1回のペースで車に轢かれるんですか!? 素直に避けて下さいよ!」
「だ、だって普通に避けるのに飽きてきたんだもん」
「もんとか可愛く言ってんじゃないですよぉ! まだ家出たばっかりですよ!? 69回! 69回の内の死亡原因の半分以上が最初の車に轢かれるってどーいうことですか!? 前代未聞ですよ!?」
そんなに轢かれてたのか……。
奴との勝負も、そんなになるのか。
今でも自分を殺した相手とはいえ、不思議な愛情が沸いてきた。
「いやでも最初に比べて相手に与える損害もでかくなったと……」
「だから何ですか!? 相手の車壊してあなたに何か得があるんですか!?」
「得とかじゃない。――負けたくない戦いが、そこにはあるんだ」
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! この大馬鹿ぁ! もうやだぁ……」
む、三角座りで俯いてしまった。
床に落ちたミカンを投擲してくる。
……ちょっと反省。
この子も何だかんだ長い間俺に付き合ってくれているんだ。
流石に車に惹かれてばかりの俺を見るのは忍びないのだろう。
「わ、分かったよ。うん、もうしない。無謀な戦いはもうしない」
「……ほんとですか」
「ほんとほんと。……たまにしかしない」
ぼそり、と聞こえるか聞こえないかの声で付け足した。
いつかはあのスポーツカーを逆に吹き飛ばせるようになりたいなぁ。
あと何回くらい繰り返せば俺はその高みまで上り詰めることができるのか。
涙を拭った少女が立ち上がる。
「じゃあ、チャレンジ再開ですね」
「おう」
「頑張って下さいね、ほんとに」
「やー」
「お願いですから、車には気をつけてくださいね?」
「うぃっしゅ」
少女の声を受けて俺は70回目の扉をくぐる。
さて、頑張って生き残るか!
「その為にはまずスポーツカーをデストローイしなきゃな!」
「だから破壊前提で考えるのやめて下さい! 素直に避ければいいんですよ!」