第一報
勝ち鬨が上がる。
待ち侘びたときだ。この戦いに参加した者たちも、そしてそれ以外のこの世界の人々たちにも。
「何年かかったんですっけ」
その勝ち鬨を離れたところで私はその光景を眺めている。声の主は私の隣にいる少女だ。
「十五年、かな。ようやくだ」
「そんなにでした?もっと短かったような」
「そうだな・・・」
傭兵として某国で戦っていた私は、その戦争の最中、異世界に導かれた。
この世界は魔王によって支配されていた。
魔王の配下であるモンスター達によって蹂躙されていたこの世界の召喚士と呼ばれる魔法使いに呼び出されたのだ。
「五年はアッチで戦ってたか。そして」
私はその少女を見る。
「キミに呼び出されてから十年」
神の使徒を呼び出す法とやらにより、彼女により呼び出された私は、義憤に駆られ、人を集め兵法を仕込み軍を組織した。そして、魔王軍打倒に動き出したのだった。
呼び出した張本人を見つめると、彼女はシルクのような銀髪を掻き上げながら、歓声飛び交う軍団の中央を見た。
「使徒である貴方こそ、あの歓声の中心にいてもおかしくないのに、何故断ったんですか…?」
「いや、ここからは彼らが主役だ。私のような傭兵の出番はここまでさ」
懐から残り1本となった煙草を取り出すと燻らせた。当然この世界でおいそれと手に入らない紙巻き煙草、ここぞというときでだけ吸っていたが、とうとう最後だ。
「それ、最後なんですよね」
「よく覚えてるな」
戦争が終わる。向こうの国での戦いは劣勢も劣勢で勝てるようなものではなかった。ここでの戦いもそうだと思っていた。兵隊崩れや負傷の戦士、幻獣に村を滅ぼされた狩人に異端の魔術師などを寄せ集めに集めて、戦車や攻撃ヘリの如きモンスター達と戦い、じり貧の状況から気がつけばここまでやってきた。
その戦争が終わるのだ。
「帰る、んですよね・・・元の世界に」
灰を落として紫煙を新たに吸う。
「役目を遂げたら帰れるんだよな。私が受けた術はそういうものだったはずだが」
「ええ・・・」
歓声を上げ続ける群衆を眺めながら、紫煙を鼻から抜けさせる。
思い起こされるのは向こうの世界での戦い、そしてこの世界での戦いの日々だった。
「戦争は十分やった。故郷へ帰り静かに暮らそうと思うよ」
「あの・・・!」
彼女はもしかしたら私をこの世界に留めたいのだろうか。
だが、この世界で私が出来ることなどもう無いだろう。戦争屋が平和な世界に居残るのは碌なことにならなさそうだ。
先んじて願いを断ろうとしたが
「ボクも連れて行ってもらえますか・・・!」
──────────────
「あれから一年か」
そんなことがあり私は日本の、故郷の地方都市に戻り、子供の頃から密かに憧れていた、そして何かしら持てる技術が利用できるのではと探偵業を始めた。
が、地方都市で個人経営、しかもなんの伝手ももっていない探偵など流行るわけもなく、暇を持て余していた。
稀少でもないので今日も遠慮無く紫煙を燻らせる。
「これでは本数も増えるというものか・・・」
皮肉にも暇な時間に思い浮かべるのは、あの傭兵の頃の濃厚な十五年間。そんなことを考えていると事務所のドアを開ける音がした。 インターホンも鳴らさずにだ。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
帰宅の挨拶より先にかけられた出迎えの言葉に顔を歪めながら、彼女は、晩ご飯の材料の入った買い物袋を抱えながら応接室兼所長室兼居間に入室してきた。
「ローラ、いつもすまないな」
ローレッタ・クライス。見た目は十代前半に見える彼女こそ、私をあの異世界に呼び出した召喚士だったが、どういうことか私の後を追ってこの世界にやってきてしまった。
しがらみの多いこの社会は、彼女には向かないのではと心配していたが、その見た目からは想像できない聡明さと、元いた世界でも高位と言われていた魔術力を駆使して、占い師として大活躍していた。
「いえいえ、この世界の断片を知れるのでボクも楽しんでいますよ?」
あまりにもよく当たる、ミステリアスな占い師としてネットでも噂になっているようだ。
そう、この事務所の運営は彼女の稼ぎで成り立っている。
傭兵の頃の稼ぎなど雀の涙で、しかも作戦中にいなくなってしまって最後のギャラも貰えずじまいだった私が、地方都市とはいえ仮にも駅前周辺にビルの一室を借りられたのは、まさしく彼女のおかげであった。
「着替えてきます、あと、今日はいい話がありますよ♪」
近所の学園の制服と同じブレザー姿、眼鏡で黒髪の彼女が寝室に消えた。これは占い館への通勤衣装である。何せ見た目が見た目なので外では学生の姿、館ではシルエットも顔も解らない姿で仕事をしているそうだ。
ネットでの人気の一つに「その声の若さ」というものもあるらしい。
「私よりよっぽど探偵らしいじゃないか」
打って変わって私は暇を持て余す自称探偵だ。これではまるでヒモじゃないかと自虐的に一人笑うが、彼女を失望させてはならないと気を引き締め直す。
ネットと言えば、とSNSを読んでいると寝室から出てきた彼女は眼鏡を外して笑顔でぼやく。 彼女の眼鏡は見る者に特定の幻覚を見せる魔法が掛かっており、眼鏡をかけている間、彼女の髪は黒髪に見えるようになる。
「ボクも動画配信とかやってみようかな?」
やめてくれよ、と私はわざとらしく肩を竦めてみせた。
「そんなことしたら人気になりすぎて私の元から居なくなるだろう」
冗談でも引き留めてくれたのが嬉しかったのか、笑顔で台所へ消えた。
まあ、彼女がそんなことを始めれば冗談ではなく人気になりそうだ。アプリも介さずにアバターみたいな見た目をしているのだから。
──────────────
二人で応接室にしては高い足のテーブルで夕飯を囲んでいる。もっぱら彼女の今日の仕事の報告会のテイをした感想会だ。
「でね、その人、彼女にあげるはずだった花束をボクに渡してきたんですよー」
「おいおいおい、その人、前にキミが引き留めたんだろ、告白。なんでそこからキミにだな」
恋占いもなんのそのの彼女だ。いわくそういった占いの相談も、恋相談となりがちなのだそうだが、それが何かをこじらせさせたのだろうか。
「大体そういった妙な行動を押さえるヨミヤさんはどうしたんだ?」
「その後止めてくれました」
何故か安堵を覚えた私を、彼女は満足げに見ている。
ちなみにヨミヤというのは彼女のボディガード兼マネージャーのようなことをやってくれている女性だ。なんでも陸上自衛隊で格闘技で表された経験もあるというので、安心して任せている。
「そうそう、いい話」
そういえばそんな話があるのだった。
「所長にお仕事、あるかもしれません」
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「馬酔木探偵社、所長兼探偵の馬酔木です。よろしくお願いします」
名刺を相手に差し出し自己紹介もほどほどにし、着席を促した。そして座ったのを確認すると私は切り出した。
待望の依頼人からの相談内容を。
「榊 尚子と言います。その、今回こちらに伺った内容はなんと言いますか・・・」
妙齢の婦人と言った印象の依頼人・榊 尚子氏の相談内容は事前にローラより伺っていた相談内容と概ね同じだった。
相談内容はおおよそこうだ。
彼女は旅館の女将だった。
旅館はこの地方都市から少し離れた山奥だ。聞けば昔はそこそこ人気のあった旅館だったらしい。まあ、その頃、私はこの街に居なかったが。
昨今は鳴りをひそめたが、それでも経営できなかった訳でもなかったそうだ。
だが、事件が起きた。
謎の住民連続失踪事件が起きたのだそうだ。
「例えばそれは・・・野生動物などによる獣害の線は無かったのですか?」
「ええ、目下警察も連日捜査されていますが、一番疑わしいのは獣害だったそうです。ですが・・・」
とうとう行方不明者の遺体が見つかったらしい。その遺体は
「撲殺、ですか」
「今月に行方不明になった方が見つかったそうなのですが、そのようで…
行方不明は既に7人になるそうです。ですが、人間によるものとしても近隣に不審な人物の目撃情報はまるで無いんです。それこそウチのお客様は来ていましたが、事件の影響で客足は消えました。それでも事件は続いていて…」
そうですか、と思考を巡らせる。
これは荒事になりそうだ、と。
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某県某市某町、榊氏の経営する旅館へ私とローラは向かっていた。旅行用の荷物を幾らか積んだ350ccの単車でだ。
「ニュースでやってるだけあるな」
その道中、我々は検問にひっかかった。とはいえ、榊氏より話が通っていたようですんなり通してもらえた。
「検問が敷かれる状況なんですね。ヨミヤさんと一緒に来た方が良かったんじゃないですか?」
ローラのマネージャー、ヨミヤ氏には今回の探偵業も手伝っていただくことにした。何せ荒事の匂いがする案件だ。猫の手でも借りたいし、この国で戦闘に長けた者など二本足で歩く猫くらい貴重だ。
彼女はレンタルした軽トラにいろいろ荷物を積んで後からやって来てくれる手筈になっている。
その【荷物】が必要なのではというのだ。
検問を抜けた先を二輪で進んでいる。穏やかで風光明媚な景色が広がっていた。だが、妙だ。違和感がある。においか、温度か?
「妙ですよここ」
タンデムシートのローラが言う。
「気付きましたか?生き物の音がまるで無いんですよ」
そういうことか。犬猫の鳴き声がしないのはともかく、鳥も虫も鳴いていない。
「これは早めに受け取る必要がありそうだな、荷物を」
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榊氏の旅館へたどり着いた。駐車場には一切車が停まっていない。とりあえず私は入り口近くに二輪を停めると、パニアケースからバッグを取り出し背負う。荷を持って旅館の入り口に向かうと、入り口前に榊氏が出迎えてくれていた。先の検問の警官から連絡があったのだろうか。
「お久しぶりです。馬酔木探偵社です。これから暫くお世話になります」
「はるばるありがとうございます。それで、お部屋なのですが・・・」
「ええ、連絡していたとおり、窓などが少ない、出来れば無い部屋で」
旅館としてはあからさまに人気のなさそうな部屋をお願いしていたので、旅館の主としては困惑したのだろうが、今回我らは観光ではなく依頼に応じて、だ。作戦行動の拠点として利用させていただくとしよう。
通された部屋は1階の角部屋で窓のない仲居さん達の控え室だ。パニアケースに積んだバッグを置くと幾つかの荷物を取り出した。
仕事で使っているラップトップPCを部屋の中心に陣取るテーブルにセットアップした。
さて、やるか。
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我らは早速旅館から、聞き込みを始めた。 とはいえこれはあっという間に済んだ。この事態を受け、女将は旅館を半休業としたそうだ。そのため、仲居やら事務員やらは出勤していない。結果、この旅館には現在、女将と料理長しかいないのだ。
その二人から聞き取れた内容というのは、
最初に行方不明者はおよそ半年前。その人物は捜索依頼が出されていたが、現在も不明という。
それから三ヶ月後に急に3人が続いて行方不明に。穏やかな田舎に降って沸いた事件。色めき立ったそうだ。この辺りで、それまで地元警察だけで対応していたが県警が動員される事態になったらしい。とはいえ、それでも手がかりすら掴めなかったという。
そしてこの辺りの話は、地元ニュースでも取り上げられたらしい。
聞き込み内容を書き取ったメモを眺めながら思い出す。
(言われてみればそんな話を聞いたかも知れないな…)
ここ暫く仕事がなかったせいか、全くアンテナが錆び付いていた事を思い知らされる。
話は戻るが、捜査はまるで進まない状態で今月に入りさらに3人が行方不明に。そしてとうとう事態が悪化。この3人のうちの1人が撲殺死体として発見されたという。
「集団による犯行、だろうか。」
半年で7人。しかも、アシが着いていないのだ、何かしらの組織的犯行に見える。
「だが、全くアシが着かないのであればむしろ一人の方が可能性があるか?」
少なくともまだ6人は捕まったままの可能性だってある。その人たちを確保する場所が必要だろう。結構な広さが不可欠だろう。
そんな場所の候補があるか、少し聞き込みをしてみようか。
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町を二輪でうろつき、聞き込みをしてみた。ここでも榊氏から話しが通っていたのか、こんな緊張状態の町で聞き込みをしても、地元住民は協力的だった。
一段落つけて、私は町のコンビニでカップコーヒーを買い、二輪のそばで調査内容を整理しながらそのコーヒーに口をつけていた。
聞き込んだ内容から新たに解ったことは、
行方不明者の人と成りに関して、あまり共通点は見られなかった。それに何かしらの犯罪者集団に恨みを買うような人たちでも無かった。
「そもそも犯罪絡みだったらとっくに警察で何かしら動いてるだろうしな」
だとしたら、次に気になることと言えば…
「所長!ここにいましたか!!」
コンビニの駐車場の一角でサイドスタンドで停車した単車に寄りかかりながらカップコーヒーを傾けていたところに、別の方向から調査をしていたローラが合流した。
「所長!わかりましたよ!!共通点が!!」
「それは…場所か」
可愛らしい瞳をよりクリクリとさせながら両手の人差し指を天に向ける。
さながら二丁拳銃を天に向けているかのようだ。
「ご存じでしたか」
彼女はちょくちょくこのポーズを取る。流行り廃りではない。異世界でもよくやっていた。別に彼女はお調子者というわけではなく、むしろ思慮深く、落ち着いている。そんな彼女が行うこの仕草は愛らしい。
「被害者の住所は山に非常に近い」
「でも気になりますよね、聞いた話だと警察も山狩りはしてるみたいですよ」
それはそうだ。獣害は真っ先に疑われたという話だ。
だが被害者が行方不明届が出されてからなかなか見つからなかった、というのが不可解だ。熊などに襲われた場合、貯め餌として隠されていることがあるというが、その痕跡が見つかっていない、というのはなかなか無い話だ。さらに言えば、今月の被害者が撲殺遺体として見つかったのは町の外れで、どちらかというと町側だった。貯め餌を人間のテリトリーに行うのは考えにくい。
しかも食い破ったり、爪で引き裂かれた様ではない、撲殺だ。
「人でも無く、獣でも無いのかも知れない。山に入ってみよう。ローラ後ろに乗ってくれ、宿で装備を整えよう」
手にしていたコーヒーを飲み干すと、店内のゴミ箱に空カップを捨てる。そして二輪に戻るとローラは既にタンデム用のヘルメットをかぶり、タンデムシートに座っていた。
私もヘルメットを被るとシートに跨がり、スターターを押し、エンジンに火を入れた。
────────────────
装備を調え、私たちは山への入り口に単車を停めていた。腰にはナイフが差してある。念のための装備だ。
山の入り口を見る。舗装はさすがにされていないが、二筋の轍が見える。民家があるのか…?
「…行こう」
我々はその山の入り口に歩を進めた。
────────────────
山に入って三十分ほどたっただろうか。
ローラの歩に合わせてゆっくりと登っているが、それなりに進んだと思われる。だが、轍はまだ続いている。
「ふぅふぅ…結構歩きましたね」
「…ああ……」
ローラがかなり疲れてきているようだ。
「ここで休もう」
「ま、まだいけますよ?」
「いや、ここで小休止だ」
ローラにペットボトルを渡し、轍道の端の木下で座るように促した。
「…?は、はい」
ローラが座ったのを確認し、私は周囲を見回した。
「所長は休まないんですか?」
「ああ、ちょっとな。…気配が変わった」
え、というとローラの気配も変わっていく。
「待て、キミの魔術は温存しておいてくれ。おそらくこの先で活躍してもらうことになりそうだ」
まずいな…
今回の件、うっすらと脳裏にはあった第三の推理があった。
まず1つは犯罪。組織なのか単独なのか、犯罪者による拉致監禁事件の可能性。
2つめは獣害。特に熊による被害の可能性。 そして3つめ…
「幻獣がいるかもしれない」
「うそ…!?」
いつもの指差しも出来ないくらい疲れているのか、それとも危険を感じ取ったのか…
「いいから休むんだ…」
私は轍道の先を睨む。色めきだった殺気がまばらに漂ってくるのだ、そこから。
「その先に居るんですか…?」
「おそらくな。獣の気配、というのはよく解らないが、人の殺気に似ている」
だが全く一緒では無い。そこもよく【嗅いだ】ことがあった。あの世界で。
「…そういうことなんですね…、視覚阻害の結界のようなものがあります。これでは分かるはずないですよ」
「結界か、どうりでここまで来て急に気配が変わったわけか」
「すみません、気配、辿ります!」
「!!?」
ローラが魔力のレーダーを展開させた。大丈夫か!?
「この先にいっぱい居ますよ!こっちに来てます!!」
咄嗟に私はローラを左手で担ぎ、右手でナイフを抜いた。
「下るぞ!」
次の瞬間に何かが轍道の端の茂みから襲いかかってくる!
ナイフで応戦する。ナイフから堅いものを弾く感触が伝わってくる。鈍器だ。伝わってくる力も重たい。弾いた先を睨む。
暗い緑色の肌、背丈は私の半分くらい。日本で言うなら小鬼、異世界ではこう呼んでいた。
ゴブリンだ。
「数が多そうだ、撤収を急ごう」
吹き飛んだそばからそれは再度殴りかかってきた。横薙ぎに振るわれた鈍器の先を、相手の体の内側に向かって弾く。がくん、と体勢が崩れ、背中ががら空きになったところにナイフを突き立てる!
素早く引き抜くと、そばから2撃目が飛んでくる。大きく後退して回避すると、そのまま踵を返して麓へと走り出した。その後ろから2匹目のゴブリン、さらに後ろに2匹のゴブリンが続いている。私はローラを抱えながら次の一撃を加えてくるゴブリンの攻撃をいなし、死に体になったゴブリンに、ナイフをハンマーグリップで握っていたのをいいことにそのままパンチで殴りつけた。大きく吹き飛ぶ。吹き飛んだゴブリンの飛ばされた先の確認もそこそこに、続く3匹目のゴブリンを目の端に捉える。
まだ距離はある。
都合がいいことに轍で開かれた日本の山道は、昔戦った山岳や異世界で戦った山野とは比べものにならないくらい走りやすく感じた。
「ローラ!結界は抜けたか!?」
「とっくにぬけてます!」
だが、ゴブリンはついてきている!?
「平気なのかよ!」
それもそうだ。被害者は何も山に入ったから襲われた、と決まっているわけでは無い。降りてきている可能性もある。
「あくまで視覚阻害の結界です、あの中に固定しているというわけでは無いようです!」
どういうことだ?いや、今はいい。まずは追ってくるゴブリンだ。
逃げる山道の端の茂みから気配がする。案の定鈍器を振り上げてゴブリンが飛び出してきた。そのゴブリンの馬鹿正直な鈍器の軌道から腕の位置を先読みし、ナイフを突き出す。異常に力強いわりに細いゴブリンの腕は、突き出したナイフに切り裂かれてちぎれ飛ぶ。そのままそのゴブリンを蹴り上げて撃退する。
山道からはまだあと2~3匹は追って来るだろう。このまま撤収し続ければ連中は私に釣られて町まで降りてきてしまいそうだ。
「ローラ!奴らを退けられないか!?」
「や、やってみます!!」
彼女を下ろし、彼女を背にしてナイフを構える。後続が追いついてきたようだ、三匹どころか十匹近くの気配がする。早速1匹殴りかかってきた。上からの大ぶりだ。
ゴブリンの鈍器を振りかざす腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。次の瞬間には別方向からさらにもう1匹が殴りかかっている。リーチの差に付け入り、そのゴブリンを突くような蹴りで後退させる。
蹴り飛ばされたゴブリンの横から新手が攻撃を繰り出した。それをナイフで受け、弾く。体勢を崩してそのゴブリンが大きく後退した。
手近なゴブリンは蹴り飛ばし、弾き飛ばしてナイフの範囲から離れてしまった。が、足下にゴブリンが落とした鈍器がある。即座に空いた左手に握る。歪だ。バランスがめちゃくちゃだがいけるか?
蹴り飛ばしたゴブリンに対して拾った鈍器を投げつける。少し反れたが当たった。
弾き飛ばしたゴブリンに、2匹くらい合流する。その1匹が勢いそのままに上段から殴りつけてくる。ハンマーグリップでがら空きになった脇腹にナイフを突き刺す。素早く3連続だ。
と、横から鈍器が飛んでくる。気付くのが遅れた、間一髪上半身を捻って肩に当たりそうだった鈍器を避ける。上半身を戻す反動を使ってそいつに向けてもナイフを一撃。退けた。
さすがに禄に動きがとれないまま戦うのがキツくなってきた。ローラはまだか!?
彼女の方を向くとだいぶ術式が組み上がっているようだ。
あと少し!
早速もう一撃飛んでくる。ナイフで受けて直撃後に引いて衝撃をそらす。攻撃が反らされて体勢を崩したところをナイフで突き刺してこれも撃退。次は!?
そのとき、何語なのか相変わらず解らない歌のようなものが響き渡る。ローラの魔法の詠唱だ。そして、彼女を中心にして風を視覚化したかのような光が吹き荒れ始めた。この光はローラ自身は当然、私の体もただただ撫でるだけ。ただし、ゴブリン達に触れると強烈な刃と化す。周囲に居た十数匹にも膨れ上がっていたゴブリン達はまさしく一網打尽になった。
新たに気配を探る。さすがにもう気配は無かった。
軽く呼吸を整えつつ、ナイフを見る。刃毀れがある。
「周囲にゴブリンはもう居ません」
「山道の先は?」
コクリと頷くと気配をたぐるための魔法を使用する。土の地面にがくりと膝を突き、項垂れるような姿勢でぶつぶつと呪文を唱え始めた。暫くするとその呪文を唱えながら地面に両手をつける。
「どうだい?」
「やはりあそこの先にすごい数の気配があります。これ、おそらく建物がありますよ」
そこに巣があるのかもしれない。掃討しないと今回の事件は解決出来なさそうだ。
「ヨミヤさんと合流後、対処をしよう」
────────────────
我々が宿に戻ったとき、駐車場に軽トラが停まっていた。荷台には折り畳まれたブルーシートが置いてある。
助かった、予定通りヨミヤさんが間に合ってくれたか。
「ローラ、先に行って事情を話しておいてくれ」
単車を宿の入り口前に停めてローラを降ろす。そして、先ほどの軽トラの隣に停めた。サイドスタンドを下ろし、トントントントンと響くエンジンを切ると、それでもまだ体が脈動している感覚がする。キーを抜き取った右手を見る。
「………」
まだ、カンは生きているようだ。
────────────────
「馬酔木所長、すみません、状況がよく解らないのですが…」
あの窓の無い休憩室にて、ヨミヤ氏と合流した。既にローラから概要は説明したのだろう。
「どう説明したものかな…」
「……言われた物は事務所から持ってきています。確認してください」
テーブルに置かれたハードケースを開ける。 ナイフが3本にクロスボウ。それに、
コルトの45オート。
「弾は3マガジン、これが今は限界です」
マガジンが抜かれた45オートを手に取り、グリップを握る。グリップセフティは問題ない。そのまま銃口を彼女たちに向けないようにして構える。スライドを引き、チャンバーを確認。弾は装填されていない。そして、バネに任せて戻す。ハンマーが起きるのを確認し、再度構え直し、照門と照星を合わせる。
カチン
トリガーを引き、ハンマーが降りる。問題なしだ。
「3マガジン、上等だろう」
机に置かれた3つのボックスマガジンのうちの1つをグリップ内に滑り込ませて、ショルダーホルスターに45オートを収める。このナイロン製の安物のホルスターは一緒に持ってきてもらったものだが、傭兵時代から使っていた年季モノだ。カッチリと45オートが収まるようなものではないが、似たような大型拳銃ならなんでも収められる。
「今回の事件の原因がゴブリンというのは本当ですか?」
ホルスターに収めた姿勢のまま、私は頷いた。確かに異世界を知らない人間からしたら、何を世迷い言を、と思うだろう。数時間前の私でもそう思う……いや、私だったら膝を打ったかもしれない。その手があったか、と。
「奴らは鼻が効き、素早い。そして人をさらうこともある。今回の行方不明事件が人や獣では無い、と言うのならばゴブリンの仕業というのは納得だ」
「というか… モンスターなんですよね?ゴブリンって。そんなのが…本当に…?」
「ボクも確認しました。紛れもなくゴブリンです。まさかこの世界で見ることになるなんて思いませんでしたが…」
混乱に飲まれているようだ。私は手拍子を三度拍つ。
「作戦を伝える!」
どちらにせよここで手を拱いている場合ではない。
「改めて確認しよう。今回我ら馬酔木探偵事務所が受けた依頼はこの怪事件の解決。
そして、犯人は紛れもなくゴブリンによるものだ」
一間空け、二人を見る
「だが、幸運でもある。私とローラが居れば奴らを殲滅できる。こんな人間がちょうどここに居るというのは幸運としか言い様がないだろう」
そう、我らは奴らを知っている。私もあの世界でゴブリンの巣穴の掃討作戦は数度行ったことがある。この世界にゴブリンの巣穴を掃討したことがある人間などどれほど居ようか。
「作戦の説明にはいる。作戦の要はローラ、キミだ」
察しはついていたのだろう。彼女は黙って頷いた。以前に巣穴掃討した際に、彼女の魔法によって、巣穴を清め払ってもらったことがあった。どんな魔法なのかはよくわからないが、倒しても倒しても涌き出てくる連中だが、あの魔法なら完璧に作戦を遂行できる。
「ではヨミヤさんは彼女の護衛を頼みます」
ヨミヤ氏が頷く横からローラが口を挟む
「巣穴への杭打ちは所長一人で行くんですか!?」
話について行けないヨミヤ氏に向けて私が補足する。
「杭打ちとは杭のようなモノがあってな、これを巣穴の中心に打ち込めば少し離れていても巣穴の場所に魔法の力を送り込める。
まあ砲撃の座標指定のようなものだ」
この説明でヨミヤ氏にも事態が伝わったようだ。
「すごい数が居たんですよね!?一人でなんとかなるんですか!!??」
「大丈夫だ。“むこう”でもなんとかしてきた。それに切り札もある」
懐から私はその切り札を取り出した。木製のナイフを模した模擬刀だ。
「ローラ、アレを頼む」
────────────────
数時間前に激闘を繰り広げた山道に、私は再び単車で舞い戻った。時刻は夕暮れ。ゴブリンは夜目が効くため、その分敵に利があるだろう。
「こちらナイト、聞こえるか」
「こちらベース、感度良好」
ヨミヤ氏が答えた。コールサイン、ナイトはオペレーター(作戦実行員)である私、ベースは旅館の二人の事だ。
「ダンス会場入り口に着いた。三十分でガラスの靴にたどり着く」
「了解。…無理はしないで下さい」
「大丈夫、数の分、脅威はあるがそれでもキマイラよりは楽だろう」
「こちらウィザード」
ウィザードはそのまま、ローラのコールサインだ。
「儀式に入ります、そちらも絶対に生きて戻ってきてください」
「了解」
無線を切る。
大丈夫さ、ローラ。やってることなんざあのときと変わらないんだから。
────────────────
ガラスの靴、昼間に偵察した地点まで戻った。ここまではまったく会敵しなかった。昼間の風の魔法で一網打尽にしたのは効果があったようだ。だが昼間、ローラが【この先】と言った地点に近づくと強烈な殺気が漂ってきた。
懐のホルスターから45オートを抜く。右手に45オート、左手には刃毀れの無い新しいナイフだ。
それらを構えたまま歩を進めると、廃工場が見えた。本来は木工場だったらしいが、経営が成り立たなくなって大分前に廃棄されたそうだ。
そして、昼間の目的地でもある。案の定ゴブリン達の根城にされていたようだ。銃口をその廃工場の入り口に向けると、こちらの殺気に気付いたのか、ゴブリン達がぞろぞろと出てくる。
「こちらナイト、ダンス会場に着いた!」
早速数匹のゴブリンが殴りかかってくる!そのうちの一体の頭に1発撃ち込んだ。倒れるのを確認する前にさらにもう一体を蹴り飛ばし、もう一体にナイフを突き立てる。
────────────────
「ダンスが始まりましたか?!」
荷物やら家具やらは最低限にし、がらんとした控え室改めベースで待機していたボクは夜宮さんに尋ねた、そろそろ所長が巣に到着するころだと思う。
「……………! 激しい物音!それに…銃声!!始まりましたよ!!」
「わかりました!儀式の準備をします」
ボクはそういうと眼鏡を外し、服を脱いだ。
「!?」
「ローブを!」
事前に打ち合わせていた通り、夜宮さんは荷物の中からボクのローブを取り、投げ渡してくれた。眼鏡の魔法が解け、ボクの黒髪が地の色である銀髪に戻っていく。
「こ、これはどういう!?」
「儀式を行うにはボクの服が邪魔になるんです、魔力に染まってない布でないと…」
下着も脱ぐと受け取ったローブの中から三十センチほどの棒を取り出す。それを振ると僕の身長ほどに伸びる。ボクの杖だ。その先端で陣を描く。そしてその陣の真ん中に立ち、ローブを纏った。
そこに片膝をついて、杖を立てる。
「退魔の儀を行う…」
(さぁ、早く!早く杭を打って!)
────────────────
パンッ!
目の前のゴブリンに眉間に風穴を空けた。これでもう20はやったか?スライドオープンしている45オートを握ったまま新手のゴブリンにリバースグリップのナイフを突き刺す。一段落したところで後退し、マガジンを交換する。
これがラストだ。
スライドを戻すとナイフを仕舞った。
奥からぞろぞろとゴブリンが現れる。
「…ここからだ」
懐から小太刀のような形の木刀を取り出す。
────────────────
「ローラさん。馬酔木さんが持って行ったアレ、結局なんなんですか」
ボクが儀式の準備を行っていた横から夜宮さんが尋ねた。
集中を維持しつつ、ボクは答えた。
「ボクの家ではあの世界の宝物を一つ、保管していたんです。
それはどんな幻獣も一太刀で葬ることが出来る宝剣」
────────────────
異世界から帰るとき、私はこの剣を受け取った。
「この剣はボクの家で代々保管されている、どんな幻獣でも一太刀に切り裂くと伝えられている聖剣です。
何故かあるときこの剣はボクの家から消えてしまったと伝えられています。そして、暫くの後にまた同じところに収まっていたそうです」
ローラが抜き身で差し出したその剣は片刃のナタのように見える。鍔には金や宝石がちりばめられているのだろうか。
こんな高価そうな物は受け取れない、と断ろうとしたが、彼女は強引に私に握らせた。
なんだこれは…?おそろしく軽い。
「やはり貴方でしたら持てると思いました」
「なんだこの剣は?」
「ほんとは鞘もセットで、その鞘の方が凄い力を持っているんですが、流石にそれは渡せません。でも…
この世界を救ってくれた勇者に、この剣はふさわしい…」
剣を掲げてみた。陽光を吸収し銀の刃が黄金色の光を放つ。
「貴方を呼び出し、それに応えてくれたお礼に、せめて受け取ってください。剣の名前は…
魔を切り裂くもの、キャリバーン」
────────────────
キャリバーンを横薙ぎに振るう!刃が伸び、そしてその刃は建物を傷付けずに、だが壁を貫通しその後ろのゴブリンをも切り裂く。
「なんだこれは…」
受け取ったものの使い道が無かった私は、初めて振るったキャリバーンの無茶苦茶ぶりに肝を潰した。刃が伸びたときには建物を破壊するかと思ったが…
周りに転がるのは真っ二つになったゴブリン達。これはいけそうだ。そう思ってキャリバーンを見ると、既に木刀に戻っていた。仕方なく再度木刀を懐に仕舞うと、ナイフと45オートを握り直し、まだ殺気が残る部屋へと走る。
部屋に着くと、今まさにこの世界に姿を表していくゴブリン。そして、行方不明者の遺体が転がっていた。
「遅かったか…」
だが、此処こそが巣の中心だろう。
「こちらナイト!ダンス会場の中心に着いた!!今から杭を打つ!!!」
懐から杭型の魔導具を取り出し、巣に打つ!
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「こちらウィザード!始めます!!」
ボクは立ち上がると杖を陣の中央に突き立て、呪文を一気に唱える。ボク自身の魔力に、陣によって練り上げられたこの宿周辺に漂っていた魔力も込めて、杖から魔力が意味を持った力となって集まる。部屋は魔力が変換する際に引き起こされる風が吹き荒び、めちゃくちゃになっている。
「な、何が起きてるんですか、これ!!」
《ローレッタ・クライスの名を以て命じる!彼の地の邪を滅却する!》
杖を持ち上げる動きで練り上げた力を、勢いよく陣に叩きつける!部屋は光に包まれた。
力にボクの意識が乗る。
光の奔流は宿から杭を目指して飛び、所長が戦っている廃墟を目指した。強力な破邪の光は魔力関知に疎い人でも目についただろうと思う。光の大蛇かなにかに見えていたかも知れない。 その光の先端が廃墟に突き刺さった。
(これで大丈夫…)
一瞬、廃墟の中の所長が見えたところで、ボクの意識は光から体に戻ってくる…
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廃墟にて、杭を打った直後にも数体涌き出てきたゴブリンをねじ伏せたところで、廃墟は光に包まれた。光は巣の元凶を取り除き、そして、転がるゴブリンの亡骸をも光へと変えていく…
「よくやった。ローラ、キミの仕事はいつも完璧だな…」
私は、最後に廃墟を一通り巡って安全を確認したのち、45オートとナイフを仕舞った。
「こちらナイト。ダンスは終わった。これより帰投する」
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「こちらベース、ダンス終了を了解」
「所長!お疲れ様でした!!」
無線から「ウィザード、コールサインを…」という所長の指摘にハッとしながらボクは一言謝ると逃げるように無線を切った。
「へへへ、気が抜けちゃいました」
夜宮さんにそう告げると、夜宮さんもまた無言で、私もです というような表情で返してくれた。
「そもそもコールサインって無線傍受対策なんで、私たちの無線なんて傍受されてると思えませんけど」
そういえば向こうでも所長はコールサインを使ってテレパスで会話をしていた。そのときにボクたちも無線傍受のため、と説明されていたが、これはのちに本当に傍受されていたことがあった。
(万が一にも備える。所長らしいなー)
「あ!」
ボクは慌てて無線をつないだ。
慌てるボクに夜宮さんも釣られて慌てる
「どうしたんです!?」
「現場の掃除!空薬莢!!」
夜宮さんも幻想世界を見せられて混乱気味だったみたいだったようだけど、今の言葉で現実に引き戻されたみたいだ。
ボクは無線で所長に、そちらに向かいます、とだけ伝えると、幾つか荷物の中から回収に使えそうな道具を用意して、ボク達は軽トラで所長の下に向かった。
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その後、私たちは掃除を終えると宿に帰り、女将の榊氏に事の顛末を伝えた。とはいえストレートにゴブリンの仕業でした、などとは言えず、カバーストーリーを伝えた。
内容としては、被害者達はこの廃墟で毒キノコによる幻覚によって被害者達は殴り合い亡くなっていた。という事にした。
「そうだったんですね… あのキノコは地元の人なら気をつけてるモノだと思ったのですが…」
うーむ、流石に苦しいか。とりあえず似た姿のキノコも現場にあったので、その判別を誤って、としてなんとか場を収めた。
とはいえ、事件は解決だ。私達は荷物をまとめて宿を後にした。
「しかし、これは探偵の仕事だったのだろうか…」
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事件解決から数日。
事件が解決したというニュースが地元メディアで仄かに語られた程度だった。
だが確かに依頼人の榊氏からも、彼の町にて被害の続報が停まったこと、警察による制限も解除され、徐々に人が戻っていることが伝わってきていた。
そして、馬酔木探偵社は今日も暇だ。私は煙草を1本手にし、口にくわえて火を着ける。紫煙を燻らせながら、ラップトップPCで書類を作成していた。あの事件の報告書だ。
そんな昼下がり、ドアをインターホンも鳴らさずに開けられた。
「今日は早いな、ローラ」
「ええ、ちょっとお祭りがあるみたいで、人が多くなってきちゃったんで閉めました」
お祭りの人と彼女の占い店の客で、現場は混乱を引き起こしかねない事態となっていたんだろう。
我が探偵社からしたらうらやましい状態だ。
「お久しぶりです」
店を閉めたからか、ヨミヤ氏もついて来たようだ。
私も軽く会釈する。そして煙草の火を消そうと灰皿に押しつけた。
「いいですよ、吸ってても。私が押しかけたんですから」
「すみません」
改めて私は消しかけた煙草に火を付け直した。 ローラはいつものように寝室に着替えに行っている。
「…で、どうしたんです、今日は?」
確かに占い師ローラのボディガードであるヨミヤ氏だが、探偵社の中まで入ってくるのは珍しい。
「ずっと気になっていたんですが…結局榊氏の依頼で遭遇したというゴブリン?
アレは何だったんです?」
そういえばあの事件でヨミヤ氏はゴブリンを目にしてはいなかった。
「なんと言えば良いんですかね。強いて言えば…」
考えてみれば何故アレがこの世界に居たのか…
まあそこを今考えても仕方ないのだろうか。とりあえず、あの世界で遭遇したゴブリンのイメージを現代日本人に解るように咀嚼してみることにした。
「ゴブリンというのは知能が僅かにある小鬼です。だから原始的な道具を使い、気まぐれに人を襲う。なんなら別に人を喰うために襲うんじゃない、遊びのような感覚なんだ」
ヨミヤ氏の表情に義憤の相が浮かぶ。
「奴らは自然界ではあまり見られないような理不尽な存在です。駆除できたのは本当に良かった… ホブゴブリンだったらまだ良かったんですがね」
「それだと何が違うんです?」
ヨミヤ氏がそう言ったところで、寝室がガチャリと開いた。眼鏡を取った銀髪のローラが私服姿で出てくる。すぐさまあの指さしポーズをとって続ける。
「ホブゴブリンはどちらかというと友好的なゴブリンです。ゴブリン同様気まぐれですが、お礼を弾めば人間のお手伝いもしてくれるんです」
「…そうですか、ホブゴブリンだったら良かったのに……」
丁度したためていた報告書に記した七人の犠牲者の名前を見た。
事故というセンで収集した本件だが、実態はゴブリンによる連続殺人だ。ただし、そのゴブリンは人権も責任者もない。この世界においてはオカルトでしかない。
「調査報告書ですよね、それ」
「ええ…」
この報告書を書くために先日また事件現場の町に単身調査に行っていた。
事件は収束に向かっていたことは先に述べた通りなのだが、やはり気がかりがある。
「ヨミヤさん。あの件で仕立てたカバーストーリー、あなたなら納得できますか?」
「榊さんも言ってたんですよね、地元の人があのキノコの危険性を知らないとは思えない、と」
そこだ。
観光客ならまだしも、地元の人間が毒キノコの害で7人も、なんて我ながら不自然なストーリーだ。そして聞き込みで判明しているとおり、観光客に犠牲者はいない。
「そのとおりなんだが…」
現場では不思議な事態になっていた。
被害者の体からそのキノコの毒性分が出てきた、というのだ。そのことを伝えるとローラもあのポーズで指を掲げた。
「ど、どういうことなんです!?もしかして偶然!??」
「その可能性もある…、だがもしかすると事件を隠蔽したい連中が我々以外にもいるのかもな……」
だとしたら大分巨大な組織立った連中による仕業だろう。
そして、その連中が我らのような特異な存在に対する対策がとれる者が居ることを知った、ということになる。
「大事にならないといいがな」
探偵としては有名になれば仕事につながる。だが不本意にも我が馬酔木探偵社はモンスターバスターとして、その筋に知られてしまったかもしれない。
── 了 ──




