第9話 知識チート、歴史を動かす
「さて、まずは『運河専用藩札』の準備が必要なわけだが……」
藩主井伊直亮から与えられた部屋には、現行の藩札を発行している機材の数々が所狭しと並んでいた。問題は、これをそのまま使えるわけではないこと。専用の藩札を作るには改造が必要だ。その指揮は、高野長英に任せればいいだろう。
「義春も奉行になるとは出世したな」
父である義道は感慨深そうだ。まあ、元服したばかりの息子なのだから、当然と言えば当然の反応だ。
「しかし、どうするのだ? 計画は認められたが、その後が決まっていない。運河を造るといっても、いきなり他藩の領土に踏み入るわけにはいかないだろう?」
「もちろんです。そこで、まずは試作として山城国との境界までに造ります。京都方面との物資輸送を効率化するだけでも、我が藩の経済は改善します」
二人で会話していると、いつのまにか部屋の外に何者かがいた。それは、あの重臣だった。
「殿への謁見の場を設けたというのに、我々の功績を奪うとはな。だが、わしも彦根の柱。ご奉行様のお手並み拝見といこう」
それだけ告げると、自信ありげに廊下を歩いていく。
「嫌な予感がするが、気のせいか……?」
「いえ、父上の考えは正しいかと。城内には、今回の計画をよく思っていない者がいます。それも、相当な人数が。まずは、人員を集めるために他の部署と話し合いが必要です。さて、どうするか……」
「それはいかん! 他の事業で人員が不足しているのだ。それに、お主たちのやろうとしていることは、『ただの紙切れで民を騙し、危険な土木工事に駆り出す』という仁義にもとる行為ではないか!」
開口一番、拒否された。確かに、その考えは正しい。民も命をかける以上、何らかの形で報いなくてはならない。藩札以外の手段で。
「殿より、この事業は仁成の根幹に関わるとの言葉を賜りました。貴殿の言う仁義とは、ただ座して飢える民を見殺しにすることでしょうか?」
「そこまでは言っていない」
「飢えた民に施しを与えるのは一時的な善行に過ぎません。しかし、この運河工事は、彼らに働く機会で義を与え、飢饉でも米と交換できる藩札で信を持たせます。これは、藩が民の生命を永続的に守るという仁の精神を、経済という実学で証明しているのです!」
重臣は沈黙した。論戦では勝ち目がないと悟ったらしい。「好きにせよ」の一言を絞り出すのが精いっぱいのようだった。
俺はある募集の告示を出した。「運河は、飢えと病に苦しむ近江の民を救うための、藩の大いなる仁政である」と。
その一
この仕事は、単に金銭を得るだけではなく、未来の彦根藩の大義を成すことである。
その二
今回の藩札は、運河完成後の通行料を担保とする。また、万が一の飢饉の際には、藩の備蓄米と金貨と同じ価値で交換できるものである。
「これでいいだろう」
俺は、道に掲げられた告示を見て満足していた。
「崋山様、かたじけない。告示が分かりやすいように絵図を書いていただいた。どうやってお礼をすればいいのか……」
「気にするでない。すべての民が文字を読めるわけではない。このような気配りを思いつく義春は、頭が柔軟で心優しいと言える。次期藩主に名乗りを上げるか?」
渡辺崋山の言葉は、もちろん冗談だ。次の彦根藩主は有名な井伊直弼だ。だが、それを知っているのは俺だけ。
「さて、あとはどれほどの人員が集まるかだな。民が押し寄せたらどうする? 仮に、特別な藩札の発行速度を上回ることになるかもしれない」
「まさか。さすがに、そこまでうまくはいかないでしょう」
数日後、俺の考えが甘かったことが証明された。「運河奉行所の仕事は、命の保証がある」という噂が、農民や貧しい者たちの間で広まった。
「ここからが重要です。長英様には、衛生指導と技術指導をお願いいたします。藩札で飢餓対策はできていますが、工事中に負傷などした場合の策も必須。この手厚い保証で、さらなる人員獲得を目指します」
「よかろう。一石二鳥というやつだ」
高野長英は満足げだ。医者、蘭学者としての己の才能を発揮できるからに違いない。
「父上には藩札の流通を頼みたく存じます」
「よし、任された。それで、義春、お前はどうする?」
「私は運河奉行。すべてがうまくいくように指示、監督するのが仕事。本来ならば現場に赴きたいのですが、そうはいきません」
「まあ、そうなるな。無理するなよ」
父の言葉は身に染みた。俺は、素晴らしい父のもとに転生したらしい。俺のためだけでなく、父のため、そして日本のために粉骨砕身する。
数日後。高野長英は、集まった数千人の人夫たちを前に、医師として熱弁をふるっていた。
「聞け! 運河工事で貴殿らが倒れるのは、落盤よりも水場の疫病の可能性が高い。貴殿らの命は、藩札だけでなく、わしが医術をもって保証する。水を煮沸せよ。排泄物を遠ざけよ。清潔を保て。これもまた、仁政の根幹である!」
長英の衛生に関する知識は、不安に満ちていた労働者たちの心を静めるのに十分な効果を発揮した。彼は、体力のある者の中から頭の切れる数十人を選び出し、シールド工法の基本的な原理を伝え始める。彼らが、後の現場のリーダーとなるはずだ。
長英の指導は終わり、藩札の流通も始まった。運河のルートが決定され、最初の作業場所が用意される。俺は運河奉行として、集まった数千人の人夫の前に立った。
「これより、琵琶湖運河建設の最初の一歩を踏み出す! この事業は、彦根藩のすべてを懸けた仁政であり、未来の日の本を造る大義である。全員、命を大切にせよ! 始めよ!」
俺が、最初の場所に象徴的な鍬を打ち下ろす。
数千人の人夫たちが、一斉に鍬を打ち下ろす轟音! その音は、彦根城下に響き渡り、人夫たちの「飢えから解放される」という熱気と希望が、土煙となって立ち上った。俺の「知識チート」が、ついに「歴史」を動かし始めた瞬間だった。
しかし、土煙の中に立つ俺は、すぐに新たな課題に直面していた。
この広大な現場を、城の中から一人で監督するのは不可能だ。そうだ、確か高野長英の蘭学のネットワークでその名を聞いた。薩摩の技術者と名高い、あの男を呼び寄せよう。間違いなく、この事業を前進させる力を持つ。俺は、数日のうちに本格的に職務で忙殺される。それまでに、招へいする。それが、俺の次の一手だ。うまくいくかは分からない。だが、なんとしてでも呼び寄せて見せる。運河事業の成功のために。




