第54話 万国驚愕――極東の神都
オランダ使節団が竜骨――恐竜の前で膝をついてから数ヶ月。その衝撃的な報告は、驚異的な速さで海を渡り、ヨーロッパ各国の王宮を震撼させた。
「日本には、地底を自在に穿つ知恵と、太古の巨獣を従える科学がある」
その噂は尾ひれをつけ、いつしか日本は「東洋の秘境」から「未知の超大国」へと、列強の認識を塗り替えさせていた。
そして迎えた、日本博の全盛期。彦根の港には、かつての鎖国が嘘のように、各国の旗を掲げた艦船がひしめき合っていた。しかし、どの船も大砲を向けることはない。彼らは侵略者としてではなく、畏怖を抱く「参拝者」としてこの地に降り立ったのだ。
「義春殿、イギリスの公使一行が、琵琶湖運河の閘門を見て、先ほどから一歩も動けなくなっております」
佐吉が、胸を張りどこか誇らしげに報告にやってきた。
「そうか。大英帝国の誇る技術者たちも、この『水の階段』の前では、自分たちが子供の遊びをしていたと思い知ったようだな」
俺は、博物館のテラスから、運河を悠然と進む巨大な平底船を見下ろした。
イギリス使節団は、自国が誇るテムズ川のトンネル工事が浸水と崩落に苦しんでいる最中、日本ではすでに「シールド工法」によって完璧な耐震地下道が完成し、さらにそれが美しいヒスイで装飾されている事実に絶望していた。
彼らが次に見たのは、博物館の奥に鎮座する「蒸気機関の試作機」だった。長英が命懸けで持ち帰り、日本の職人たちが伝統の鋳造技術を注ぎ込んで完成させたその機械は、ヨーロッパのものよりも小型で、かつ驚くほど静かに、力強くピストンを上下させていた。
「信じがたい……。彼らは我々の技術を盗んだのではない。我々の数十年先を、独自に歩んでいたというのか!」
フランスの使節が、震える指で機械の継ぎ目をなぞる。そこには、和釘や刀剣造りで培われた「狂いなき精度」が宿っていた。
俺は、困惑と畏怖に満ちた各国の公使たちを一堂に集め、冷徹に告げた。
「諸君。これが、新しい日本の姿だ。我が国は門を閉ざしていたのではない。来るべき瞬間のために、力を蓄えていたに過ぎない」
会場に重苦しい沈黙が流れる。
もはや、誰も「不平等条約」などという言葉を口にする勇気はなかった。それどころか、彼らの頭の中にあるのは、「いかにしてこの強大な日本と友好を結び、技術の断片を分けてもらうか」という一点のみであった。
「……義春殿。貴方は、この国をどこへ導くつもりだ?」
イギリス公使が、掠れた声で問いかけてくる。
「導く? 違うな。私はただ、この国が本来あるべき『世界の中心』へと戻しただけだ」
俺は空を見上げた。
高く突き抜けるような青空の下、琵琶湖運河を渡る風が、新しい時代の幕開けを告げるように強く吹き抜けた。
文政という時代が終わる頃、日本はもはや「追いつく側」ではなかった。世界を牽引し、あらゆる国の物差しを決定する、孤独な先駆者となっていたのだ。




