表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【江戸時代】琵琶湖運河、開通ス  作者: 雨宮 徹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/59

第52話 深緑の衝撃

 彦根の地は、かつてない熱気に包まれていた。琵琶湖のほとりに忽然と現れた巨大な建築物。その前に整列したオランダ商館長一行は、周囲の職人や兵士たちが放つ、静かな、しかし圧倒的な自信に気圧されていた。



「ようこそお越しくださいました。私が、勘定奉行の義春です」



 俺は、最上の礼装に身を包み、彼らを迎えた。商館長は俺の若さに一瞬目を見開いたが、すぐに洗練された所作で帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。



「お招きに預かり光栄です、義春殿。しかし……この建物、入り口が見当たりませんが?」



 商館長が怪訝そうに周囲を見渡すのも無理はない。彼らの目の前にあるのは、建物の正面玄関ではなく、地面へと緩やかに続く巨大なスロープと、その先に口を開けた漆黒の穴だった。



「我が国の知の神殿へは、地底を通ってお入りいただきます。さあ、こちらへ」



 俺が先導し、一行を地下回廊へと導く。



 一歩足を踏み入れた瞬間、商館長を含めたオランダ人たちの息が止まった。



「な……なんだ、これは……」



 そこは、彼らが知る「洞穴」でも「地下室」でもなかった。



 完璧な円筒形を成す壁面。それこそが、琵琶湖運河を掘り抜いたシールド工法の結晶だ。そして、その継ぎ目のない滑らかな壁には、信濃から運び込まれた無数のヒスイが埋め込まれていた。



 通路の左右に等間隔で置かれた燭台の火が、深緑の石に反射する。

光は壁を伝い、屈折し、回廊全体を幽玄なエメラルド色の光で満たしていた。まるで、海底の宮殿を歩いているかのような錯覚に陥る。



「美しいだろう? だが、注目すべきは装飾ではない。商館長様、この壁を触ってみてください。どこかに継ぎ目や、歪みがありますか?」



 商館長は震える手で、ヒスイの間に露出した壁面に触れた。



「信じられん。レンガでも石積みでもない。巨大な筒が――そのまま地を貫いている。この深さで、これほどまでの圧力を受けながら、微塵の亀裂すら存在しないとは……」



 彼のような博識な男なら、これがどれほど異常な土木技術であるか、このヒスイのトンネルを触れるだけで理解できるはずだ。


 

「これは、我が国のシールド工法という技術です。イギリスがテムズ川の難工事で苦労している間に、我々はこの『柔の構造』を完成させた。地震の揺れすら、この円がすべて逃がしてしまいます」



 俺の言葉に、随行していたオランダの技師が絶句し、膝をついた。彼らにとって、このトンネルはもはや建築物ではなく、理解を超えたオーパーツだった。



「義春殿。貴方は、この地下に何を隠しているのだ。この入り口だけで、我が国の王宮が色褪せて見える」

「驚くのはまだ早い。この『緑の静寂』――ヒスイのトンネルを抜けた先で、貴方たちは数千年万前の主と対面することになる」



 回廊の突き当たり。巨大な石の扉が、重々しい音を立てて開き始める。エメラルドの光の先に、暗闇の中から浮かび上がる巨大な白骨の影。オランダ使節団が、本当の意味で「日本の恐怖」を知るのは、ここからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ