表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【江戸時代】琵琶湖運河、開通ス  作者: 雨宮 徹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/59

第5話 蘭学の巨人 高野長英

 高野長英への文を書いて数日後。義春は、焦燥感にかられていた。どんなに待っても、なんの返事もない。「今、彦根に行く余裕はない」という一報さえ。



「何かがおかしい。飛脚は父が手配した信頼のおける人物だ。シールド工法の断片情報では長英様の知識欲を刺激できなかったのだろうか。それとも、別のルートですでに知っていたか……?」



 自らの思惑通りに進まないことに俺は動揺していた。書院の中をぐるぐると回りながら、「あーでもない、こーでもない」と、考えを巡らせていた。



「義春、落ち着け。やはり、天下の長英様を文で呼ぶなど、無謀だったのだ」



 その時、屋敷の門のあたりが騒がしくなる。



「何があった、騒々しい」



 今度は、義道がいら立つ番だった。



「少し、表を見てきます」



 それだけ言うと、ふらっと門に向かう。おそらく、ちょっとした喧嘩だろう。この頃、彦根藩の財政は苦しくなるばかりで、民も心はすさみ余裕がなくなっていた。



「早く運河造成に着手して、民の懐を潤わさなくては……」



 そうはいっても、肝心な高野長英がいないのでは話にならない。この前は、重臣が「まだか」と催促に来た。きっと明日にでも、もう一度やってくるだろう。もし、長英を呼び寄せることに失敗したと知ったら――考えるだけで体が震える。



「ちょいと、静かにしてくれ。いくら生活が苦しくても――」

「おう、お前さんが義春か?」



 門の表にいたのは、変わった風貌の男と、その人物を屋敷に入れるまいとする奉公人だった。



「この男、『義春を出せ!』と、すさまじく興奮しておりまして、手に負えないです」



 奉公人は、男を俺に近づけまいと必死に押さえつける。しかし、それも無駄に終わり、するりと近づいてくる。



「義春……で間違いないか?」

「ええ。そうですが」

「やっと会えた! 俺は長英。お前の文を読んで駆けつけたら、手荒な歓迎にあったよ」



 この男が、かの有名な高野長英なのか? 確かに、普通の服装ではなく、人によっては「蘭学かぶれ」とでも呼びそうなかっこうだ。



「まさか、来てくださるとは! 遠方よりお呼びたててしまい、申し訳ございません。ささ、屋敷の中へどうぞ」

「そんなことはどうでもいい。早くシールド工法とやらの詳細を教えろ。文の情報から小さな模型をつくろうとしたが、まったくうまくいかん!」

「もしや、それが理由で……?」

「悪いか? 新しい物事を知れば、徹底して追及すべきだろう」



 これだ、これこそ今の俺に必要な人物だ。きっと、琵琶湖運河の話をすれば、殿への謁見の協力者になってくれるに違いない。





 高野長英と屋敷の中で向き合うと、彼は「早く説明しろ」と問い詰めてくる。さて、知識で圧倒しますか。



「シールド工法は、複雑な構造によって成り立っています。この複雑さについては、後ほど説明いたします。さて、本題です。長英様、シールド工法は、この琵琶湖運河に必要な技術の一つにすぎません」

「運河? あの水源を塩害から守りつつ、海と繋ぐなど不可能だろう。それを成し得たなら、貴殿の知識はオランダの最高学府を凌駕する!」

「ご明察です。運河の核は『閘門こうもん』。二重扉で塩水を閉じ込める仕組みです。長英様、蘭学の物理学の知識で、この原理が数学的に破綻していないことを証明していただけませんか」



 俺は、父に見せた図面を広げる。長英は食い入るように見つめ、その場で筆と紙を取り出し、計算を始める。そして、数分後、顔を上げる。



「正しい。 この発想は、私が知る蘭学の知識の枠内にあるが、誰も到達していない。貴殿は、未来を知っているのか?」

「まさか」



 高野長英、恐るべし。危うく転生者だとバレるところだった。いつの世も天才は発想が柔軟だ。いつかバレるかもしれない。転生者だと。今は話を逸らすしかない。



「私は、日本を欧米に負けない国にするための青写真を見てきました。長英様にはその技術的な保証と、衛生面での監督をお願いしたい。運河は疫病の温床となるリスクも伴う。医学の知恵も必要なのです」

「運河が、飢えだけでなく病からも民を救うか! よかろう。貴殿の知識への渇望と国を思う大義、この長英、心に響いた! 協力しよう。すぐに殿に謁見する準備をせよ!」



 よし、長英を説き伏せることに成功した。だが、これだけで殿への謁見が叶うとは思えない。いや、叶ったとしても俺の小学生並みの絵図では説得力がないだろう。プレゼンを成功させるには、それ相応の見栄えも必要だ。



「ありがとうございます。では、長英様。殿への説得には、もう一人、視覚的な天才の力が必要です。渡辺崋山わたなべかざんというお方を、ご存知ですか?」



 長英と崋山は、知り合いのはず。史実では、蛮社ばんしゃの獄に巻き込まれるという形で。



「崋山か。もちろん、知っている。知っているどころか、文通もしている。なるほど、貴殿は崋山に絵を書かせるつもりか。この壮大な計画の」



 俺は満面の笑みで答えた。話は早い。これなら、藩主である井伊直亮を賛成派に巻き込めるだろう。知識チートは、すでに効果を見せ始めている。さて、次の段階に進もうじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ