第47話 ヒスイを纏いて
単に「大日本博物館」を造っても、諸外国が驚くことはない。俺が求めているのは、異国人たちに「これは、日本にしかできない技術力の結晶だ!」と言わせて黙らせ、そのプライドを根底からへし折ることだ。
この時代の、いや、この「新しい日本」の技術を結集して、何か世界を震撼させるデザインはできないか。
俺の脳裏には、かつて前世の記憶で見た1851年のロンドン万国博覧会、その象徴たる「クリスタル・パレス」が浮かんでいた。だが、今の日本には巨大な鉄骨を組み、数千枚のガラスで覆い尽くすほどの工業力はまだない。
未来の知識で先手を打とうとしても、産業の土台という歴史の壁は厚い。ロンドン万博は今より二十年以上先の話だ。余裕で勝てると思っていたが、文明の歩幅というものは、そう甘くはないらしい。
「義春殿、何か妙案は浮かびましたか? 拙者の頭は算盤でできているので、こういう意匠のようなものは苦手で……」
佐吉が、すり減った筆を置きながら、絞り出すように言った。連日の激務で疲れ果てた彼の困惑が、静まり返った執務室に重く沈殿している。
「佐吉様、一つ確認したい。仮に――信濃で産出されたあのヒスイを贅沢に使えば、何か『建物』は建てられるか?」
「ヒスイで、ですか? さすがに、宝石を積んで柱にするには強度が足りませぬ。たとえ量はあっても、それは建物ではなく巨大な工芸品に過ぎませぬ。雨風を凌ぐ実用的な建築としては成り立ちませぬ」
佐吉は困惑を通り越し、呆れたように首を振る。宝石で家を建てるなど、狂人の発想だと言いたげだ。
「ならば、これならどうだ? 博物館の入り口そのものを、最新のシールド工法を用いた『地下回廊』にするんだ」
俺は、机の上に広げた地図の一点を指差した。
「内壁には、産出したヒスイを惜しみなく散りばめる。外から差し込む松明や灯火の光が、地下の闇の中でヒスイの緑に乱反射し、深海のごとき幽玄な空間を作り出すのさ。宝石は積むのではなく、最新の『壁』に埋め込む装飾として使う。そして、その幻想的なトンネルを潜り抜けた先に見えるのは――」
「暗闇の中に浮かび上がる恐竜の全身骨格ということですか!」
佐吉が、椅子から身を乗り出した。
そうだ。シールド工法は、何も山に穴を開け、水を通すためだけの道具じゃない。「不可能を可能にする」という、日本の意志そのものの証明なんだ。
「運河は、その利便性を享受するだけでは、裏側にある技術の凄みは伝わりにくい。あえてトンネルそのものを展示品にするんだ。諸外国の連中に、その内壁を直に触らせてやる。レンガも石積みも使わず、泥を押し退けて造り上げた、継ぎ目のない完璧な円筒の美しさをな。そして、その科学的知性で圧倒した後に、巨大な竜の骨という『太古の真実』を突きつける。感動と畏怖が冷めぬまま出口を出れば、目の前には本物の琵琶湖運河が広がっている……というわけだ」
俺の脳内には、すでに完成図が鮮明に描かれていた。
自国の蒸気機関や帆船を最高だと信じて疑わない使節団の連中が、地下の静寂の中で、あまりの衝撃に膝を突き、言葉を失う滑稽な姿までもが。
「これは……もはや博物館というより、日本の技術を神格化する『聖堂』ですな」
「さあ、逢坂山を掘り抜いたあの同志たちに連絡だ。『もう一度、国のために、今度は世界を驚かせるために手を貸してほしい』とな」
俺の言葉に、佐吉の瞳に再び猛烈な情熱の火が灯る。
「はっ! 直ちに手配いたします。あの男たちも、腕の見せ所だと喜ぶに違いありませぬ!」
今回のプロジェクトは、単なる見世物小屋を造ることではない。「大日本博物館」の建設という巨大な公共投資によって、民の手に正当な賃金を流し、技術をさらに洗練させ、日本経済を熱狂の渦に叩き込むための起爆剤だ。すべては、この国をヨーロッパ列強の介入を許さぬ、不動の大国とするために。
俺は、手元にある緑色の鉱物――冷たくも力強いヒスイの塊を、壊さんばかりに握りしめた。これが、日本の運命を、そして世界の常識を書き換えるカギだと信じて。




