第46話 次なる一手
伊勢湾ルートの開通により、日本は琵琶湖を心臓として南北を繋ぐ、新たな血流を手に入れた。福井で朝に揚がった鮮魚が、夕刻には太平洋側の食卓を飾り、日本海の塩が伊勢の乾物と混じり合う。
物流の激変は、そのまま民の笑顔の数に直結していた。経済は、あの震災の傷跡を消し去るどころか、かつてない高みへと駆け上がっている。
しかし、諸外国は、未だに日本を極東の小国だと思っている。いや、自らの国の方が優れていると思い込みたいのだ。次は、その幻想を打ち砕き、日本こそが、これからの世界経済を引っ張る大国だという事実を突きつける必要がある。
「佐吉様、国内の経済は順調に上昇しているな?」
「ええ、もちろんです。義春殿が思い描いたとおりに、琵琶湖運河により民の生活水準は格段に向上しています」
俺は、ふふふ、と笑わざるを得なかった。それは、佐吉をバカにしてではない。あまりにも、上手くいきすぎて自分の才能が怖いからだ。窓から陽光が差し込み、執務室を明るく照らす。まるで、日本の未来を暗示するかのように。しかし、現状に満足するわけにはいかない。次なる一手で、イギリスをはじめとした欧米諸国を震え上がらせて見せる。
「『日本博』を開く」
唐突な俺の言葉に、佐吉の持っていた帳面が床に滑り落ちた。
「はあ……? ニホンハク……ですか。義春殿、それは具体的には……?」
「文字通りだ。日本の素晴らしさを、文明を、その底知れぬ力を、世界中に知らしめるための祭典だ」
佐吉の視線には、明らかな困惑、あるいは「この男はついに正気を失ったのではないか」という危惧が混じっていた。
無理もない。幕末の志士たちが「攘夷」と叫び、異国を追い払うことに躍起になっているこの時代に、俺は招き入れ、跪かせると言っているのだから。
だが、この時代に転生した時から決めていた。琵琶湖運河を造るのは、あくまでも日本を経済大国にするための最初の一手。運河建設で発掘された恐竜の骨に長野で産出されたヒスイ。すべては日本を経済面だけでなく、文明国家として成り上がらせるためだった。
「佐吉様、琵琶湖のほとり――具体的には彦根城の隣に『大日本博物館』を建てる。つまり、福井藩から産出した恐竜の骨をはじめ、各地の工芸品などを集める。そして、諸外国に来てもらう」
「しかし、欧米諸国が来るでしょうか? その……彼らは極東の小国という認識のはず。わざわざ来るとは思えません」
「可倒式マストの技術を来場特典にする」
俺は、机の端に置かれた古いミニチュアを手に取った。長英、伝蔵と共に、油にまみれ、夜を徹して組み上げた試作機だ。あちこちの継ぎ目が歪み、ガタがきているが、その無骨な姿は、俺たちが泥を啜って進んできた道のりの証左でもある。
「確かに、技術目的で来るかもしれません。ですが、手土産付きでよいのでしょうか……?」
佐吉は、損得勘定が合わないという顔で、おそらく、脳内で算盤を弾いている。
「来場特典と言っても、普通とは違う。各国一か月に一回の入場制限ありだ。そして特典として、可倒式マストの技術が書かれた書物を十二回に分けて配布する」
「つまり、各国をこの国に一年間縛り付けると。そして、滞在中の宿泊料で彦根はもちろん、日本中が潤うという算段ですか。それなら、大丈夫でしょう」
この方法は、前世で言う「入場特典商法」だ。これを使って各国をおびき寄せ、一年かけて日本の恐ろしさを植え付ける。技術と文化の大国・日本の恐ろしさを。
これこそが、前世で完成された最強のマーケティング手法のひとつだ。さあ、終章の幕を開けよう。恐竜の骨、神秘のヒスイ、そして地震をいなす建築。
「文明の衝突」などという生易しいものではない。これは、日本という国そのものを、世界の中心へと「再定義」するための、静かなる宣戦布告だ。




