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【江戸時代】琵琶湖運河、開通ス  作者: 雨宮 徹


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45/59

第45話 最後の障壁、そして……

 伊勢湾と琵琶湖を繋ぐ最終区間。そこには、これまでの工区とは次元の違う「壁」が立ちはだかっていた。鈴鹿山脈の裾野、通称「吼える地層」だ。



「義春殿、またです! 第四坑道で大規模な出水が発生、掘削が完全に止まりました!」



 現場監督の声が、豪雨のような水の音にかき消される。



 京都地震の影響か、地盤が当初の予想よりも遥かに緩んでおり、掘れば掘るほど地下水が牙を剥く。既存の手押しポンプでは追いつかず、せっかく掘り進めたトンネルが次々と水没していく。



 ここが繋がらなければ、日本海から太平洋を貫く黄金のラインは完成しない。



 俺は泥まみれの陣羽織を翻し、坑道の入り口に据え付けられた「ある機械」を見つめた。



「佐吉様、長英を呼べ。例の『高圧排水機』を稼働させる」



 長英が連れてきた職人たちが、巨大なボイラーに石炭を投じる。



 長英が持ち帰った蒸気機関の設計図を元に、俺が提案した「蒸気式真空ポンプ」だ。本来は鉱山の排水に使われる技術だが、これをトンネル掘削の現場に投入する。



「義春殿、気圧が上がります! 爆発の危険もありますぞ!」



 長英が叫ぶ。だが、俺は頷いた。



「構わん、やれ! ここで止まれば、日本の未来が水に沈む。火を焚け!」



 ゴオオォォ……という不気味な地鳴りのような音が、鋼鉄のボイラーから漏れ出す。



 次の瞬間、「ガコン!」という凄まじい衝撃音とともに、ピストンが動き出した。



 ズズズ、と巨大な蛇が水を啜るような音が坑道の奥から響き、排水管から滝のような濁流が吐き出される。人力なら数百人がかりで数日かかる排水を、蒸気の力が一瞬で行っていく。



「出た、水が引いていくぞ!」



 職人たちの歓声が上がる。だが、勝負はここからだ。水が引いた瞬間に、地盤を固めなければならない。



「休む暇はない!  水が引いた隙に、ボイラーの蒸気を直接、地盤の亀裂に流し込め!」



 俺の指示に、長英さえも目を見開いた。



「蒸気を地中に? いったい何のために……」

「熱で地中の粘土を焼き固めるんだ。さらに、石灰と漆喰を混ぜた特殊な泥を、蒸気の圧力で奥まで押し込む」



 現代のトンネル工事で行われる地盤改良の、江戸時代版。理屈では分かっていても、成功するかは賭けだった。だが、今の俺たちには、株式会社によって集められた莫大な資金と、失敗を恐れない最高の人材が揃っている。



 坑道内に、熱い蒸気が霧となって立ち込める。

 


 俺も自らシャベルを持ち、泥にまみれて職人たちに指示を飛ばした。



「いいか、俺たちが掘っているのは、ただの穴じゃない! この国の新しい背骨だ。ここで踏ん張れば、お前たちの子供の代には、江戸から京都まで一日で荷が届くようになるぞ!」



 泥だらけの俺を見て、職人たちが笑い、そして吼えた。



「おうよ! 義春様がそこまで言うなら、意地でも通してやるぜ!」





 それから三日三晩、不眠不休の作業が続いた。蒸気機関は休むことなく咆哮を上げ続け、職人たちは「火の馬」の熱気に当てられたように掘り進めた。



 そして、運命の瞬間が訪れた。



 カチ、と乾いた音が響き、最奥の岩盤に小さな穴が開いた。そこから差し込んできたのは、懐中電灯などない時代に、俺が最も待ち望んでいた光――反対側の坑道から漏れる、日の光だった。



「通った……。貫通だああぁぁ!!」



 誰かが叫び、それが大きなうねりとなって山全体を震わせた。俺は膝をつき、湿った土の匂いを深く吸い込んだ。



 日本海から琵琶湖を経て、伊勢湾へ。



 ついに、この国の物理的な障壁が、蒸気の力と人間の意地によって打ち破られたのだ。



 佐吉が涙を拭いながら俺の手を取る。



「義春殿……やりました。ついに、繋がりました……」

「ああ。だが佐吉様、これは終わりじゃない。ここからが、真の日本経済爆発の始まりだ」



 俺は立ち上がり、光の差す方を見据えた。



 トンネルの向こう側には、太平洋。そしてその先には、世界が広がっている。日本はついに、世界を相手にするための「最強の街道」を手に入れたのだ。

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