第34話 俺流の逆転劇
文政11年(1828年)。長崎、出島。
高野長英は、幕府から派遣された監査役人の一人として、厳戒態勢の中でシーボルトの居室に立ち会っていた。本来の役目は「不正の証拠を監視すること」だが、長英の真の使命は、義春の策略が完璧に実行されることを担保することだった。
部屋には、義春を陥れようと画策した勘定奉行派の強硬な役人たちが顔を揃えている。彼らの顔は、「これで義春の首が飛ぶ」という高揚感と、「異国人の荷を改める」という不快感で歪んでいた。
「よいか、念入りに改めよ! 特にあの運河奉行とシーボルトが往復させたという機密を絶対に見逃すな!」
上席の役人が叫ぶ。シーボルトは泰然自若としており、その顔には「日本の未来のため」という義春との間の合意が見て取れた。
役人たちは、真っ先に竜骨の緻密な写生図や運河の設計図を押し入れから見つけ出した。
「これだ! この証拠をもって、運河奉行を断罪する!」
勝利を確信した彼らが、それらを乱暴に広げる。だが、その図面の下に、一冊の分厚い包みが隠されているのを、一人の役人が見つけた。
「これは何だ? 機密文書か?」
上席の役人がそれを奪い取り、紐を解いた。中から出てきたのは、蘭字の文書ではなく、墨で書かれた詳細な日本の帳簿の写しだった。
一瞬、場が凍り付いた。長英は、これが義春の策略だと確信した。
そこに記されていたのは、運河事業の裏で、勘定奉行派の重鎮たちがヒスイ貿易の予算を横領し、賄賂を受け取っていたことの確固たる記録だった。義春は、「いつか裏切られた時の保険」として、この証拠をシーボルトに預けさせていたのだ。
「馬鹿な……これは、我々の……」
彼らは、義春を断罪するために自分たちの不正の証拠を、自らの手で、公衆の面前で発見してしまった。
長英は静かに、傍らに控えていた瓦版の配り手に合図を送った。
「急げ。『出島で老中派の不正が露呈』と報らせろ。日本を、腐敗から救うのだ」
長英は、青ざめて立っている役人たちを一瞥した。義春の策略は、血を流さずに、最も敵対的な勢力を一掃したのだ。
***
江戸の町は、騒然としていた。
出島の事件が起きた翌日、「シーボルトの荷物から老中派の巨額の汚職記録が発見!」という瓦版が、市中に飛び交った。人々は「運河奉行は清廉潔白であり、不正を暴いた英雄である」と口々に語り、俺を陥れようとした者たちへの怒りが沸騰した。作戦通りだ。
老中たちが俺を再び呼び出したとき、彼らの顔色は土気色だった。そりゃ、そうなるわ。
「義春よ……。あの、出島の件だが……」
「申し上げます。老中様方。あれは、私が運河事業を潰そうとする不正な輩から守るため、シーボルトに証人として預けていた証拠でございます。まさか、老中様方がご自身の命令で、それを白日の下に晒すとは思いませんでしたが」
俺が淡々と事実を告げると、彼らは身動きが取れない。彼らは、俺という一個人を追放しようとした結果、幕府全体を揺るがすスキャンダルを自ら引き起こしてしまったのだ。因果応報とは、このことか。
数日後。将軍直々の命により、俺を陥れようとした勘定奉行派の重鎮数名が処分され、運河事業の不正は一切なしとの裁定が下された。
そして、その直後。
「義春。そなたの働きは、最早、一藩の運河奉行の域を遥かに超えている。運河事業による国富の増大、国際的な名声の獲得、そして、幕府の清浄化。これらの功績は、天下が認めるところである」
俺は、勘定奉行の配下から、一気に勘定奉行のトップへと取り立てられた。名実ともに、幕府の財政と経済政策を担う最高責任者の一人となったのだ。これで、俺の意見が通りやすくなる。そうすれば、日本を経済大国にする一助になる。これほど、めでたい日はない。
「ありがたき幸せにございます」
頭を下げながら、俺は心の中で勝利を噛みしめた。これで、すべての障壁は取り払われた。
琵琶湖・福井間の開通。伊勢湾ルートも順調だ。そして、清国を拠点にした国際的な経済戦略の実行も、幕府の威光をもって、より大規模に展開できる。日本の経済大国化に向けた「ゲーム」は、ようやく動き出した。さて、次の作戦を実行しますか。




