第31話 知識チート、健在
「義春殿、おめでとうございます。これで、名実ともに日本を背負う男になりましたな」
「それは言い過ぎだろう。まだまだ、これからだ」
イギリスを黙らせてから数週間後。文政10年(西暦1827年)の春。俺は、幕府に取り立てられた。勘定奉行の配下である「運河担当」として。日本を経済大国にするためとはいえ、「倹約せよ」とばかり考える勘定奉行の同僚に囲まれていては、息苦しくなる。やはり、たまには彦根に顔を出す方がいい。
「それで、伝蔵様。運河の掘削状況は?」
「福井と琵琶湖がつながるのは時間の問題でございます。全体の八割が掘り終わっていますゆえ」
「それは何より。だが、最後まで気を抜くなよ」
「もちろんです」
福井・琵琶湖ルートが開通すれば、残るは伊勢湾ルートのみ。紀州藩の助けもあり、伊勢方面への掘削も始まっている。運河計画は、まさに山場。
「この感じであれば、三年後には琵琶湖縦断の夢がかないそうだ。そうすれば、彦根の地位も不動のものになる。長英様。信濃国での採掘はいかがでしょうか」
「こちらもヒスイの産出の効率化に成功しています。加工職人も増えましたので、雇用創出にも役立っているかと」
ヒスイ採掘も順調となれば、あとは海外に輸出するのみ。その拠点は清国。だが、肝心な福井への水路ができていない。
「この問題、どうするか……」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
江戸に戻ると同僚から「運河担当様はお忙しいですな」と皮肉っぽく言われたが、忙しいのは事実。間違いなく、この国の経済成長は運河の成功にかかっている。現地に行かずして、役目は果たせない。
「江島様、折り入ってご相談が」
「どうした、義春」
江島佐吉。勘定奉行唯一の常識人で、彼がいなければ日本はすでに滅んでいただろう。
「それが、ヒスイ輸出ですが――」
俺が助けを求めると、佐吉も「難題ゆえ、時間が欲しい」と押し黙る。
「信濃国は内陸部、それも山脈に囲まれた土地。陸路だけでは苦しい。やはり、福井への運河がなくては輸出は諦めざるをえない。まずは、国内での売買に専念すべきでは?」
「しかし、どの藩も財政が苦しい。ヒスイを買う余裕がないのが事実です」
「どうした、運河事業を担う方が弱気でどうする」
佐吉はしった叱咤激励するが、ヒスイを売る先が見つからない。経済学チートもここまでか。どうやら、ここからは、地道に頑張るしかないらしい。これは、ボーナスは期待できないな。ボーナス……? 褒美……?
「佐吉様、納税にインセンティブはありますか?」
「インセンティブ?」
「ゴホン。つまり、納税すれば何かが免除されるなどの類です」
インセンティブなんて言葉、この時代にはない。危うく未来人と疑われるところだった。
「免除制度はありませんな。そのような余裕は幕府にもありませんので」佐吉は苦笑いする。
「では、与えるのはいかがでしょうか。正直に納税申告したものには納税褒賞を与えるのは」
「何を与えるのだ?」
「これです」
俺は、机に置いてあったヒスイの原石を手に取る。原石と言っても、親指の爪ほどの大きさ。加工すれば、さらに小さくなる。使い道は限られる。しかし、無料でもらえるなら話は大きく変わってくる。
「ふむ、ヒスイを与えると。もちろん、何か計算があるのだろう? ただ単に与えるだけとは思えん」
「ええ、その通りでございます。ヒスイも原石では価値がありません。それに、この大きさでは加工しても売値はないに等しい。ならば、与えればいいかと。民に与えれば、加工職人の懐事情が改善します」
輸出が先になる以上、国内での流通に励むしかない。この考えを自力で思いついたということは、勘定奉行としての役割を果たせそうだ。
「納税した者に与えますが、条件を一つ加えます。前の年より納税が多い者にのみ与えると」
「つまり、民に耕作や商売を促し、国内を潤すと。その対価としてなら、小粒のヒスイ原石を与えても、おつりがくるであろう。上申すべきだな。これは、義春殿の出世は間違いなしだ」
知識チート、ここに炸裂。前世で会社からインセンティブが出ていなければ、この発想はなかった。さて、チート連発に向けてギアを上げていきますか。




