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【江戸時代】琵琶湖運河、開通ス  作者: 雨宮 徹


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第29話 誓約と名声

 長崎へ送り出した長英が戻ってきたのは、俺が伊勢ルートの最終的な設計図を承認した直後のことだった。



 報告のため彦根城の書斎に現れた長英は、以前にも増して自信に満ちた顔つきだったが、その懐から取り出されたものは、緊張感を伴っていた。



「義春殿。シーボルトとの交渉、計画通り成功いたしました」

「ご苦労だった、長英様。シーボルトを、日本の国威のために動かすことはできたか?」



 俺は、成功を確信しつつも、長英の言葉を待った。



 長英は、丁寧に包まれた一巻の紙を取り出した。それはシーボルト直筆の署名と、オランダ東インド会社の紋章が押された証明書だった。その隣には、福井で発見された恐竜の緻密な写生図、そしてその骨の構造や時代背景を論じたオランダ語の論文の抜粋が添えられている。



「シーボルトは、あの恐竜の骨を見て、興奮のあまり言葉を失いました。義春殿が指示された、『人類の歴史を遥かに超えた巨大な獣』という論理は、彼の学術的なプライドを完全に刺激しました」

「それで?」

「彼は、この恐竜の骨の発見と、それを可能にした運河の高度な土木技術を、自身の著書を通じてヨーロッパ全土へ発信すると約束いたしました。特に、『日本は地球の歴史の秘密を解き明かした科学先進国である』という文言を、最も目立つように記述する、と」



 俺は、目の前の証明書を手に取った。この紙切れ一枚が持つ意味は、巨額のヒスイの富にも勝る。



 この瞬間、日本の国威は、鎖国という壁を越えて、世界へと解き放たれた。



「見事だ、長英様。最高の働きだ」



 俺は、心から長英を褒めた。長英は、「指示に従ったまでです」と謙遜する。



「これで、俺が幕府に進言する際の大義名分が、確固たるものとなった」



 俺の視線は、証明書から、書斎に広げられた清国と日本の海路図へと移った。



「日本の国際的評価が高まった今こそ、次の段階に進む。ヒスイ貿易の成功と世界の賞賛を背景に、いよいよ清国とイギリスの問題へ介入するぞ。そのために、俺は江戸へ向かう。幕府の一員として、日本の運命を左右する国際戦略を立案せねばならないからな」



 長英は、その言葉の重みに、息を呑んだ。



「俺の留守中は長英様と伝蔵様の判断に一任する。大丈夫、すべてうまくいくさ」





 採掘権の認可について、直談判して以来に江戸に上ると、老中そして重臣から冷たい目で見られた。竜骨、つまり恐竜の骨について、シーボルトを経由して世界に発信することを伝えてなかったからだ。だが、これにも理由がある。幕府に相談すれば、生薬として売る方が利益になると判断し、突き返されていただろう。目の前の金に目がくらんだ老中たちにとってによって。彼らは恐竜の骨の真価を知らない。既成事実で押し切るしかなかった。



「さて、義春よ。竜骨の件について申し開きはあるか?」

「いいえ、何も。国威発揚につながり諸外国も我が国が科学的に先進国であると認めざるを得ない状況を作り上げましたので」



 事実を述べたのにも関わらず、重臣たちは納得していない様子。金や出世だけに執着しているのだから、仕方がないのかもな。



「……。それで、今度はどのような用件だ。これ以上、国内をかき回されたくないのだが」

「清国とイギリスの関係性に介入したく、ご相談にあがりました」

「聞き間違いだと思うが、今、イギリスと接触すると言ったか?」

「ええ、その通りでございます」



 ハッと息を飲む者。想定外の出来事に慌てふためく者。反応は様々だ。だが、断固拒否するという認識は一致しているようだった。大国に接触するなど、ありえないというように。俺を見る目の鋭さが増す。



「清国のごたごたに巻き込まれにいくとは、何事だ! 我が国まで、イギリスの属国扱いされかねん!」



 重臣は唾をまき散らし、眼を見開き、これ以上にないという表情だ。一周回って面白くさえある。危うく吹き出しそうになるが、必死にこらえる。



「我が国は、恐竜の骨によって科学的に各国から尊敬されています。しかし、名声は形なきもの。金にはなりません。金になるのは何か。ヒスイでございます。国内のみならず、海外に輸出して金銀を買いも戻すには、どこかに拠点が必要なのは明白。清国に恩を売り、拠点を作る計画でございます」



 俺の考えの現実性を考えたようだが、それも一瞬の出来事。すぐさま「却下する」と一蹴された。もっと明確な利益をあげる方法を提案するよりないだろう。金の亡者を動かすには。



「運河事業は、徐々に成果をあげています。琵琶湖と福井がつながれば、清国への道が切り開けます。かの国は、海路のみならずシルクロードなどの陸路もあります。拠点にするのは合理的かと」



 老中の一人が鼻で笑う。



「合理的? そうだとして、どのようにイギリスと接触し、清国に恩を売るのだ? すべて絵に描いた餅だ!」



 そうくると踏んでいた俺は、切り札を使う。



「シールド工法についてですが、文政3年(1820年)に私が考案したもの。実際に使われたのは、ご存じの通り、同年です。では、イギリスはどうか。発案は向こうが先です。しかし――」

「しかし?」

「実際に取り組み始めたのは文政7年(1824年)から文政8年にかけて。つまり今年です。似た発想があるのは偶然です。しかし、実用化したのは我が国が先です」



 重臣たちは、ある可能性に気付いたらしい。顔に怒りが浮かんでいる。



「つまり、オランダ経由で流出したと……?」

「いえ、それならオランダが先に実践投入しているはずです。ここからが本題です」



 俺は、これからの発言に大きな意味合いがあることを知っている。慎重にかつ大胆に主張する必要がある。



「イギリスは自らが先進国だと思っています。世界は自国を中心に回っていると。ですが、シールド工法に関しては我が国が早さで凌駕しています。この事実、イギリスに伝えれば、慌てふためくでしょう技術を盗んだと疑われる、と。これを交渉材料にします」



 老中の顔が曇る。



「それは、脅しではないのか?」

「あくまでも交渉です。それとも、幕府は常にこのような手法を使って、各藩を脅しているのでしょうか」



 沈黙。それは、老中たちの答えを示していた。



「では、イギリスと交渉します。誰か幕府側の方にも同席願いたい。これは彦根の運河事業だけの問題ではありませんから」



 俺は勝利宣言をすると、サッと立ち上がる。さて、イギリスを調理しますか。

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