第23話 江戸城、老中との対峙
信濃、福井での問題を解決した後、俺は一旦、彦根城に戻り、藩主・井伊直亮に詳細を報告した。
藩主・直亮の「大儀であった」という言葉を背に、すぐに江戸へ上った。一連の事態の最終的な報告と、最大の報酬である採掘権の確約を得るために。これを得られなければ、今までの苦労は水の泡だ。
懐には、信濃から得た感謝状と、福井藩主・松平治好からの骨の学術利用に関する提携覚書という、二つの重い文書が入っていた。
「この二つ、無駄にするわけにはいかないな」
江戸城の広間。老中たちが座す厳粛な空間に、単身で臨んでいた。重臣たちは、先日まで「百姓一揆」と「運河工事の難航」という、厄介な問題ばかりを報告してきた男の、この迅速な行動と静かな態度に、訝しげな視線を送る。
「義春殿。信濃での騒動、そして福井藩での工事中断の件、早急に報告せよ。特に信濃では、一揆勢に勝手な約束をしたと聞くが」
老中の言葉は、尋問にも似た冷たい響きがあった。
「はっ」
俺は、恐縮する様子もなく、静かに報告を始めた。その内容は、武力鎮圧という従来の常識とはかけ離れたものだった。
「信濃の騒動は、既に収束いたしました。財政難を原因とした特権付与という悪政に対し、私は献金を『藩債』に切り替えるという策を献上いたしました。豪農の不満を確実な利益で鎮め、一般農民には公正さを回復させたため、流血することなく一揆勢は解散。信濃も財政再建の新たな活路を見出し、幕府への信用も回復するでしょう」
老中たちは、互いに顔を見合わせた。一揆を金融政策で収めたという前代未聞の事実に、驚きと戸惑いが広がる。
「無血で鎮めただと」
「噂には聞いておったが……」
「でたらめに違いない!」
ざわつく老中たち相手に、福井での報告に移る。
「次に福井藩ですが、工事を中断させた『魔物の骨』について、調査が完了いたしました。これは祟りなどではございません。蘭学の知見によれば、数百万年という古代の獣の骨であり、薬としての巨額な価値、そして日本の学術的権威を世界に知らしめるための国宝級の資源であることが判明いたしました」
「国宝級の資源?」
老中の一人が首を傾げる。いまいちピンと来てないらしい。
「ええ。単なる竜骨ではございません。薬以上の価値がある理由については、追ってご報告いたします」
俺は、「騒動の収束」と「国宝の発見」という二つの吉報を、淡々と、しかし確かな論理で突きつけた。
「この二つの功績、我が彦根藩の運河計画の知恵と技術がもたらしたものでございます。つきましては、その功績に対し、かねてよりお願いしておりました『信濃国境付近にある未調査の山地の特別な採掘権』を、正式にいただきたく存じます」
俺は、「運河を守るため」という名目で、「未来の富」を要求した。
「功績は認めよう。しかし、それと採掘権とは話は別だ。運河事業はあくまでも、彦根藩が独自に行っているもの。そして、信濃の件は、そなたが勝手に首をつっこんだのだ。義理を通す筋はない」
「確かに、そのような一面もありましょう。ですが、幕府は無血で一揆を鎮められたでありましょうか。それとも――貧する民を無視するのがやり方なのですか?」
老中たちは、義春の直截な言葉に押し黙った。ここからが本題だ。
「これは義理や人情の話ではございません。この採掘権は、運河事業を完遂するための担保でございます」
俺は冷静に続けた。
「運河は、もはや彦根藩だけの事業ではございません。逢坂山の工事が進めば、京や大坂の商業が活性化し、日本の経済全体が潤う。しかし、ご覧の通り、一揆や工事中断といった予期せぬ危機が次々と発生いたします。その度に、彦根藩が私財を投じて解決しているのが現状です。もし、この先、運河計画が資金難で停止すれば、その不利益は、京・大坂の経済停滞という形で、すべて幕府に跳ね返ります」
老中たちの顔色が変わったのを見て、決定的な一言を放った。
「私が要求する採掘権は、運河が危機に瀕した際、幕府の天下を揺るがせないための保険金です。この採掘権から生じる富は、運河事業という幕府の経済基盤を永続的に支えるためのもの。義理ではなく、幕府の未来の利益を守るために、必要不可欠なのです」
さすがの老中たちも反論できないらしい。
俺の功績を否定すれば、貧民を見捨てたことになる。採掘権を拒否すれば、天下の経済基盤――運河の停止リスクを自ら背負い込むことになる。
老中たちは、重臣たちと短い視線を交わした後、深くため息をついた。
「分かった。将軍様への上申の上、採掘権の件、検討しよう。ただし、その富が運河事業以外に使われることがあれば、その時は容赦せぬぞ」
「ありがたき幸せ。その富は、必ずや天下の利となります」
ついに未来の富への扉を開くことに成功した!
これで、運河計画を盤石にするための資金源が確保された。しかし、それは同時に、「未来の富」を巡る、新たな権力との戦いの始まりであることを知る者はいない。




