第22話 金の卵と新たな提携
「殿。この骨は、本来なら我が藩が独占的に利用し、貴藩との契約を破棄しても何ら問題ありません。もっとも、そうなれば福井藩に残るのは、工事を止めたという不名誉と正体不明の骨への恐怖だけでしょうが」
俺は、あえて突き放すように、冷徹な響きを言葉に乗せた。甘い顔を見せれば、この食えない大名家はすぐに付け入ってくる。
「ですが、私は運河の完成を望んでいる。福井藩がこの骨の名声と利益を分かち合う機会は、工事の再開に協力し、マスト技術の契約を継続させることによってのみ残されています」
俺は、福井藩を「技術強奪」という手口から、「富の分配のパートナー」へと強制的に引き戻した。
松平治好は、もはや「魔物の骨」ではなく、「金の卵」を掘り当てたことを理解するしかなかった。彼は、しばらくの間、硬直した表情のまま、俺と長英を交互に見つめていたが、やがて、その顔に浮かんでいた強張りが、ゆっくりと消えていった。
「義春殿」
藩主の声は、先ほどの威圧的なものから一転し、春の陽光が雪を溶かすような、親愛の情を滲ませるような口調に変わっていた。
「見事である。これほどの大局を見据えた者と出会ったのは、初めてだ。貴殿の知恵と、その蘭学の深い造詣に、心より敬意を表する」
藩主は立ち上がり、俺の手を握ろうとする勢いだ。強奪しようとしていたことは、無かったことにされている。
「福井藩は、貴殿の提案を全面的に受け入れよう。祟りなど、もはや些細なことだ。この稀代の宝を、貴殿と共に天下に知らしめ、福井藩の財政再建と、日本の名声のために活用したい。工事の再開は、直ちに命じる!」
その日の午後、福井城の静かな一室で、福井藩の勘定奉行、高野長英、そして俺による極秘の共同会議が開かれた。先ほどまで憎悪と貪欲を剥き出しにしていた勘定奉行は、まるで人が変わったように熱意に満ちていた。その前のめりな姿勢に、畳が衣擦れの音を立てる。
「では、義春殿。この竜骨の発見を、いかに幕府に報告すべきか。また、薬としての独占販売のルートを、どのように確保すべきか、ご教授願いたい」
その瞳の奥には、もはや俺への敬意はなく、ただ黄金の輝きだけが反射していた。福井藩は、もう俺の知恵なしでは動けない状態となっていた。
「まず、薬としての販売は、当面の資金繰りのための手段としてのみ考えるべきです。真の価値は、学術的な名声にあります」
部屋の中央に鎮座する、永き眠りから覚めた巨大な骨。それを囲む男たちの顔には、文明の灯りと原始的な欲望が入り混じっている。
「福井藩の領土から、世界の歴史を変える発見が為された。この事実をもって、信濃の一揆鎮圧の報告と共に、幕府の老中へ直接上申する。信濃での金融による騒動解決と、福井藩での科学的な問題解決。この二つの功績は、我が彦根藩の運河計画の重要性と、私の能力を、将軍家に知らしめる最良の機会となります」
そうすれば――さすがに、幕府も俺を無視できなくなる。
「そして、その成果をもって、私は幕府へ『信濃国境付近の未調査山地の特別な採掘権』を報酬として要求する。福井藩には、この竜骨の学術研究部門を担ってもらう。この提携こそが、福井藩が名声と金銭を得る、最も確実な道です」
勘定奉行は、目の前の骨を見つめながら、ごくりと喉を鳴らした。彼の頭の中では、恐竜の骨が瞬く間に金貨の山へと変わっていた。俺の言葉は、福井藩にとって、まさに打ち出の小槌に他ならなかった。




