第11話 逢坂山という壁
試験区間の成功に藩内は沸いていたが、俺の目は次の課題、山脈を貫く長大なトンネルに向けられていた。高野長英、樺山伝蔵と共にトンネルの予定地――逢坂山を視察していた。
「これは手ごわい」と、現場の鬼である伝蔵も顔をしかめる。
「岩盤は固く、掘り進めれば天井が崩れる危険性がある。さらに言えば、地下水の処理も困難を極めるでしょう」
伝蔵にしては弱気な発言だった。
「確かに、ツルハシの力だけでは、途方もない時間がかかり、多くの犠牲者がでます」と、俺も現実の厳しさを認める。
「そこで、これを使います」
俺は、一枚の図面を広げた。それは、西洋の最新技術である「シールド工法」を図式化したものだった。
「トンネルを掘ることは、巨大な水鉄砲の竹筒と同じ。我々は、巨大な『鉄の盾』を造り、それをてこの原理で少しずつ押し込みながら掘り進めるのです。この盾が、掘った瞬間に天井が崩れるのを防ぐ、竹筒の壁の役割を果たします」
伝蔵は、この巨大な構想に驚いたようで目を大きく見開く。しかし、次の瞬間には、その瞳の輝きも失われていた。
「なるほど、周囲の圧力を鉄の盾で受け止めると。だが、この巨大な鉄の盾――鉄枠を造るのには、日本の製鉄技術では時間がかかりすぎる」
「ゆえに、既存の技術を応用します。掘り進めたトンネルの壁は石や粘土で焼いた強固な輪を並べて固める。これで、永久に崩れない壁を築くのです」
高野長英も、この発想と技術に感銘を受けたようだったが、別の懸念を口にした。
「地下水が湧き出した場合、水がよどめば疫病の発生源となることは必至。伝蔵殿、排水路の設計と衛生管理は拙者が担当する。人夫を守る生命線だからな」
逢坂山をトンネルで切り抜ける算段はできたが、それよりも重大な懸案事項があった。
「父上、一つお願いがございます」
「どうした、言ってみろ」
「トンネルの出口は、京都の玄関口。幕府や朝廷の意向が絡む以上、我々が勝手に山を穿つことはできません」
山城国方面への試験区画で水路を造ったのは近江国内の問題で済んだ。しかし、ここから先はそう簡単に事は運ばない。
「父上、逢坂山の政治的な問題、そして通行料の分配について、各方面に根回しを始めていただきたい。我々の目的は、水運の利だけではなく、京都の治水、推理の安全と言う大義名分があります。ここに、永代にわたる通行料の分配という実益を加えれば、拒否はできないはず」
しばらく思案していたが、父は「その役目、引き受けよう」と承知した。「だが、京の公家たちは一筋縄ではいかないぞ」と、時間がかかることを付け加えることを忘れはしなかった。
「義春殿、やはり鉄の盾を製造するのはなかなか難しい。何か、名案はござらんか」
政治的な駆け引きを行う一方で、伝蔵たちは技術面で行き詰っていた。
「鉄の盾を効率よく、迅速に造る方法ですか……」
俺の知識の中に、そんな都合がいいものはない。どうしたものか。考え方を変える必要がある。なにも、完全に西洋技術と同じものを造る必要はないのだ。
「伝蔵様。鉄の盾は、一回の掘削が終わるごとにてこの原理で押し進めるものですね?」
「左様。しかし、岩盤から受ける負荷は膨大。これを解決しなければ、先には進めない」
「ならば、鉄の量を最小限に抑えるのはいかがでしょうか。日本の知恵を活かして」
俺は図面を広げ、伝蔵に代案を提示した。
「必要なのは、トンネルの壁が崩れるのを阻止する外側の骨格です。たとえるのなら、巨大な桶を前に押し進めるようなもの」
「桶を?」
「ええ。桶のタガにあたる部分、つまり一番圧力がかかる要所にだけに、強くて曲がりにくい良質な鉄を用います」
「ふむ、なるほど。それなら、今の製鉄技術でもなんとかなりそうだ」
伝蔵の目に光が灯る。
「まとめると、こうです。鉄の盾を山脈に打ち込みます。この鉄の盾のふちにだけ、鉄を用います。そして、輪の骨組みの間を漆喰や油を染みこませた頑丈な厚い木材で埋めて壁とします。まさしく、和洋折衷の盾と言えましょう」
「よし、その方向で鉄の盾を造る。それで、山城国や公家との交渉はうまくいきそうなのか?」
「ええ、心配には及びません。我が父に、その役目を任せています。ご安心ください」
説得に時間がかかるのは間違いない。だが、政治・技術の問題を同時に進めれば問題はない。公家たちも驚くに違いない。己の懐に金が入るだけではなく、トンネル工事によって度肝を抜かれ、まるで魔法を使っているような錯覚に陥る。その心理を利用すれば、公家たちは考えるに違いない。「この技術を使えば、幕府を出し抜き、政治の中心を再び京の都に戻せるかもしれない」と。




