駆け落ち聖女の代替え品
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「第二王女である聖女が、駆け落ち……!?」
王城にて。王と勇者、そして数人の側近が額を突き合わせていた。
中心に据えられているのは、聖女が残した手紙。要約すると『世界のために命かけるとか無理〜。魔法使い様と駆け落ちするね』だった。
「魔法使いまで……」
「勇者パーティーが、ソロになってしまった」
「……っ俺は一人でも行きます」
「だがさすがにお主一人では無理だろう。敵は魔物と魔王だけではない。魔王の手先には強力な魔女もいると聞く」
「ですが……」
そこで、閉められていた分厚い扉が開いた。
振り向けば、人影が一つ。
逆光を受けた、ヴェールを被った少女が声高らかに宣言した。
「――それでしたら、私が勇者様と共に魔王を倒しに行きましょう!」
頼もしい声に、その場にいた者たちの心は一つになった。
「「「「…………誰?」」」」
「細かいことはお気になさらず。うぇへへ……」
こうして、空が青く澄み切った日に二人は魔王討伐のために旅立った。
◇◇◇
「その、聖女殿はなんでずっとヴェールを被ってるんだ?」
「聖女っぽさの演出です」
「なるほど」
「知的でたおやかで美しいオーラが見えますでしょう?」
「……なるほど?」
勇者は聖女を見遣る。るんるん歩く彼女は上半身をヴェールで覆っていて、謎が多い。
ヴェールを取りたくなる。わし、と遠慮ない手つきで掴めば慌てたようにヴェール押さえつけ首を振られる。
「や、やめてくださいー! 結婚したい人に取ってもらいなとお姉ちゃんに言われたんです!」
「そ、そうかすまないことをしたな」
すぐ手を引っ込めれば、
「なんですかその瞬発力の速さ? ここは『お前と結婚したいからな、好都合だ』という流れでは!?」
「すまない」
「酷い……っ」
顔は見えなくても彼女が怒っているのが分かる。少し申し訳なく思っていたが、ふと感じてた違和感に顔を上げた。
「そう言えば、魔物に殆ど会わないな」
「そうですね。会うのと言えば統率も取れなさそうな雑魚ばっかりです。うぇへへ……」
「辛辣だな聖女殿は」
怪我も、狼型の魔物の群れに襲われた時くらいだ。腕に深い傷を作ってしまい、汗ダラダラ掻きながらの聖女に治療された。
「このまま、何事もなく辿り着ければ良いのだが」
「辿り着けますよ、絶対。……恐らくきっと多分」
「保証をつけすぎだ」
歩き続ける。魔王が住まう城まで。
迷うこともあったが、聖女の勘に何度も助けられた。
「――遂に、魔王の下まで来たのか」
「凸凹の少ない旅でしたがね」
「それを言うな」
所要時間、五日。魔物を倒しながら進むとなると早くても一ヶ月――という話だったのにトントン拍子についてしまった。
勇者は思う。脱力感パねぇ、と。
だが、魔王城の扉の前に着けば考えも改められる。暗雲が立ち込め辺りは薄暗く、オーラのような物で肌がピリピリする。
「……気を引き締めて行こう」
「そーんな顔しなくても大丈夫ですよ」
五日間共に行動しただけだが、彼女の明るい声に緊張の糸が緩む。
剣の柄に手をかけ、勇者は先陣切って魔王城に入った。
魔物はいない。時折雷が光る廊下に、二人分の足跡が響く。
歩き続ければ、目の前に巨大な扉が立ちはだかった。ごくりとつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
扉を開ける。
「――おやおや、ようやく来たのか。退屈で寝るところだったよ」
目の前には、真っ黒な髪を持つ魔王が立っていた。髪は長く、豪奢なマントを付けていて体格は分からない。だが、勇者より小さい背丈であった。
「……さぁ、これが最後の戦いですよ勇者様。頑張ってください」
「……〜〜っ」
構えた剣を落としそうになる。あまりの緊張感のなさに。
「ヘマ、しないでくださいね?」
「っ当たり前だ!」
駆け出す。すぐに魔王が魔物を生み出し応戦するが、勇者は止まらず切り裂く。
聖女は後ろで「やっちゃえ〜」と野次を飛ばしていて非常に喧しい。
「……っく」
魔王が後退するが、勇者もまた進んでいく。
間合いを詰めて。魔物を召喚するため両手を広げていた魔王の懐に入り込んだ。
そのまま、剣が魔王の心臓を貫いた。
あまりの呆気なさに呆然とするが、剣を引き抜かれた魔王はその場に崩れ落ちた。
「終わった、のか?」
「はい、終わりました。勇者様、お疲れ様でした」
にこにこと聖女が笑う。へらりと笑みを返した瞬間、体が重くなってその場に膝をついた。
「なんだ……っ?」
「魔王を倒すために力を使い果たしたのですよ。疲労度マックス、というところです」
聖女は勇者をすり抜けていく。そのまま、灰になりかけている魔王を抱きしめた。
「おい、何してるんだ? 魔王だぞ、離れろっ」
「いいえ、大丈夫です」
次に告げられた言葉に、勇者は息を呑む。
――彼女は、私のお姉ちゃんですから。
崩れていく体を膝に乗せながら、彼女は訥々と語り始めた。
「この世界は、光と闇を合わせることで均衡を保っていました。だからどちらかが特出する、ということはあり得ないのです」
「……つまり」
「えぇ。ですがバグが起こってしまったのですよ。強い光が生まれてしまったのです。それゆえに、私たちも生まれた」
聖女――いや、魔王のお付きと呼ばれた魔女が天を仰ぐ。ヴェールで表情までは分からないが、どこか物悲しげなようだった。
「お姉ちゃんは魔物を生み出す力しかなく、私は魔女。世界にとって悪でしかない私たちは勝手に死んでも良かったのですが、それでは均衡が崩れてしまう。だから貴方たちに倒されることを選びました」
そのためにお姉ちゃんは多くの魔物を生み出しました。人々に大きな怪我は負わせないように気をつけながら。
「……たまーに、統率の取れない個体も現れてしまいましたけどね」
「だったら、聖女――いや魔女殿が俺を癒すことができたのはなぜだ」
「あれは、魔力を無理矢理貴方の細胞に変換して失った部分を再生したように見せかけただけですよ。聖女様とは根本から違います。あれ、すっごい疲れたんですよ」
魔王の体が全て消えていく。そこで魔女は立ち上がった。追いかけなければいけないのに、力が抜けて立ち上がれない。
「お姉ちゃんはやり遂げました。それなら、私もそのように。――さようなら。もう勇者ではない貴方」
コツコツと、彼女は去って行った。
◇◇◇
それから。色々な人々の助けを、勇者という顔パスで借りて一週間ほどで王城に帰還した。……髪が金色から茶色に脱色して、偽物ではと何度も疑われたが。
「おぉっ、よく帰って来た! 早速パーティーを行おう!」
王に出迎えられる。王妃や側近も嬉しそうに顔を綻ばせた。
バシバシ体を叩かれながら、勇者は机上の書類に気づく。
「それはなんですか?」
「……あぁ、これか。ようやくあの愚かな娘の居場所を掴んだのだよ」
「そうなのですか」
聞いておいて、なんの感慨も湧かなかった。
「すみません。暫く一人にしてください」
「勿論だ。ゆっくりしなさい」
城の一角にある部屋のベッドで横になる。
考えるのは魔女のこと。彼女がどこに行ったかだった。
姉と同じように自分も……と言っていた彼女。
「……あ」
それなら、行く場所なんて一つしかない。聖女のいるところじゃないか。
慌てて王の下へ行く。
「王! 聖女殿の居場所を教えてください! 俺も行かなくてはいけないのです!」
「そうだな。お主にはあやつらをぶん殴る権利がある。行ってきてくれ」
思惑とは違うが快諾され、地図を渡される。
「行ってきます」
もう光の力を失った元勇者は、人並みの速さで走り出した。
王都にほど近い栄えた街。そこの近くの森に二人は住んでいるらしい。
馬車を乗り継いで向かった先の家のドアが空いている。悲鳴も聞こえ、慌てて駆け寄った。
中には、尻もちをついた聖女と魔法使い、そしてヴェールを被ったままの魔女が立っていた。
「ゲハハハハ! 我は魔女なり! 倒してみろ、聖女!」
凄い大根役者。
「きゃー! いやあああ!」
聖女が叫び声を上げる。
そのまま、魔法を放とうと手をかざした。
「……っ! 待ってくれ、その魔女は悪い魔女じゃ!」
庇おうと追いかける。だが、魔法は放たれなかった。
「え?」
聖女も魔法使いも、魔女も困惑する。
「ちょ、ちょっとぉ! どーゆーことですか!」
さっきまでの大根役者はどこへやら。素で叫ぶ魔女に、聖女も「分かんないわよ!」と応対する。
「どうしてなの!」
そこで魔女が、大きな声を上げた。
「も、もしかして聖女様。もう処女ではないのですか? 駄目ですってば! そりゃー力なくなっちゃいますって!」
ちらりと聖女と魔法使いを見る。二人の顔が真っ赤になっていた。
確かに、聖女の髪も金髪から茶髪に変化している。
気まずくなる三人を他所に、魔女は床に拳を叩きつけ叫ぶ。
「こんちくしょー! 計画がすべてパァです! 均衡は保たれなくなり、世界の真理が崩壊を始めてしまいます。そうすれば生物が生きていけなくなり――」
急に理知的に喋り始めるじゃん。
ツッコみながらも手を差し出した。
「大丈夫か?」
「……あ、元勇者様いたんですか。力がなくなったら影も薄くなったようですね」
「魔女殿は相変わらずだな」
色々物申したい気持ちは抑えて問いかける。
「そう言えば、魔女殿はどうして旅についてきたんだ?」
「……? お姉ちゃんの指示です。貴女の力は人を癒やすことにも使えるだろうから、聖女の代わりに行ってあげてって」
「なるほど。……なぁ、魔女殿。俺が力を使い果たしたように、お前も力を使い果たした可能性はないのか?」
「え」
傷を癒やす時疲れ果てていた魔女。思い返せば、あれ以降『上手に力が使えない……』とボヤいていた気がする。
「私、一回しか癒してませんよ?」
「その一回で使い果たしたんだろう」
「なんですか、その雑魚みたいなやられ方は!? そんなことあり得て良いわけないですぅー!」
「まあ何にせよ」
ガシ、とヴェールを掴んだ。
「力を失った特徴は髪に顕著に現れると思うんだ。お前の髪色は?」
「……黒髪です」
「何色に変わってるか楽しみだな」
「いやー! 取ろうとしないでください!」
ジタバタ暴れる魔女からヴェールを取ろうともがく。
その間に。聖女たちも王が遣わした騎士たちに捕まっていた。そっちは抵抗もせず、なんだか疲れた顔をしている。
攻防は続き、突如魔女は光明を得たように叫んだ。
「あ、お姉ちゃんにヴェールは好きな人に取ってもらえと言われているので!」
「お前と結婚したいからな、好都合だ」
「今その台詞使います!?」
遂に、バサッとヴェールが取り払われた。そこにはちょこんと座る、薄水色の髪の少女。目に涙を溜めている。
「うぅ……。酷いです」
「それで、もう魔女ではないお前はどうしたい?」
「お嫁に貰って頂きます……」
「喜んで」
魔女を横抱きにする。彼女はふと、勇者の胸に顔をうずめた。
「お姉ちゃん、怒るかな。私だけ生きていくなんて」
「いいや、喜んで祝福してくれると思うよ。きっとこの結末を見越していただろうから」
「……そっか」
幸せそうに微笑んで。それから、魔女の顔が赤くなった。
「あ、あの。まずはなにをしましょうか? ほらあの? 私たち恋人ですし? うぇへへ」
「そんなの決まってる」
勇者の顔が近づいて、彼女の顔が一層赤く熟れていく。
もう顔は目前で、魔女は堅く目をつむった――
「――俺たち、お互いの名前知らないよな?」
「あ」
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ちなみに、元勇者はライトネスで元魔女はアシェリーという名前の設定。二人は今でも仲睦まじく暮らし、元聖女はお母ちゃん(王妃)にお尻ペンペンの刑に処された。




