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ヴァルナディア皇国神話編纂記  作者: 砂川百足
第一章 編纂篇
8/25

伝承の行方

 「他の天体よりも早く動く星って、なんだったんだろう。」


 僕の中で湧いた疑問に、ヴィオラは首を傾げるばかりだった。


 「それは、おかしなことなのでしょうか?」


 彼女曰く、それが迷い星としか広まっていないそうだ。この世界で天文学の知識は魔法よりも自然の研究が発達しているマルティア王国か、デセリオン王国の知識人に聞くしかないと言われてしまった。


 遺跡を後にしてから、僕は自分が見た迷い星と言われる不思議な天体とヴィオラが歌った古歌のことが頭から離れなかった。古歌を書き留めたメモを読み返す。出立前に集めてもらった紙を種類別に分けてまとめて手帳のように綴っておいた。


暁を穿ち、天より落ちた

清き銀の、星の炉


 ──かつて隕石や彗星などの接近を観測したということなのだろうか?天の世界から地上の世界へ天降りしてきたという起源神話ということなのだろうか?


その熱き輝き、永遠の生命を紡ぐも

鎖に繋がれし、地の番人に

主権なく、ただ炎を使役せし


 鎖、主権、番人──奴隷階級の暗示にも思える。英雄譚では、しばしば低い地位の者が王へと至る。これはヴァルナディア皇族の起源を語る詩なのだろうか。


されど、番人、密かなる契約を結び、

朽ちたる瓦礫がれきより、冠を拾いし

暁の丘は、鎖を喰らい、自由を産みし場所なり


 ──曖昧な符号ばかりで何も掴めない。暁の丘が“自由を産んだ場所”なら、そこは革命の聖地なのか?疑問が疑問を呼び、思考の糸が絡まっていく。


 それでも旅は続いた。小都市をいくつも抜け、商人の列に紛れて街道を進む。迷い星は夜ごとに現れ、確かに観測できた。だが、意味はまだ分からない。

 カルヴァド宮で軟禁されていた頃とは違い、この世界の生活に少しずつ触れるうち、魔法がいかに社会の根幹を支えているかを知ることになった。


 まず驚かされたのは下水システムだ。下水は地下に張り巡らされた下水管を通り町はずれの処理層へ流れるように作られている。濾化師(フィルター)と呼ばれる役人が魔法を使って分解、無害化、再利用するシステムを持っていた。濾化師は詩女と同じく、人々から尊ばれている。彼らなしでは生活基盤を築くことができないのがこの国の実情である。

 けれど、カルヴァド陛下は“いつか魔法から脱却した皇国”を望んでいるという。なぜ魔素を憎みながらも、それに依存するこの世界を統べるのか──まだ僕には分からない。


 「ミズキ様、今日も野営の可能性があります。私が、御者を勤めている間はヴィオラさまと交代で仮眠をとっていてください。」


 カシムは言葉数は少ないが、気遣いのできる男だった。


 「そうだね、だけど今はちょっと考えたいことがある。先にヴィオラに休んでもらおうかな。」

 

 いくつもの小さな商業都市を抜けた先には、どこまでも畑と水路が続いていた。行商人の真似事をしながら茶や香辛料を売り歩いたが、村を離れると宿もなく、ここ三日は野営が続いた。さすがに野営が続くと、体力的にも厳しい。僕とヴィオラとカシムは交代で睡眠を取りながら、さらに東へと目指していた。


  「今日は山間の村を目指して進んでいます。」


 カシムは地図を広げて目的地をなぞる。皇国からだいぶ東に進み、さらに南下した山間の小さな村だった。ここは古くから皇国と友好的な関係を築いてきた土地らしい 道は山の合間を縫うように続き、湿った空気が肌に張りつく。皇都の乾いた風が遠い記憶のように思えた。


 昨夜の火番で疲れたのか、ヴィオラは早々に眠りについた。僕は、御者台でカシムに声をかけた。


 「カシムさんは、ずっとカルヴァド陛下にお仕えされているんですか?」


 「ええ、二十年ほど前に国境警備隊の任務中に負傷してしまいましてね。その後、軍を除隊しまして、それからは宮殿での仕事をしています。」


 カシムは旅の道中でだいぶ僕に気を許してくれるようになっていた。僕は御者台の隣に座る。


 「じゃあ、子どもの頃の陛下のことをご存知なんですね。」


 「ええ……まあ。」


  カシムの声は曇る。


  「私が赴任したばかりの時は前皇帝陛下との折り合いが良くなく...お父上から、酷い折檻を受けておられておりました。ヴィオラ様が詩女として宮殿に入られる前のことです。」


 「えっ……」


 言葉を失った。カルヴァドが渋々皇帝の座についたことは窺わせていたが、あの静かな眼差しからは、そんな過去は想像もできない。


  「陛下は第二皇子の身分でありながら、皇位継承権から外され、冷遇されておりました。前皇帝陛下の弟であるヴァリス殿下が外国留学を提案され、すぐにマルティア王国に留学することになりました。それから陛下のお世話をさせていただいております。」


 皇国の血の流れに潜む陰影を垣間見た気がした。それでも、冷遇されていたはずのカルヴァドがなぜ皇帝の地位についたか──。


 「……失礼ですが、陛下はどういう経緯で皇帝に?」


  カシムは険しい顔をしたまま、僕を見つめ返す。


 「十年前、第一王子ザイファル殿下が遠征先で亡くなられました。それ以降、宮廷では皇位に近い方々の“急死”が相次いだのです。カルヴァド陛下の姉君、前皇帝ザルファド様の弟君ヴァリス殿下、さらにそのご子息まで……。そして先月、ザルファド様も急に崩御なさいました。」


 背筋が凍った。

 まさか──僕を召喚し、使命を与えたあのカルヴァドが?


 「まさか……陛下が、彼らを?」

 

  思わず口をついた言葉を、訂正するかのように強い口調でカシムが遮る。


 「ミズキ様、陛下はそんなお方ではありません。権力もなく、シィヴァ教とも断絶され、宮廷に居場所を失っていたあの方が、そんなことをする理由がありません。あの方は“別の形で皇国に貢献する”ことを考えておられた。皇位など望んでおられなかったはずです。」


 「ですが、あまりにも不自然じゃありませんか?」


 状況だけを考えると、僕にはどうしてもカルヴァドが信じきれない。


「宮廷には他国の密通者がいるという噂もありましたが、真相はわかりません。ただ、陛下ではない。それだけは、私が断言できます。」


  カシムの言葉に気押され、僕はそれ以上追及できなかった。けれど、胸の奥にはひとつの疑問が残る。なぜ、皇族たちは次々と死に、なぜカルヴァドだけが生き残り、皇位を継ぐことになったのか。


 考え込んでいるうちにだいぶ時間が経っていた。ヴィオラ目が覚ましたので、僕はカシムとの険悪な空気を悟られる前に仮眠することにした。


 人を疑う感覚を味わうのは久しぶりだ。就職してからは、疑うほど人と親しくすることもなかったように思う。自分の思い通りにいかないことが増えるのが嫌で、人との関わりを避けてきた。誰かを信じることは、その人に裏切られるリスクを背負うことだった。


 カルヴァドを疑う自分に嫌悪を覚えた。疑うという行為そのものが、過去の痛みを呼び起こす。そうだ、僕は理恵子を信じなかったし、彼女も僕を信じなかった。あの時の時間を想像するのも、嫌になる。僕と彼女の間にあった嫌な時間。僕はあの女をきっかけに、人を信じなくなった。それが、大人になることだと思っていたのかもしれない。

 

 なんだか耳鳴りがする。ここに召喚された時のような頭の中を掻き回す耳鳴り。


 目を瞑っていたはずの僕の視界が真っ白になって、目を開けているのか閉じているのかわからない。ただ、白いという感覚が襲ってくる。耳鳴りの中にカチカチと時間を刻む音が聞こえてきた。

 なんだ、この一定のリズム。召喚されてからは聞くことがなかった機械的な音、これは時計の音なのか?


 白い光の中で、針の音だけが現実を告げていた。


 混乱の中、また違う音がする。誰かが僕を呼ぶ声のようだ。


 「起きてください、ミズキ!」


 ヴィオラの声で僕が目を覚した。汗が額から垂れて息が上がっている。


 「だいぶうなされていました。旅の疲れで悪い夢でもみていたのですか?」


 ヴィオラもカシムも心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。汗を拭って体を起こし、馬車から降りると今までとは全く違う光景が浮かび上がる。

 夕日を吸収するかのように山の斜面に棚田が広がっている。ヴィオラが手を広げて微笑む。


 「ここは星を映す実りの地、タルナ村です。」


 その光景を見た僕は涙が出そうになった。自分でもびっくりするほど動揺している。僕の田舎の風景に酷似しているとか、懐かしさを感じたわけじゃない。棚田があるということに感動していたのだ。

 つまり、米が食べれるということに!


 感動も束の間だった。物見櫓で鐘を鳴らす音と、村の方から声がする。振り向くと、ヴィオラめがけて何人かの少女たちが手を振りながら走ってきた。


 「待っていましたよ、詩女さま!」

 「ヴィオラ様、私たちずっと練習していましたから!」


 元気な声は十代中頃の少女たちだった。ヴィオラの手をとりすぐさま彼女を取り囲む。カシムと僕はどうすればいいのかと戸惑っていると、タルナ村の(おさ)らしき人物が近づいてきた。


 「詩女ヴィオラ様、そして付き人のお二方、ようこそお越しくださいました。タルナ村一同、歓迎いたします。どうぞこちらへお越しください。」


 僕たちは、村の長の家に案内される。今まで見てきた都市や農村とは違い、村の中は木でできた高床式の家が立ち並ぶ。その中で一際大きな家に通された。木でできた階段を登ると、大きな玄関が現れる。


 「ここで履き物をお脱ぎください。」


 どうやら、土足厳禁らしい。中は簡素であるものの、ワックスのかけられた綺麗な板張りの家だ。木でできた小さな椅子に座るとカシムがお茶と若い女性がお茶とお菓子を運んでくる。久しぶりに見た、緑茶だ!


 村人たちの熱烈な歓迎は大変なものだった。夕食に振舞われた久しぶりの米を食べると、僕は体内の細胞が喜んでいるのを感じた。残念ながら長粒米だったが、蒸し鶏のおかずとともに食べると、久しぶりの米の味に涙がこぼれそうになる。だが、それだけではなかった。僕を驚かせたのは歓迎の宴で振舞われたお酒だ。フルーティーで甘味が強いが日本酒に近い。どうやら酒の製造のために、短粒種の米も栽培されているらしい。


 歓迎の宴が終わると、ヴィオラに誘われ、馬車を停めた小屋の裏手の小高い場所へと向かった。そこには、先ほど感動した棚田が一面に広がっている。目の前の水田は田植えがされたばかりの様子で、土と草の匂いがする。


「すごいな……」


 息を飲んだ。昼間見たときも美しかったが、夜の帳が降りた今、それは全く別の光景になっていた。月光を浴びた水面が、キラキラと空の星々をそのまま映し出している。棚田の曲線一つ一つが、天上の銀河を地上に降ろしたかのようで、村人が「星を映す実りの地」と呼ぶ意味を理解した。


 「この光景を見ると、心が洗われるでしょう?」


 隣に立つヴィオラが、静かに微笑む。


 「ああ。本当に、そうだ。昼間は棚田があることに驚いただけだったけど、夜はまるで違う。ヴィオラ、君がこの村に熱心な理由が少し分かった気がするよ」


 久しぶりの米の味を思い出しながら、目の前の光景に希望が湧いた。


 「タルナ村は、皇国の中でも特に古い習慣が根付いた土地です。ここでは魔素を使った農法はほとんど行われていません。水田の整備や、これから始まる田植えも、人力と、自然の恩恵に頼っている。その古くからの祭り囃子や舞いを絶やさないように、私が支援しているのです」


 「さっきの少女たちが披露してくれた舞が、それなんだね」


 「ええ。本来なら、田植えの前に、私のような詩女が舞を奉納するのが慣習でした。でも、今年は前皇帝陛下の崩御があり……私が皇都をすぐには離れられなかった。だから、村の少女たちが代役で伝統を繋いでくれることになったのです」


 ヴィオラは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。


 「ミズキ。あなたは、カルヴァド陛下が魔法から脱却した皇国を望んでいることを伺いましたね。」


 真剣なヴィオラの声に僕は静かに頷いた。


 「この村の恵みこそが陛下がシィヴァ教に持ち込もうとしている『手土産』なのです」


 ヴィオラの言葉にハッとさせられる。


 「手土産?どういう意味だい?」


 ヴィオラが水田に手をかざす。


 「魔素を使わない稲作、そして米、これをシィヴァ教に持ち込むこと・・・それが陛下のお考えになった先制攻撃なのです。」


 この旅はただの神話編纂の旅ではないことは承知していた。もちろん、高度な外交手段であることも。それでも先制攻撃という言葉の意味を僕はつかみあぐねていた。


 「シィヴァ教の本拠地、ラザークの隘路では、今、魔素の枯渇が深刻化しています。彼らの生活も、信仰の基盤である魔法も、もう長くは維持できないかもしれない。陛下はそれを知っています。」


 ヴィオラは冷たい夜風に髪を揺らしながら、僕の目をまっすぐに見つめた。


「シィヴァ教では、魔法がなければ皇国民を統治できません。しかし、陛下が、魔素に依存しないこのタルナの稲作技術と、栄養価の高い米の文化を教団に提供すればどうなるでしょう?」


 「それは……シィヴァ教は、陛下の援助なしに存続できなくなる」


 カルヴァドの策謀の冷たさに背筋が凍った。皇帝は自ら権力基盤の弱さを、相手の致命的な弱点を突くことで補おうとしている。平和的な『神話編纂の旅』の裏で、国家の根幹を揺るがす政治工作が進行していたのだ。


 「ええ。魔法という武器を皇族から奪ったシィヴァ教に対して、陛下は食料という、より根源的な武器を突きつけている。シィヴァ教が支配する教育の場に皇族主導の歴史を送り込む、という話は確かに陛下の狙いです。ですが、それはシィヴァ教が食料援助を拒否できなくなった後の話です」


 ヴィオラは深く息を吸った。


 「私がこの村への支援を怠らなかったのは、陛下の『対シィヴァ教戦略』の布石だったからです。そして、あなたの『神話編纂の旅』は、この『手土産』をラザークの隘路に運ぶためのカモフラージュでもある」


 夜空を映す水田の光景が、突然、巨大なチェス盤のように見えてきた。僕もその上で動かされている駒の一つであるという事実に、動揺が隠せなかった。


 「……知らなかった」


 「陛下は、私にも全てを打ち明けてはいらっしゃいません。ですが、私は陛下の苦難の歴史を知っている。この皇国で生きるためには、清濁併せ呑む必要があることも。」


 胸の中に渦巻くカルヴァドへの疑惑と、今知らされた策略の冷酷さを整理しようとしたが、理恵子との過去のトラウマが蘇る。人を信じることができないのは、自分の弱さだと思っていた。だが、この世界では、人を信じないことこそが、生き延びるための賢明な選択なのかもしれない。


 「ねえ、ヴィオラ」


 棚田に映る無数の星々を見上げながら問いかけた。


「他の星よりも早く動く、迷い星の正体は、何だと思う?」


 ヴィオラは首を傾げていたが、この皇国という巨大な盤面を、上空から冷静に見つめ直さないと、僕は何か巨大なものに飲み込まれてしまうような気がした。


 「かつて、この地に赴いた詩女が、守り歌として残した古歌があります。」


 ヴィオラが水田に向かって両手を広げ、厳かな声で古歌を詠みあげる。

 

星の炉 輝きしとき

軍神(いくさがみ)は 力求めし 影と争う


その御身()は 砕かれても 皇国(みくに)の盾に

雄叫び 空震わせ 山となり立つ

地の底深く 根を張りて 悪しき魔の力 永遠に封じん


軍神を愛せし 詩女(うたひめ)

彼の御名(みな)()き叫ぶ

詩女(うたひめ)の頬 伝わる雫は

溢れて 尽きぬ 悲しみの泉

その涙 山肌を濡らし 清き命の水 脈打つ川と成る


流れ集いて 皇国を潤し 乾きし半島に

緑を運ぶ ()(たた)え 星を映せば

詩女の御霊は 今もなお 生き

この水田を 黄金(こがね)に染める

詩女の涙は 永遠(とこしえ)の命


 「これがこの地に伝わる古歌です。この土地は魔素の力などなくても詩女(うたひめ)の涙で潤うみのり豊な大地なのです。」


 その声は、決意に満ちていた。

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