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ヴァルナディア皇国神話編纂記  作者: 砂川百足
第一章 編纂篇
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勅令

 「余はヴァルナディア第百八代皇帝、カルヴァド・ゼイダン・ヴァルナディードなり。遠国よりの来訪、まことに悦ばしく思う。」


 皇帝カルヴァドは一礼し、うやうやしく挨拶をした。礼儀や作法を知らない僕に、そんなことをされても困る。振り向くと、ヴィオラ、ラグナスも跪いて両手を目の前で重ねている。この国の礼節なのだろうが、僕はどうすればいいのか分からずキョロキョロと周囲を見渡して何か掛ける言葉を考える。そもそも、僕は召喚されたと言われていた。一気に疑問が頭の中を駆け巡る。


 「あ、あの、そんなことより僕は元の世界に戻れるのですか?そもそも、召喚ってどういうことなんですか?僕の体は一体どうなってしまったんですか?」


 カルヴァドは頭を上げて、すくっと立ち上がった。ヴィオラとラグナスも頭を上げて彼の事を見つめる。


 「貴殿は、我が国のシィヴァ教の要請を受けて別世界より、(ルフ)だけがこの地に召喚された。今貴殿の(ルフ)はこの時空結晶に閉じ込められている。命の水を媒にして作られた仮初の肉体を動かしておる。」


 腰に帯刀していた短剣を抜いていきなり斬りつけてきた。ビリッと服が裂ける音がして、脇腹に鋭い刀身が体に食い込む。うわ!何するんだよ!僕は怒鳴っていた。今まで聞いたことがないような声が出た。体を屈めて丸まって傷口を見る。服は裂けているが血は出ていなかった。それ以上に驚かされたのは全く痛みがないことだ。傷口はまるでゴムを引っ掻いたような裂け目ができていたが、みるみる収縮して治っていく。


 「そのうち感覚を取り戻し、体と認識し出す。そうなったら痛みも感じるようになるだろう。そうなると、肉体的には不死身だ。ただし、痛みや恐怖は精神を深く傷つけることがある。その時にどれほどの時間で回復するかはわからない。さらにこの時空結晶が壊れてしまうと貴殿の魂は依る辺を失い、消失する。」


 皇帝の手の中には蓮の花のような虹色に光る結晶がキラキラと輝いていた。どうやらこれが僕の命らしい。僕はその虹色の輝きから目を離せなかった。それは、今までの無気力な人生よりもよほど明確な、生命の定義に見えたからかもしれない。


 「・・・今すぐ元の世界に戻りたい。」

 「すまないが、戻る方法を私は知らない。古い文献を辿ればそのうちわかるかもしれない。」


 召喚したのに分からないなんて無責任だろ、額から滲んだ汗が、頬を伝った。


 「貴殿の召喚、余の力不足ゆえの結果だ。本当にすまない。我ら皇族と共にこの国を治めるシィヴァ教という教団があってね、彼らの政治的圧力が抑えられず私の即位と共に異世界人を召喚する事を約束させられた。彼らはシィヴァ教によるこの国の統治を望んでいてね、我が国の国教たる神話を作りたいらしい。僧侶どもは詩女には伝承研究と民衆煽動を両方修めており、作劇も行なっている人物を召喚するように命じていた。その人材が君だったようだ。」


 カルヴァド皇帝の目を睨みつける。理不尽に召喚されて、戻る方法もわからない。しかも僕の命、時空結晶は文字通り皇帝陛下の手の中にある。しかも、目の前の皇帝陛下はそこまで召喚に乗り気ではなかったような素振り。苛立ちや焦りは誰にぶつけるべきなのか全くわからない。


 「ミズキ殿、無理を承知で頼みがある。今、我が皇国は着実に危機に向かっている。貴殿には我が国に選択と準備の時間を稼いでほしい。その間に貴殿が帰る方法を私も探そう。協力関係にならないか?」


 僕は皇帝の視線から逃げたかった。望まれている内容ほど有能でもなければ、実績もない。全て中途半端な僕が異世界に召喚されるなんて、理不尽だ。


 「僕は、そんな有能な人物ではないし、まして専門家でもない。大学時代に民話研究のゼミに入っていただけだ。漫画だって一度も持ち込みが通ったことはない。仕事だって、宣伝マンというほどの仕事はしていない。そんな僕に何をしろって言うんだよ。神話なんか作れるわけがないだろう。」


 カルヴァドは首を横に振った。


 「貴殿が、この世界で望まれているほど万能な英雄でないことは理解している。だが、だからこそ君が必要なのだ。シィヴァ教の僧侶どもが欲しがっているのは、『古き伝承を理解し、民衆が熱狂する物語を紡げる者』だ。彼らは古い世界の知識しかない。だが、君は『別世界の常識』を知っている。それを生かすために我が国の神話を編纂してほしい。各地を巡り、古い伝承を集めて一つの物語にして皇国民団結とシィヴァ教繁栄の足がかりにする。これは表向きの口実だ。私に五年、いや三年の歳月を稼いでほしいのだ。時間稼ぎと、貴殿の帰還方法、そして我が皇国の真の成り立ち、魔力の源を調べてほしい。この国の古代の儀式を再現して貴殿の魂は召喚された。ならば、帰還の方法も古代の伝承の中にある可能性が高いのだ。」


 目の前の男は、すべてを正直に明かした。僕を英雄として持ち上げるのではなく、ただの「時間稼ぎの道具」、そして「協力者」として扱っている。それでもなお、僕の命は彼の掌中にある時空結晶だ。

 この屈辱的な状況で、唯一僕の命を守ると断言しているのが目の前の男だ。

 僕は、無実の罪で法外な罰金を科された気分だった。あまりにも割に合わない話だろう。だが、同時に、このどうでもいい人生を、誰かに必要とされているという、奇妙な高揚感も感じていた。


 「……わかりました。協力します。」僕は息を詰めた。「ただし、条件があります。一つ、僕を元の世界に戻す方法を最優先で探すこと。二つ、この時空結晶は、あなた自身が責任を持って、絶対に安全な場所で管理すること。そして三つ目……この国のことを詳細に教えてください。」


 僕が言い終わると、カルヴァドは一つ頷き、跪いて深々と頭を下げた。


 「わかった。貴殿の命を救うため、そしてこの国を救うため、貴殿の願い、()()()()()()()()()()。」


 カルヴァドは立ち上がり時空結晶を懐に仕舞った。僕を切り付けた際に破けた服に手をかざすと、繋げ、繋げ、あるべき場所に、と呟く。すると青白い光の粒が集まって、あっという間に破けた服が直ってしまった。

これがこの国の魔法らしい。こんなことが誰でも、何にでもできるのだろうか?


 「ラグナス、ヴィオラとミズキ殿を我が書斎へ。そして、この一週間、他の務めは全て免除する。ミズキ殿にヴァルナディアのすべてを叩き込むのだ。」


 皇帝の言葉に、ヴィオラは緊張した面持ちで僕を見つめ、そっと僕の袖を引いた。


 「さぁ、ミズキ様、参りましょう。」


*************** *************** *************** ***************


 来た時とは別の地下通路を通って、ハシゴを登ると六角柱の塔の祭壇から地上に出ることができた。だいぶ体は馴染んできたようで、ラグナスのおぶっていこうかという提案は丁寧に断らせていただいた。

塔の地下には石棺があったことから墓だと思われる。皇族の墓の一つなのだろうか?


 地上に出ると涼しい風が頬を撫でた。光源がほとんどないこの世界では星が宝石のように輝いて、空から落ちて来るのではないかと思わせられた。水路を引いた広い公園を横切ると、日干し煉瓦で組み上げられたアーチを前面に構えた宮殿が現れた。尖塔アーチが4つ並んだ20メートルほどの回廊がオリエンタルな雰囲気を漂わせる。最初に見た大理石でできた廊下のような華美な装飾はなく、質素な雰囲気が漂っていた。


 カルヴァドの執務室兼住居のようだ。特別な人間以外入ることは許されていないらしく、ヴィオラは宮殿の中に入ることを大変にためらったが、カルヴァドの許可が降りたのだから入りなさいと、ラグナスが促した。この国は現代日本とは全く違い、大変素朴で保守的な価値観な人々が一般的らしく、女性が独身男性の住まいを訪れることを歓迎しないらしい。ヴィオラやゼルフィアは詩女という祭事や儀礼を行う立場なので、特に身の潔白が求められるようだ。


 カルヴァドに通されたのは先ほどの人工的な照明が輝く研究室とは打って変わって、中東の宮殿の書斎のような部屋だった。温かみのある光の粒が室内をぼんやりと照らしている。


 壁一面に巨大な書架が並び、その棚には羊皮紙や、金属板に刻まれたような古書がびっしりと並べられている。部屋の中央には、巨大な木製の机があり、上質な絨毯が敷かれていた。古い紙とインクや香油の匂いが、知的な空気を作り出していた。


 「ここが、余が政務を執る際の『秘密の書庫』だ。これより七日間、君はここで、ヴァルナディアの基礎知識を学んでもらう。」


 カルヴァド皇帝は、儀式用の服を脱ぎ、刺繍の入ったシンプルな白いシャツに着替えていた。彼は僕の向かいの椅子に座り、机の上に羊皮紙でできた巨大な地図を見せてもらった。まずはこのヴァルナディアの地理を知りたかった。


 ここは、熱帯と亜熱帯が混在する巨大な半島国家だ。皇帝カルヴァドの説明によると、かつてはもっと広大な領域まで治めていたらしい。歴代皇帝が独立を許し続けた結果、国境は縮小し、今は大陸の角に張り付いたような「文明の最後の箱庭」みたいになっている。


 今のヴァルナディアの地理は、そのまま国家の脆弱性を表している。


 北の広大な大陸を支配しているのが、サリヴァ帝国だ。強力な陸軍力と内部の経済的な不満を抱えていて、属国化を狙っている。ヴァルナディアの国土は、常に巨大な大陸の影に晒されているわけだ。


 西と南の海、そして島嶼部に展開しているのが、デセリオン王国。魔術の研究に勤しむのに非人道的な人体実験に使うことを厭わない、倫理観のない国家だ。海路や秘密の島々を拠点にスパイや工作員を送り込んで、国を内部から食い破ろうとしている。


そんな二大勢力に挟まれながら、ヴァルナディアの生命線となっているのが、東の海、マルティア連邦との交易路だ。マルティアは海洋交易のスペシャリストで、この国にとって、マルティアは経済の動脈であり、外交的な安全網でもある。もしこの東の交易路が完全に断たれたら、ヴァルナディアはたちまち飢餓と物資不足に陥るだろう。


 これが、皇帝が危惧する脅威だ。軍備の再編成を優先しないとヴァルナディアの危機的状況は打破出来ない。ヴァルナディアの豊富な魔素と呼ばれる魔術の根源は他国には不足しており、ヴァルナディアをどの国も狙う理由がある。魔素の生成は皇族の儀式によってなされるらしいのだが、生産量には限界があり輸出することは出来ない。また、魔法を基盤とした国家運営には常にリスクがあり、長い年月をかけて脱却を試みているのがこの国の現状だ。


 地理について、意外なことにヴィオラが特に詳しいようだ。彼女は幼い頃から詩女として各地で行われる祭事に赴いており、詳細な風土や気候を教えてくれた。


 「まず、ここ皇都です。私たちは『熱帯高地の聖域』と呼びます。古代からこの土地が選ばれてきました。」


 俺たちがいる皇都は、この半島の内陸側の高地にある。この地に都を築いたのは、太古の昔に気候の激変が起きたことが原因だった。代々、皇帝たちは安定しやすい高地を選んで再建したそうだ。また、この都で最も重要な場所は、魔素生成の祭場がある古代遺跡群だ。それは皇都の地下深くや隠された山脈にある。その場所こそが、サリヴァやデセリオンが最も狙っている国家の心臓部であり、この国の最大の弱点でもある。皇帝直属の聖機院が厳重に守っているけど、秘匿性が高すぎて国民からは不信感まで持たれてしまっている状態だ。


 「皇都の儀礼は最も厳格で、私も歌を保つことに集中しなければなりません。ですが、皇帝陛下の政策で世俗の動きが活発になるにつれ、この聖域の平穏が乱れているのを、歌うたびに感じるのです。」


 皇帝の権威は魔素の生成と魔法を基盤とした社会に裏打ちされたものだった。魔術監視官長兼、聖機院最高顧問であるラグナスが魔術や魔法、魔素とその生産について講義する。

 魔法を使える人間は限られている。皇国には2から3割の人間が魔法を使うことができ、医療やインフラ、軍事、祭事をになっているようだ。魔法が使える人材は他国にとっては大変希少なため、辺境では人攫いまで起きている始末であった。

 この世界における魔素とは資源と考えた方がわかりやすい。魔法は魔素を消費して顕現される。皇族による儀式にて生産された魔素は、年に一度、年始に行われる精霊祭の日に命の水としてヴァルナディア皇国の28箇所の祭壇に分配される。詩女たちによって各地域に運ばれた命の水は、天の神と地の神に返還する儀式で各地の魔素を潤す。こうして国中に散布された魔素は魔術を基盤とした社会に還元されるのだ。

 しかしながら、皇国含む周辺の人口が増え文明が発展するにつれて、使用する魔素と生成する魔素の量のバランスが悪くなってしまった。魔素生成の術を持たないヴァルナディア以外の国家では慢性的な魔素不足を起こしているらしい。魔術が基盤の国家は、魔素生成量が増えない限りは衰退は免れることが難しい。魔素生成の儀式で生成される魔素には限りがある。

 ラグナスは前皇帝の妹君の息子、カルヴァドの従兄弟だ。魔術、魔素研究といわゆる近代医療への転換という役目をになう。医学師のトップであり魔術師のトップでもあった。


 「ミズキ様、あなたの体は魔素の結晶です。それはこの国の宝でもあります。陛下はそれをあなたに預けました。その意味を深く噛み締めていてください。そして・・・これは聖機院の最高顧問の立場からお願いなのですが、定期的に検診(メンテナンス)という名目で、観察させていただきたい。」


 僕の体は命の水の塊と言っていい。皇国の最高機密であり、皇国魔術の最高傑作らしく、僕の存在がラグナスの研究意欲を掻き立てる。


 「もちろんですが、その・・・お手柔らかにお願いします。」


 ふと疑問が湧き起こる。ラグナスは魔素の増産方法を研究しないのだろうか?魔素を増産できれば諸国に対してかなり有利な立場になるはずなのに、なぜ歴代皇帝を筆頭に魔法依存からの脱却を目指すのだろうか?そもそも、この国は魔素を生産することができることや、魔法を使える者が多いのだから強みとして利用するのが定石ではないだろうか?


 「あの、ラグナス殿下!お聞きしたいことがあるのですが・・・」

 「殿下なんて敬称をつけなくてもかまいませんよ、私は皇族とはいえ地位も高くありません。ミズキ様は皇国が招いたお客様なんですから、気兼ねなくお呼びください。」


 落ち着いた口調、知的な振る舞いはいかにも皇族の学者といった感じだ。


 「では、ラグナス様、一つ疑問に思ったことを伺いたいのです。どうして、ヴァルナディアは国をあげて魔素の増産に踏み切らないのですか?魔素を生産できる唯一の国だったら、その強みを生かすのが戦略として有効だと思うのです。他国に輸出できる量を増産できるのなら国力増強は堅いと思うのですが・・・技術的な面で不可能なのですか?」


 ふと顔を上げると、ラグナスから笑顔が消えていた。とても寂しそうな表情をしたのちに、目線を逸らしたのが気になった。


 「我が国で生産できる魔素の量が限られているのです。これ以上は皇国の秘密なので口に出せませんが、安定的に供給することで私たちが失う物も大きい。だから・・・魔素の増産はできません。」


 僕は食いつこうとしたが、これ以上は口外できないと断られてしまった。魔素生産はリスクを孕むということなのだろうか??魔素について、皇国は大切な何かを隠しているのだ。

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