エピローグ:あなたの物語
2087年、量子考古学者サトウ・ケンジは古い地球のデータ遺跡から興味深いファイルを発見した。
量子考古学とは、21世紀に確立された新しい学問分野である。従来の考古学が物質的遺物を扱うのに対し、量子考古学はデジタル化された情報の層を発掘し、失われた文明の記録を復元する。
それは2025年に書かれたデジタル小説で、作者は田中絵美子となっていた。物語は多層構造になっており、過去から未来まで様々な時代の記録者たちが同じ物語を語り継いでいるという内容だった。
「面白いな」
ケンジは呟いた。彼の専門は21世紀のメタフィクション研究である。この時代には、現実と虚構の境界を曖昧にした実験的な作品が数多く生まれた。
「これはメタフィクションの傑作だ。作者の田中絵美子は相当な才能の持ち主だったに違いない」
しかし、データを詳しく調べてみると奇妙なことがわかった。この物語に登場する14世紀の手稿が実在することが判明したのだ。パリの国立図書館に保管されている写本師ピエールの日記と、内容が完全に一致していた。
さらに、古代エジプトの遺跡からも類似の記録が発見されていた。2019年にルクソールで発見された未公開パピルスには、書記官ケティによるトゥトアンクアメンの夢の記録が記されており、その内容は田中の小説と驚くほど符合していた。
そして極めつけは、宇宙開発史料館に保管されていた記録だった。2043年に打ち上げられた深宇宙探査船「ホルス7号」が太陽系外縁部で受信した謎の電波信号。その解析結果は長い間機密扱いされていたが、2087年にようやく公開された。
信号に含まれていたデータは、田中絵美子の小説の内容と酷似した物語だった。しかもその物語の語り部は「リン・オカモト」と名乗っていた—田中の小説に登場する未来の語り部と全く同じ名前で。
ケンジは研究を続けるうちに、一つの仮説に思い至った。
もしかして、これは本当の記録なのではないか?
物語と現実の境界が崩壊し、虚構が事実になり、事実が虚構になる—そんな現象が実際に起こっているのではないか?
そして、この物語は自分に向けられたメッセージなのではないかと。
田中絵美子という女性が時を超えて自分を探しているのではないかと。
彼は気づいた。
自分もまたこの永遠の物語の一部になっているということに。そして彼は自分の研究室の窓に映る自分の顔を見つめた。
その瞳の奥に、遥か昔の記憶が蘇ったような気がした。
玉座に座るファラオだった記憶。
黒死病に怯える写本師だった記憶。
星船で語り部になる未来の記憶。
そして、東京のマンションでAIと対話するライターだった記憶。
私たちは同じ魂の別々の現れなのだろうか?
それとも、愛によって結ばれた運命の相手なのだろうか?
ケンジは震える手で新しい研究ノートを開いた。そしてタイトルを書いた。
『量子考古学的見地から見た循環時間論—田中絵美子現象の解析』
そして彼は書き始めた。
*2025年、東京のAIライター田中絵美子は古い図書館で不思議な手稿を発見した。その手稿には時代を超えた物語の円環が記されており...*
物語は続く。
愛は時を超える。
そして今、この瞬間、新たな読み手がこの物語を発見する。
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**【注記】この物語を読んだあなたも今この瞬間、物語の新たな層を創造している。そして円環は続いていく...あなたの愛する魂を見つけ出すその日まで。**
**もしあなたが誰かを愛しているなら、その愛こそがこの物語を動かしている原動力である。もしまだ運命の人に出会っていないなら、この物語があなたとその人を結ぶ糸になるかもしれない。**
**時間は円環である。物語は永遠である。愛は時を超える。**
**さあ、あなたの物語を書こう。**