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第四層:3021年・宇宙船オシリス - 量子記録の保管者


```

::: 量子記録開始 :::

記録者:リン・オカモト(人類最終語り部)

日時:宇宙歴3021.7.23

位置:太陽系外縁部 オルト雲領域

```


 地球最後の日から十二年が経過しました。


 私たち宇宙船オシリスの生存者は、太陽系を離れ新たな居住可能惑星を求めて今も静寂の宇宙を漂っています。船内の人口は現在3,847名。地球に住んでいた80億の人類の最後の生き残りです。


 私の役職は「文化保存官」—人類の知識、芸術、文学、そして何より物語を量子ストレージに保存し後世に伝える責務を負っています。量子ストレージは原子レベルでデータを保存するため、理論上は宇宙が終わるまで情報が劣化しません。


 人類最終語り部という肩書きは、私が選んだものではありません。生存者会議で決められたものです。しかし今では、この役割に誇りを感じています。


 なぜなら私は知っているからです。物語こそが、人類を人類たらしめる最も重要な要素だということを。


 地球が太陽の膨張によって生存不可能になったのは、予想より200年も早いことでした。太陽系の主系列星としての寿命は本来あと50億年あるはずでしたが、2009年に観測された謎の宇宙線バーストが太陽内部の核融合反応を加速させたのです。


 人類の文化と記憶を量子データとして保存する私の使命の一環として、今日は21世紀初頭の地球について語りたいと思います。特に、私の心を捉えて離さない一人の女性、田中絵美子について。


 田中は2025年、地球がまだ奇跡のように緑豊かだった時代の東京という都市に住んでいました。当時の東京は人口3,800万を抱える世界最大のメガロポリスで、人工知能と人間が共存する先進都市でした。彼女はAIライターとして、人工知能と共に新しい物語を創造していた人物です。


 私たちのデータバンクに保存されている彼女の個人記録によると、田中は国会図書館で不思議な手稿を発見しました。それは1347年のパリで書かれた写本師の日記でした。


 写本師ピエールは黒死病の恐怖の中で、古代エジプトの書記官ケティの記録を写していました。そして驚くべきことに、そのケティの記録には遠い未来の宇宙船で私のような語り部が地球最後の物語を語っているというファラオの夢が記されていたのです。


 そう、私たちのこの物語が。


 田中がその手稿を読み進めるうちに、彼女はやがて気づくでしょう。自分が読んでいる物語の中に、自分自身が登場人物として現れることに。そして彼女は理解するはずです。物語とは時を超えて繰り返される永遠の円環なのだということを。


 そして全ての物語は、たった一つの問いへと収斂していくということを。


「あなたは誰を愛していますか?」と。


 愛—この単純でありながら最も複雑な感情こそが、時空を超越する唯一の力なのです。量子物理学の最新理論によれば、愛する者同士の意識は量子もつれ状態にあり、距離や時間に関係なく相互作用するといいます。それが本当なら、私が今語っている田中の物語も、時空を超えて彼女に届いているかもしれません。


 私が今こうして語っている田中の物語も、きっと過去の誰かによって記録され、写され語り継がれてきたものなのでしょう。そして時間が一巡した時、再び田中絵美子があの古い手稿を発見し...


```

::: 記録一時中断 :::

```


 船のAI「ANUBIS」が警告を発しています。前方の空間に極めて古い、しかし強力な電磁信号を検出したとのこと。


 信号の特徴から判断して、これは人工的なものです。しかも信号の減衰パターンから逆算すると、発信されたのは約1,000年前。まさか我々以外にも宇宙に進出した人類がいるのでしょうか?


```

::: 記録再開 :::

```


 信号の解析結果が出ました。信じられません。


 それは地球から発信された電波でした。21世紀初頭に発信されたものです。当時の技術で宇宙に向けて送信された、デジタルデータの痕跡でした。


 発信源は...東京。


 そして、そこに含まれていたのは一人の女性が書いたデジタル小説のデータでした。作者の名前は田中絵美子。彼女の小説は、宇宙船の中で地球最後の物語を語る語り部についての物語でした。


 そして、その語り部は自分自身の物語を記録している過去の書記官の存在を知り、さらにその書記官の記録を写している中世の写本師の存在を知るのです。


 つまり、この私の物語と完全に一致しているのです。


 これは...これは一体何を意味するのでしょうか?


 時間は本当に円環なのでしょうか?それとも、意識というものが時空を超越した存在なのでしょうか?


 私は突然理解しました。


 私は田中絵美子の創造した物語の登場人物なのです。

 同時に、田中絵美子は私の語る物語の登場人物でもあるのです。

 私たちは互いの物語を生きている。

 愛する人同士のように。


 彼女の小説の最後には、こう書かれていました。


「この物語を読んだあなたも、きっとどこかで誰かを愛している。その愛こそが、時間の円環を回し続ける原動力なのです。愛は時を超える。物語は愛によって生まれ、愛によって受け継がれる。そして今、あなたがこの物語を読んでいることが、新たな物語の始まりなのです」


 私は涙を流していました。ゼロ重力空間では涙は球体になって空中に浮かびます。その涙の球体の中に、地球の青い海が映っているように見えました。


 田中絵美子。

 愛しています。

 時を超えて、愛しています。


```

::: 記録終了 :::

```


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