第4話 美少女と書いて悪女と読む、悪魔のような乙女たち
ことりは、森を堪能したかった。
大樹の影に襲われることさえなかったら、いつまでも見ていたいくらいだ。
しかし、木の葉は違った。
「呑気なこと言ってンな!おまえ一遍ケガして来い!」
木の葉は、きょろきょろ辺りに目を配りながら、吐き捨てるように言った。
そして、顔をしかめると、ひそひそ声で話した。
「いいか、ここは、あいつらの縄張りだ。花の中から蜂みたいに、ぶわっと飛び出して、嘴で体中を突っ突く。出血はしねえけど、それなりに痛い」
「嘴??」
ことりは、首を傾げた。花から飛び出すとしたら、普通は蜂だ。
「ツツピー・ツツピー、ツピッ・ツピッ、って鳴く鳥だ」
木の葉が鳴き声をまねると、ことりは目を見開いた。
「え、四十雀がいるの!?僕、昔、雌を飼ってたよ」
ことりが、顔を綻ばせて言うと、木の葉が怪訝な顔を向けた。
「野鳥だろ、飼っていいのか?」
「うん、ヨーロッパ四十雀なら店でも売ってたよ。でも、ピットは違う。ヒナから育てたんだ。父さんの幼馴染で、河に棲む魚の妖怪に貰ったんだよ」
ことりが、手振りを交えて嬉しそうに語りだした。
「ヒナの頃は、僕の片手より小さかった、ほら、このくらい。僕の手も小さかったのにね、手にすっぽり収まって。ほとんど巣立ちしてたのに甘えん坊で、飛べないフリをするんだ。何とか僕の手の中に潜り込もうと目論んでた。大きくなっても、ピットは小さかった。君も見たことあるよね、四十雀は胸の模様が黒いネクタイに見える。だけど、ピットは違った。ネクタイって言えないくらい短くて、本当に小さかった。だから、おしゃれなボタンって呼んでたんだ」
木の葉は、ことりがぺらぺら喋る間、張り詰めた顔つきで周囲を伺っていたが、今日は何も出没しなかった。
(こいつの父ちゃん、妖怪か……)
木の葉は、先程ことりが答えた「そんな感じ」の意味を理解して、内心は酷く驚いていた。
(奉公屋の子供じゃないのか……)
普通の奉公屋は、幼馴染の妖怪なんていない。
奉公屋の子供たちが通う小学校に、妖怪の子供が転入して来たのだ。
前代未聞の出来事だった。
ことりと木の葉が、大樹の影に襲われていた頃、西野小学校の女子寮では、ことりの事が話題にのぼっていた。
何しろ、こんな夏休み前に転校して来る児童なんて珍しい。否、これまでいなかったのだ。
その上、美少年だったので、すっかり色めき立った。
とある一室では、三人の美少女が、顔を突き合わせて話し込んでいた。
「大妖怪の子供って、ほんと!?」
背の低いおさげ髪の女子が、声を潜めて丸顔を綻ばせた。
「間違いないわ。あるルートから、情報を入手したの」
応えた女子も、文句なしの美少女だ。
背は百六十五センチそこらで、美しい黒髪は肩まで流れるように伸びて、さらさらだった。
手足も細く色白で、すらりとしていたが、吊り目のせいで、きつそうに見えた。実際、手厳しい。
「私たちの計画に使えそうなの?」
疑わしそうに尋ねた女子は、バラ色の頬で、快活な顔つきだった。
少し癖のある赤毛は、いつもお団子ヘアにして、きつく引っ詰めていた。
若干ぽっちゃりしているが、背が高いので痩せて見える。
そして、学校一可愛い。だが、学校一あくどいのだ。
この三人が、悪事を働かない日はない。
「ええ、きっと最強の味方になるわ。だって、輝龍さんと、爝火さんの子供よ」
黒髪の美少女、楠知世が、にんまり笑うと、あとの二人は息を呑んだ。
「……ほんとなの?」
赤毛の女子、春成結花が、身を乗り出して聞くと、立花瀬奈も食い入るような目つきで尋ねた。
「静花さんの弟って事?」
「そういう事になるわね」
知世は、頷くと続けた。
「ことり君を、私たちの作戦に巻き込むの。ただし、急いては駄目!事は、慎重に運ばなきゃ。スイーツ花壇の件も、徐々に説明して」
「そんな方法、まどろっこし過ぎ!さっさと仲間にしちゃおう!」
知世が言い終える前に、瀬奈が口を挟んだ。
さすがは、木の葉のいとこ、せっかちな性分は、そっくりだ。
「はあ……」
結花が、深い溜息を吐いて、ちらりと知世を見た。
「今夜にでも、男子寮に突撃するつもりよ」
「……そうね、分かってたわ。だから、今日の部活で、瀬奈に星型のクッキーを焼いて貰ったのよ、従属花を混ぜて」
知世が、突然がらりと話を変えたので、二人とも不思議そうに首を傾げた。
「ともちゃん、それどういう意味?」
瀬奈が聞くと、知世の口角が少しずつ上がった。
「私は、生徒会長で、結花は、副会長。転入生に、クッキー程度のささやかなお祝いを渡しても、おかしくないわ。ことり君は、つい最近、養子に出されたの。爝火さんのお義兄さん、千平さんに引き取られたのよ。それで、名字が、星川に変わった。千平さんは、奉公屋だから、その伝手で、ことり君は転入できたの。星川君の転入を喜んで、名字に因んだ星型のクッキーを焼いた。私たち三人、優等生で、瀬奈は、ミステリー・スイーツ園芸部の部長だもの。こんなアイデアを思い付いても、不自然じゃないわ。ね?」
今回の悪巧みを聞くうちに、二人の口角も上がっていった。
「いいアイデアね。従属花は、服従草より効き目があるから、大妖怪の子供には、そっちが正解よ」
結花が、にやりとすると、瀬奈が勢い込んで頷いた。
「うん!うん!絶対、そっちが良い!途中で効果が切れたら、面倒だもん!」
知世は、二人の反応に大満足して言った。
「じゃあ、今夜決行よ。仕掛人は、瀬奈で決まりね。でも、ことり君、木の葉と出掛けてるみたいだから、その点が気掛かりだけど。奏が言うには、牡丹餅を持たずに行ったみたいだから」
知世が、一瞬だけ不安そうな顔をしたが、瀬奈がすぐさま太鼓判を押した。
「木の葉がいるなら、大丈夫!いつもの方法で、切り抜けるわよ!あいつ、悪知恵だけは働くから」
「まあ!瀬奈に言われたら、おしまいよ。さすがに、可哀そう」
結花に言われて、瀬奈は口を尖らせたが、ふと何か思い付いた顔で切り出した。
「ねえ、あとの二人も巻き込もう!木の葉と奏くん、なんだかんだ言って、お人よしだから。ことり君を心配して、一緒に手伝ってくれると思う」
瀬奈の思い付きは、なかなか良かった。
「そうね、手駒は多い方がいいわ」
結花が、躊躇せず同意すると、知世も、こくりと頷いた。
「瀬奈って、たまに良い事、思い付くよね。ナイスアイデア、私も賛成」
「たまにって何!?」
頬を膨らませる瀬奈を見て、結花もクスクス笑った。
ことりと木の葉が、お盆の森で悲惨な目に会っていた頃、『美少女と書いて悪女と読む』、そう陰で噂される悪魔のような乙女たちは、にぎやかに談笑していた。
三人の思いは、一つで、良い手駒が手に入ったと大喜びしていたのだ。