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神託なき存在

《神託》それは世界に生まれ落ちた瞬間、誰もが授かる運命のレールが記されたものである。これが、この世界の普通であった。例えば、

ヘリオット共和国で生まれた少年ベルベット=クリスハイト。彼の神託には以下のように記されていた。

《第3書記官歴 第296年 第2月 第6日 生》

《魔導師となり、30歳で戦死す。》

《19歳の誕生日、真紅の長髪の少女に一目惚れす。》

《死因:王都防衛戦にて、最愛の相手を守り、左胸貫通。》

このように、人の人生のレールを敷く存在。それが信託である。

これは、世界で唯一信託を持たぬ者と、その者を中心として始まる物語である。


★★★


雪の舞う峠道を、ひとりの少年が歩いていた。風は冷たく、空には雲一つなかった。

彼は立ち止まると、足元の凍土にそっと手をかざす。

氷の魔法が静かに広がり、滑りやすい地面を固めて道を作る。


「……この力だけが、俺に与えられたものか」


村を追われ、名も役割もないまま歩くその背に、死神の武器を彷彿とさせる武器、大鎌(ヴェルガリア)が揺れていた。

少年は生まれた瞬間から、世界に拒絶されていた。誰にでも平等に与えられるはずだった“神託”が少年には与えられなかったのだ。国の法律により魔力を持つものは例外なく魔術学園に通うことになっているため、人並みの教養は手に入れることができたが、学園での少年の扱いはひどいものだった。石を投げられ罵声を浴びせられ、同学年で主席入学し、主席で卒業した神託絶対派の男には、

「お前に神託がないのは神に見放された存在だからだ」

と言い放たれる始末だ。

そんな学園での少年に対する教師陣の評価は、“魔力の操作は上手い”であると同時に“神託が与えられなかった異端の存在”でもあった。

16歳になり、学園を卒業すると同時に村に常駐している神官に

「信託を持たぬものは災いをもたらす。よって貴様をこの村から追放する」

と宣言された。その時少年は、微かに喜んでいた。もうこんな所からさっさといなくなりたいと思っていたからである。そして少年は最小限の荷物と愛鎌である大鎌(ヴェルガリア)、世界共通通貨であるセラを少し持たされただけだった。


「俺には……何もないな」


雪で凍える虚空を見つめ続け、少年は、アルヴァリア=クローヴァは歩き続けた。

外の世界には、神託を持たないものが自分以外にもいるのかもしれないと、神託のない自分を受け入れてくれる存在を求めて。ないに等しいとわかっている《希望》を夢見て。


★★★


どれ程歩いたかわからない。そう思うほどにアルヴァリアは歩いていた。雪の季節の終わりにたびに出たためか、既に雪はその猛威の片鱗すら残さずどこかに消えていた。緑あふれるとまではいかないが、豊かな大地を進むアルヴァリアは相変わらず孤独であった。


「……剣戟の音がする」


遠くから微かに聞こえたその音を頼りにアルヴァリアは走り出した。

剣戟の音が近づいてくる。それと同時に争う声も聞こえてきた。


「しつこいって言ってんだろうが!あんたたちなんなんだよ!」


アルヴァリアの視界には、綺麗なブロンドの髪を泥と土で汚し、腕には何やら古びた巻物を抱えて走る少女と、それを追いかける二人の盗賊が写っていた。


「盗賊に決まってんだろぉ!嬢ちゃんのそれ、みたところ宝の地図かなんかじゃねえのかと思ってよ!」


「おとなしく渡せば命は取らないぜ!地図も嬢ちゃんも、売ればいい金になると思ってなァ!」


少女は見るからに満身創痍だった。右足からは血が垂れているし、体の至る所に傷が見えている。けれども足を止める気配は見えない。

しかし、斜面に足を取られ、思わず前にのめり込んでしまった。


「ッ!」


巻物を守ろうとするあまり、膝を地面に強く叩きつけてしまった。少女の耳には、笑いながら近づいてくる盗賊二人の足音がどんどんと近づいてきていた。


「へへへ。嬢ちゃん、だから渡せばよかったのに」


「よく見りゃいい顔してんじゃねえか。こりゃ嬢ちゃん、高く売れそうだな」


盗賊が少女に手を伸ばした瞬間、腕に氷の蔦が巻き付いてきた。


「な、なんだこれは!」


「冷てぇ!氷?!」


二人が蔦のでどころへ目をやると、一人の、黒衣の少年、アルヴァリアが立っていた。

黒衣の少年の目は冷たく、背に装備している大鎌(ヴェルガリア)が異様な雰囲気を醸し出していた。

そして冷たい黄金の瞳は、しゃがんだ状態で固まっている盗賊たちを冷たく見下していた。


「彼女から手を引け」


その声色はただただ冷たく、淡々としていた。


「てめえ誰だ!一体どういうつもり……で……」


二人はだんだんと気づき出した。この男は只者ではないと、魔力から自分達と違うと。

一瞬の沈黙。のちに、


「悪かった。もう引くぞ」

「ああそうだな。すまない。この蔦をどうにかしてくれ」


少年は無言で蔦を引き、二人を逃した。

少女は傷付いた足を庇いながらアルヴァリアを見上げた。


「あんた、通りすがりの騎士様ってやつ?」


「………騎士は嫌いだ」


アルヴァリアはただ一言、そう言いながら地面に触れた。地面に流れる魔力を吸い取り、凍った地面を元に戻していく。


「ふーん。まあ何はともあれ、あなたは私の恩人になったわけだ。ありがとう。命を救ってくれて」


アルヴァリアは少女の方に顔を向けた。少女は泣いていた。けれども少女の顔は晴れやかで、なぜか嬉しそうでもあった。


「………なんで泣いている」


「だって私、今日死ぬ運命だったんだもの。私の神託ね、こう書いてあったの」


《古道にて、巻物を狙った盗賊二名に襲われ、死亡》


「だからね、すごい嬉しかったの。命を救ってくれたことが」

泣きながら語る少女の言葉を聞きながら、アルヴァリアは確信していた。いや、確信せざるを得なかった。

なぜ神託が変わった?俺の行動で?村にいたときは誰も神託に変化などなかったのに。頭では理解しているのに、どこか理解を拒むような。


「とりあえずお礼がしたいからさ、私のアジトに来てよ。ああそうだ!まだ名乗ってなかったね!私の名前はルミカ。ルミカ=フェンリル。ルミカって読んでね。」


「………アルヴァリアだ。アルヴァリア=クローヴァ。呼び方は…なんでもいい」


こうしてアルヴァリアは一人に少女の、ルミカ=フェンリルの死の運命を書き換えたのだった。

アルヴァリア=クローヴァ

神託異常

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