9 探
「しかし雇われるといっても、どんな仕事ですか」
臆することなくオジサンが伯母さんに問いかける。
考える間もなく伯母さんは、
「そうね、まず取材に付き合っていただこうかしら」
と答える。
「取材というと、書いていらっしゃるという小説の……」
わたしから得た情報を利用し、オジサンが返答。
「あら、良くご存知ね。約束は今夜の六時に銀座。ご都合は宜しい……」
「身一つですから」
「では、そういうことで。しかし、その前に……」
そう言いつつ伯母さんがオジサンを備に観察する。
「服は選んだ方がいいわね」
オジサンのスタイルはショーン・ニーマールのようないわゆるグランジファッションで、似合ってはいたが伯母さんが出入りする銀座のバーでは浮くだろう。
「荻原さん、身長は……」
「一八〇センチメートルです」
「それなら似合うのがあるかもしれない。二階まで付き合って下さらないかしら」
「ええ」
伯母さんの言葉にオジサンが戸惑った表情を見せつつ肯定。
そんな身長の男物の服を伯母さんがどうして持っているのか不思議なのだろう。
わたしは答えを知っているが明かさない。
それに驚くような内容でもない。
もちろん目的に沿ってのことだが……。
「彩夏ちゃんも萩原さんのファッションショーに参加する」
不意にわたしのことを思い出したように伯母さんが誘う。
だがわたしは、
「今日は帰ります。紅茶をご馳走様でした」
と暇を乞う。
「萩原オジサンを宜しくね」
そう言い残し、帰り支度を始める。
……といってもリュックを背負うだけだが。
「そう。じゃあまたね。彩夏ちゃん」
わたしの後姿に伯母さんが声をかける。
その声に瞬時振り返ったときには伯母さんとオジサンの姿は扉の向こう。
わたしの存在は遮断されている。
「しかたない。行ってみるか」
呟くでもなく呟き、わたしは伯母さんの邸を去る。
「彩夏さん、お気をつけて」
律儀な日比野さんが門のところでわたしを見送る。
日比野さんの過去をわたしは知らないが、今はいない別のお手伝いはわたしが伯母さんに紹介している。
オジサンのケースと同じではないが大同小異。
今では物流会社の社長秘書をしているはずだ。
オジサンの将来の役目はどうなるだろう。
伯母さんの御眼鏡に適うかどうか。
時計を見ると午後二時を過ぎている。
そんな時間に家にいるのかとも思ったが、いなければそれまでのことでしなかい。
鉄道の駅に着くまで頭の中を真っ白にしようと努めつつ、人通りの少ない高級住宅街をゆっくりと歩く。
電車を乗り継ぎ、スマホで番地から位置を確認し約一時間後、わたしはある集合住宅の前に立っている。
一応セキュリティーチェックはあるが甘い。
大手建設会社が建てたマンションの比ではない。
住民の出入りに合わせてエントランスに入り、エレベーターに乗る。
六階で降り、部屋を探す。
南廊下の東から二番目の部屋だ。
換気用の曇り硝子窓のあるキッチンに明かりはない。
留守なのか、それとも……と感じつつチャイムを押す。
すると暫く動きはないが、やがて内部から音が聞こえる。
「どなた様ですか」
ようやくホーンから聞こえてきたのは低い女の声。
投げやりな感じはないが鬱屈感が仄見える。
「萩原さんの友だちです。少しお話があって」
わたしが言うとホーンが切られる。
間があり、玄関の鍵が開く。
顔と顔が向かい合う。
「始めまして」
「おっどろいた。あなた、中学生……」
矢野美恵子とわたしの初会話だ。
「萩原は一緒じゃないのね」
そう言いつつ、わたしの後ろを確認し、
「まあ、いいわ。上がって」
痩せたスタイルに似合わず気風よく言う。
「お邪魔します」
わたしも遠慮せず、中に入る。
「散らかってるけど、カンベンして」
「いえ、全然キレイです」
案内されたキッチンテーブルでわたしが応える。
それは本心で、わたしの自宅の部屋など酷いものだ。
それはともかく、見ず知らずの相手を疑いもせず自宅に上げるとは肝が据わっていると、わたしが関心。
さすがオジサンの彼女というところか。
「何か飲む……」
「お構いなく」
「それなら紅茶にするわね」
「ありがとうございます」
「ダージリン・オレンジペコ・ブロークン。説明は必要……」
「いいえ」
ヒマラヤ近くの茶葉産地・茶枝尖端部分から二番目に若い葉という等級・切断または砕いた茶葉の状態、ということ。
お湯が沸き、紅茶が入れられるまで互いに無言の時間が重くない。
……といって決して軽くもないのだが。
「ミルクは……」
「せっかくなので頂きます」
彼女が冷蔵庫からミルクを取り出す。
「冷えちゃって申し訳ないけど」
「いいえ、構いません」
「で、もしかしてあなたが萩原の新しい女。わたしに引導を渡しに……」
「仮にそうだったら、美恵子さんはどうされますか」