7 探
「あら、彩夏ちゃん。お久し振り」
オジサンと二人、勝手に叔母さんの家に上がり込む。
もちろんお手伝いの日比野さんに許可を貰ってからだ。
応接間に入ると伯母さんがいる。
わたしとオジサンを認識し、伯母さんがわたしに声をかける。
「ずいぶん年上の彼氏を連れてきたのね」
それからオジサンを一瞥する。
自分の彼氏ではない、とわざわざわたしは否定しない。
そんなことはとっくに伯母さんが見抜いているからだ。
「伯母さんが気に入るんじゃないかと思ったから」
「なるほど、きれいな顔と身体つきね。脱いでもスゴイのかな」
「昔ほどの筋肉はありませんよ」
特に考えた様子もなく、オジサンが答える。
「スポーツ選手には見えないわね。何をしてる人……」
「少し前に失業しました」
「あら、大変」
少しも大変そうにではなく、伯母さんが言う。
「あなた、根が真面目そうだから悪いことには関わらない方が良くてよ」
「お見通しですか」
「まさか。単に定番の挨拶です」
だが、わたしはそうでないことを知っている。
「彩夏ちゃんに気に入られるとは災難だったわね。この子はトラブルメーカーなのよ」
「伯母さん、人聞きが悪い」
すぐに、わたしが咎める。
「でも事実でしょ。あなたの周りは問題児ばかり」
「すべて相手が悪いんですよ」
「でも、それを引き出したのは彩夏ちゃんだわ」
何だか雲行きが怪しくなっている。
「わたしには何の能力もありません。皆が勝手に誤解するだけ」
「そういうのを能力っていうのよ。ねえ、そこのあなた……」
伯母さんがオジサンに同意を求める。
オジサンは首を振りながら黙っている。
「彩夏ちゃんに捕まったら、あなたは一度、いなくなるわ」
「いなくなる」
「でも、それもいいかもしれないわね。厭なら、今すぐに逃げること」
「そう仰られても、ぼくには何のことだかわかりません」
「わかったときには手遅れかも……」
「そんなに彼女は怖しいのですか」
「いえ、怖しいのは本人……今の場合はあなた自身ですけどね」
「ますます訳がわからない」
そう言いつつ、オジサンが狐に抓まれたような顔をする。
傍らに立つわたしを別人のような目で一瞥する。
「ぼくには彼女が普通に可愛い女の子にしか見えませんが……」
「あら、お目が高い。彩夏ちゃんは自分でそれを否定するのよ」
「客観的に見て、わたしには伯母さまみたいな美のオーラはありません」
「美の話はしてないわ。彩夏ちゃんが可愛いって言っているのよ」
「止してください」
「ほら、また否定する」
伯母さんは続けるが、自分の指摘内容に拘泥しない。
「お茶にしましょう」
そう言い、ベルを鳴らし、日比野さんを呼ぶ。
日比野さんは実年齢的には伯母さんより若い。
もしかしたらまだ四十歳になっていないのかもしれない。
この家のお手伝いに雇われ数年経つが、自分から口を利くことがないので詳細不明。
見た目は伯母さんの実年齢に近い感じか。
決して醜女ではないが、地味な印象が見る人をそんな気分にさせる。
「奥様、お呼びですか」
そして、いつも気配なく現れる。
ガサツというイメージと究極真逆の人かもしれない。
「お茶をお願いするわ。キームンで……」
「畏まりました」
この家に現在お手伝いは日比野さんしかいない。
伯母さんは料理も裁縫も掃除も完璧に熟せるし、時間も有り余っているから、一人暮らしで困らない。
けれども必ず一人以上のお手伝いを置く。
その理由は伯母さんしか知らない。
「どうして、あなたはここに来たの」
日比野さんが去ると伯母さんが待っていたようにオジサンに問う。
「ぼくをこの邸に連れてきたのは彼女ですよ」
「でも、それはきっかけ」
「なるほど」
「あなた、お名前は……」
「これは失礼をしました。萩原秋彦と申します。春夏秋冬の秋に、大久保彦左衛門の彦」
「後者の説明は不要じゃない」
わたしがいきなりチャチャを入れる。
「でも古風だけど良い名前ね」
そして、すぐに持ち上げる。
「ありがとう」
「では改めて名乗りますが、わたしの氏名は香坂彩夏。香る坂は色彩の夏。以後、お見知りおきを……」
「よろしく」
「何かいいわね、二人とも。それじゃ、わたしも名乗ろうかしら」
わたしとオジサンの遣り取りをニコニコしながら聞いていた伯母さんが不意に言う。
「香坂色音よ。香る坂は色の音。父の趣味を疑うわよ」
「でも、お父上には実際に音が聞こえたのかもしれませんよ」
「あらやだ。亡くなった主人と同じことを言うのね」