5 直
イケメンでも振られるというのは理屈ではわかる。
だが自分の隣を歩くオジサンを見ていると俄かには信じられない。
「どういう人だったの」
だから、つい聞いてしまう。
こういうところがモテる男なのだろう。
悔しいが、わたしはこの人を好きになりかけているらしい。
「聞いてどうする」
「向学のためよ」
「教師だ。高校のときの美術の教師」
「ふうん。年上……」
「当時、四十歳近かったから、そうだな」
「オジサンは年上が好みなの」
「いや、彼女が好みだ」
「はっきりいうわね」
「事実だから」
「でも別れた。まさか不倫だったとか」
「いや、それはない。当時、彼女は独身だった。まあ、恋人はいたようだが……」
「結婚しない女ってこと」
「偶々だろう。ぼくとは結婚する気になっていたよ」
「それって、いつのこと」
「ぼくがまだ高校生のとき」
「うそ……」
「利害関係のないきみに嘘をついても始まらない」
「それは、これからできるかもしれないでしょ」
「言われてみれば、そうか」
不意に、わたしを見て優しく笑う。
それで、わたしがドキリとする。
少しだけ……。
「きみは自分で考えているほど可愛くないわけじゃないよ」
「オジサンにとってはそうかもね」
「ぼくにとって……」
「モテる人は相手を選ばない。それがモテる条件の一つ」
「ふうん」
「オジサン、ずっと据膳を喰ってきたでしょ」
「まあね」
「その中には可愛くない子だっていたはずだわ。あくまで客観的にだけど」
「太った子とか、逆に痩せ過ぎた子とか、種類はいたけど、みんなそれなりに可愛いかったよ」
「だからオジサンは他人のいいところを見るのよ」
「そうなのか」
「わたしの見立てが正しければ」
「自分ではわからないな」
「だけど、そういう人には困った点もある」
「たとえば」
「相手から言われれば付けるけど、コンド-ムを付けないとか」
「ああ、そのことか。確かに酷い目にあったな」
「悪いのは自分でしょ」
「今でも面目ない」
「自覚はあるわけね」
「あのときは親にもバレて散々だったな」
「赤ん坊は堕したの」
「向こうの親がそうすると決めたら、ぼくには選択肢がない」
「相手が生むといったら、オジサンは責任を取ったの」
「高校生だから責任といっても親がかりになるが、そのつもりでいたよ」
「うそ」
「どうして、そう思う」
「だって好きじゃなかったでしょ、相手のこと」
「嫌いじゃなかったよ」
「そりゃ、寝たくらいだからそうでしょうけど、一生付き合う気はなかったでしょ。良く思い出して……」
「うーん」
「若いときは正義感もあるから、場合によっては結婚しなければと一途に思ったことは認めるわ」
「きみの言う通りだな」
「で、どうなの。相手のお母さんに堕すっていわれてホッしたんじゃない」
「それも、きみの言う通りだ」
「やっぱりね。正直なオジサンがわたしは好きよ」
場末の町の喧騒の中で、わたしが言う。
できるだけシレっと。
そうでなければ恥ずかしい。
貸倉庫コンテナ群があった住宅街近傍と比べると人の車の往来が多くなっている。
駅が近いのだ。
「わたしと一緒に伯母さんのところに行く気がある……」
「正直、まだ迷ってる」
「人生にチャンスは二度ないからね」
「何のためのチャンスなんだ」
「それがわからないからチャンスなのよ」
「……」
「ねえ、付き合っている人はいなかったの」
「いきなり話題が変わるな」
「わたしがそういう人だと思って」
「向こうが勝手に恋人だと想っている相手が一人ずつ、何人かいたな」
「モテるわね。だけど真剣に恋をしたのは美術の先生……」
「先生を好きになって初めて、それまでのことが単に居心地や身体目当てだと気づいたのさ」