2 巡
この娘は何を考えているのか。
公園で一人寂しそうにしていたから声をかけたが、どうやら人選を誤ったらしい。
「きみの言うオバサンって、どんな人……」
「わたしの父の姉。オジサンに漢字がわかる……」
「伯爵の方の伯母だな」
「あら、思ったより学がある」
「大学くらい、出てるよ」
「大学を出たって漢字が書けない人は多いけど」
「確かに」
「オジサン、就職しなかったの」
「何度かしたさ」
「じゃあ、続かないだけか」
「最初は三年いたけど、上司がバカだから結局辞めた」
「漢字が書けなかったとか」
「広辞苑信奉者だよ」
「何それ」
「広辞苑に出ていない言葉はこの世にないし、広辞苑に書かれていない言葉の用法は間違っている」
「なるほど」
「補足するけど、広辞苑が間違っているという意味じゃないよ」
「わかってるって」
「一事が万事そんな調子だから、こちらの精神が毀れてね」
「被害者か」
「そう」
「今なら裁判で勝てるわ」
「当時のぼくに裁判はムリだな」
「精神をやられていたんじゃね」
「そういうこと」
「でも弁護士がいたら……」
「実態を話すのはこっちだよ」
「世の中には、その辺りを上手くやる、やり手がいるんじゃないの」
「雇う金があるわけないだろ」
「報酬が高額か。でも勝てれば……」
「ほとんどを持って行かれるな」
「世間って厭ね」
「まだ知りもしないくせに」
「そうよ。一部の闇には通じてるけど、まあ、それだけ……」
「きみが身体を売ったことがあるようには見えないけどな」
「オジサンにはわかるの。女は赤ん坊のときから女なのよ」
「ああ、怖い」
「それはともかく、オジサン、生活は……。まさか緩い児童買春で食べていけるとも思えないけど」
「それは、まあ。ときにはバイトも……」
「つまりヒモか。いつからなの」
「それを聞いてどうする」
「将来の参考のため。ホラ、ほとんど女性は自分が男の生活の面倒を見るなんて思ってもみないじゃない。でも事例はけっこうある」
「今は大学のときの彼女だな」
「……ということは、一度はオジサンを見限ったのに戻ってきたとか」
「詳しい事情は聞いてない」
「でも、わかるんでしょ」
「セックスの上手さかな」
「そんな戯言じゃ騙されないわ」
「不倫に疲れたとか」
「バカな女ね」
「そうだな」
「庇わないの」
「アイツだって自分でそう思ってるさ」
「うーむ、そう来るか。……その辺りが大人の感覚なんだな。わたしにはわからない」
「今からわかったんじゃ一大事だよ」
「まあ」
「素直だな」
「いつだって、わたしは素直よ。そうじゃなくなるのは相手がイカレてる場合だけ」
「つまり、ぼくはイカレてないわけだ」
「今のところは……」
風変わりな女子中学生と話すうち、目的の場所に到着する。
コンテナ貸倉庫群の開放された出入口だ。
そこで一旦立ち止まり、辺りと奥を伺うが仲間がいない。
代わりに警邏二人が遠くにいる。
そういうことか。
どうやら、この地での商売が潮時のようだ。
「お巡りさんがいるね。オジサンのお仲間は逃げたのかな」
「……らしいな」
「で、オジサンは……」
「きみが叫べば捕まるよ」
「わたしはまだオジサンに児童買春を依頼されてないわ」
「だがそう主張すれば、ぼくは捕まるよ。どうする……」
「オジサン、逃げ足は速いの」
「未だに衰えてないな、それだけは……。中学のときから選手だったんだ」
「警察官にだって、そういう人が大勢いるでしょう」
「……にしても、向こうは持ち物が多過ぎるよ。制服を別にすれば、階級章/識別章/警察手帳、ここまではいいとして、手錠/警笛、は軽いか、警棒/拳銃/帯革/拳銃吊紐。だから重いし、身も嵩張る」
「物知りね」
「そうでもないさ」
「でも厄介事は御免蒙る」
「普通はそうだろう」
「じゃあ、回れ右して、とっととこの場所を去りましょうか。お巡りさんたち、どうやらわたしたちのことに気づいたようよ」