第四話 偏見
「生きている限り、人は信じねばならない」
「はァ?」
「だから人間は何かを信じるけど、すぐに食べられちゃう」
女はナンダの方に歩いていく。
「信じるものがすくわれるのは、足元だけなんだよ。全人類皆そう」
「だから全員ブチ殺すことにした。怨霊全員でね」
女は髪を逆立てて巨大化する。
「だけど公安はそんなわたしたちの理想をいつも滅茶苦茶にする」
「…」
「私は嬉しいよ…ついに私のところにも公安が来てくれた」
女…否、怨霊は手をトンネルの壁に伸ばし、目を閉じる。
「私は悪いやつが堂々とのさばっているのが一番キライ。だから公安がさも正義の味方のように活動しているのが許せなかったんだ」
「だからこうしてやった」
「んな!…」
「ヒッ!」
「だ、だず…」
「ム゙ゴウ…ガキゴゲ…」
トンネルから生えてきた無数にある手に握られて現れたのは、首吊り状態で足をジタバタさせた公安のメンバー達、とあと一人だれか知らない人。
みんなどんどん顔は赤くなり、干からびるかのように徐々に足の動きも少なくなる。
「さあもっと苦しめ公安の低学歴のバカどもが。その苦しみの姿をこの新人に見せて苦悶を与えてやれ」
怨霊は嬉々として両手に埋め込まれた包丁の片方をナンダに向ける。
「さあ、お前も早く苦悶に歪め」
「助けはこない。頼りになる先輩は今にも死にゆく…そしてお前ももう死ぬ…」
「ほら早く、そのその絶望した顔を私に見せておくれ…?」
それを見たナンダは立ち尽くし、こう言った。
「へェ…人って死にかけるとこんな顔すんだ」
それを聞いたルキが二足歩行の大魚を形作りナンダの隣に立つ。
「こんな顔はするけど、タイムリミットは十分だ。時間がないよ。でもやるべきことは分かるね?」
「ああ。コイツをぶっ殺しゃいい」
「なぜ平然としている…う、歪め!歪むのだ!」
「俺さ、知らねんだよね。こいつら。だからあんま悲しくないんだ」
「…私を失望させたな」
ナンダは怨霊の方に歩いていく。
「ルキ」
「うん」
「殺ろう」
「後悔させてやる」
‐‐
〈作戦通りいこう〉
ああ
〈ゴローからもらった対霊用のソードはあるね?〉
ああ…大丈夫なのか?俺達。
〈心配しないでよ。僕…僕らはちゃんとやる〉
…ああ。
‐‐
刹那。怨霊はトンネル内に一気に冷気を広げる。
「震えなさい!」
大きく欠けた怨霊の口から出てきたのは雪の波動。ナンダ視点だと吹雪だろう。
「なんだこれ!」
「雪だ!ナンダ!埋もれるなよ!」
「わかった!」
「なんだこれ!ネバネバしてんだけど!」
姿勢を低くし、雪の波動を避けるナンダだが肩にいくぶんかへばりついて離れない。
雪がへばりつくごとにナンダは減速していく。
「これくらいでへばってちゃダメだよ!」
するする進んでいくルキとは対象的だ。
「危ないよナンダ」
「どわっ!」
ナンダの頬を冷たい感触が伝わり、離れる。
文字通り怨霊の手刀がナンダをかすめたのだ。
ナンダの頬に一筋の紅が流れる。
「あっぶねぇ」
「素人に私の攻撃が効かない…何故!何故だ!?」
ショックに打ちひしがれる怨霊。
その前に向いた意識を利用し、ルキは後ろに回る。
「後ろが留守だよ」
「「あ!?」」
回り込んだルキが腕を一閃。巨大化した怨霊の体が横真一文字に割れ怨霊の上半身が吹き飛び、下半身がそのまま倒れる。
「僕は生身でお前に干渉できるんだ。見通しが甘かったね」
「な…!」
「その小さな状態ではきっと僕たちには勝てない」
「君はさっさと降伏して祓われたほうが良い。僕達は痛みを伴う方法で君を殺めたくない」
「なん…だと…」
「ふざけるな!これが…この程度で!この私が終わると思うな!」
切られた足が立ち、上半身は…テケテケになり、蘇る。
「いつも!いつもいつもそうだ!人間はいつも俺達を決め付ける!」
「俺は男だ!女じゃない!信じれるか?」
「えぇ?お前が?どう見たって女じゃないか」
「ナンダ!やめろ!」
「ほら!ほら!ほらほらほらほら!み〜んなそうだ!みんな!みんな他人の言う事なんて信じてないじゃないか!」
「そうやって常識から外れたやつなんてみんな死んでしまえって思ってるんだろ!みんな!」
「…なんのハナシだよ」
「どうせ電車の中で出会った無敵の人にお前はこんなやつ死んじまえって思ってるんだろうがぁ!」
「電車乗ったことねぇよ」
怒る怨霊の足の上に銃座が生える。
「いいや思っているね。どうせ授業ではみんな違ってみんないいとか言っておきながらいざ自分がイカれたキチガイに会ったらお前は言われもない罵詈雑言を投げつけるんだろうが!その人がどんな背景を持っていようと知らずに!」
「うるせぇ!ハナシ聞けよ!グダグダグダ!女々しいんだよ!」
「言ったなクソ野郎!『そんな世界なんてなくなってしまえビーム!』」
「どわぁ!」
銃座から放たれた雪玉。
それはナンダの心臓を確実に捉え、ナンダを数十メートル吹き飛ばす。
鈍い音とともに頭から地面に落下したナンダは動かなくなった。
「ヒッ!」
「さてと。あれでお仕置きはすんだかい?」
「いいや、テメェを殺すまでは成仏しないよ俺は」
「僕ももう死んでるから殺せないよ?」
「言わせておけば…」
ファーストパンチは怨霊の鉤爪での一閃。デフォルメ二足歩行大魚であるルキはこれを難なく避ける。
「遅いねぇ〜」
「なんで避けれるんだ!なんで避けれるんだ!」
「ん〜年季の差?まあ仕方ないね」
「悠久の時を過ごした僕にとってはこんな攻撃のスピードなんてミレニアムファルコンの亜音速ぐらいしか感じないよ」
「それ十分早いじゃねぇか!」
「ああ、君も分かるクチかい?でも大体十年後くらいにあるエピソード8は見ないほうがいいよ」
さらに斬撃を躱したルキは怨霊に腕での刺突を入れる。
「ちょうど今の僕みたいに前作の主人公が敵を煽りまくるからね。そんなところ見たくないだろう」
「…」
額に傷を負った怨霊は憤怒の表情で睨み返す。
「俺…私は、最強だと思っていた…」
「この姿になってからこの身着のままでは負けたことがない」
「だが、初めて負けた。完敗だ」
「なら…」
「だが、最後に立っているのは」
ずっと力を溜めていた銃座から巨大な力を持った玉が放たれる。
後ろはこれまで溜まった雪に埋まり、逃げ場はない。
「この俺だ」
凄まじい轟音とともに、辺りは白い粉塵に包まれる。
「こう来ると思っていた」
辺りが晴れ、現れたのは上半身だけが巨大化した怨霊の頭から出現したつららで腹が貫かれたルキ。
「いいねぇ…これで望ましい状態になったわけだ」
口から血を流すルキは、吐き捨てる。
「僕たちのね」「俺達のな」
「フラッシュ!」
いつの間にかトンネルの上部から吊り下がったナンダは手に持ったガラケーでフラッシュを炊く。
「グワッ!」
瞬間。手に持ったナイフで吊り下げる拘束を解いたナンダは落ちざまにルキを刺して動けない怨霊の心臓めがけてナイフを突き刺す。
「や、やめろ!」
鈍い音と共に怨霊は溶け出している。
「やっぱ、お前って雪でできてんだな」
「何をした!」
「お前の体に熱をよく通す対怨霊用の銅でできたナイフを突き刺した」
「これ、ヒートパイプソードって言うらしいぜ?ルキ」
「へぇ。イカしてるね」
「クソッ!クソお!」
「で?どんな味だ?お前が死んだと決めつけたやつに殺される気持ちって奴はよォ!」
「う…うるせぇ!私…俺は負けてねぇ!負けてねぇぞ!」
「ルキ」
「『噛みつき』」
また牙だらけの超巨大魚に変形したルキはすかさずそれを捕食した。
怨霊は、消失した。
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