第三話 君の街と夕暮れ
俺達を乗せた無言のエレベーターが、轟轟と機械音を出しながら下降する。
〈…〉
な〜んか嫌な予感がするなぁ。
「ルキ、隠れとけ」
「え?なんで?別にいいけど」
体のすぐ内側がなにか粘体の物とこすれる感覚があったあと、ルキが俺の体に入る。
「あんがと」
「お前それでいれるならそれで良いじゃねぇか家でも」
「そしたらルキが飯食えねぇよ」
「…すまん」
「因みにルキは飯いらないぜ?楽しみとして食ってるらしいし」
「一生そのままでいとけ」
なんて、くだらない会話。こんなんもいいねぇ。前ん地獄じゃこんな会話なかったかんな。
確か上司が…あれ?なんだったっけ。そもそもなんで地獄だったんだっけ。
いいや、思い出すのもめんどくせぇ。楽に行こう。
〈それがいいよ。考えても何も始まらない。まずはやってみなくちゃ〉
‐‐
「へえ。君が新入り。よろしく。僕、アオイ。よろしく」
「あ、よろしく。ナンダ」
エレベーターを降りた先に待っていたのは、青髪ロングでぐるぐる髪の身長低いでっけえ黒い上着を着た女。すげぇ地味。
地味女だ。
「おいお前、敬語だ」
「ええ〜」
なんて言ってたら、ほら出た。敬語マン。
チャラいくせに敬語敬語うるせぇんだ――
「使わなかったら今日の晩飯、たらこだ」
「すいません先輩!ごじあいください!」
たらこはやべぇ。てかつぶつぶしたやつ全部嫌いなんだよ。
ほんとに死ねる自信あるし敬語使ってやるか…
〈僕はたらこ好きなのに…〉
お前は何だって好きだろ。
「お、新入り。ようこそ第七連隊へ。私が隊長のケイだ、よろしく」
そしてその後に俺に話しかけたのは高身長の温厚そうな男。多分コイツ無口だ。あんま特筆すべきことはないなあ。
黒髪センター分け。
うん、普通の男だ。
「ん。よろし―」
「あー!新入りくん!イケメン!だけどちょっと惜しいかな〜、あ、私ハツミね?」
「へ?」
後ろから話しかけて来たのは黄色い女。
もう全部黄色い。ショートの髪も、靴も、何もかも黄色い。
「ねぇ?なんかかわいいもん持ってない?」
急に黄色い女はどことなくキョロキョロしながらこちらを伺う。
は?
「か、かわいいもん?」
「そう、今めっちゃ可愛いものがほしいの」
「そんなの…」
〈あるよ〉
「え?」
また柔らかい感覚がする。
ルキが、出ていく…。
「だめだ!出る…え?」
光った俺の胸から出てきたのは、かわいい緑の魚の人形。え?これが…ルキ?
「やあ」
「うわ!喋った!」
「すごい!かわいい!かわいいわ!」
「いいの!?」
「いいよ!」
「やったあ!」
いいのか…
「お前最初からこれでいろよ…」
「うるさいなあゴローくん。君を喜ばせても何の得もないじゃないか」
「もう飯つくらねぇぞ」
「ごめんなさい得しかありません」
‐‐
(マエキナ視点)
「ああ、今めっちゃ目に見えるもの全てに死を宣告したい…」
私、前木季菜呼、通称マエキナは返却された解答用紙と個票を手に持ち、密かに落胆する。
具体的に言うと紙を全部クシャクシャにしたあとまた広げてなんかこう全身でドンッってして、ああもうめちゃくちゃにしたい。めちゃくちゃにしたい〜殺したい。
机に八つ折りにした個票と答案をしまいこんだ私に、覗き込む影。
「ねぇマエキナ。それって私達も?」
「そうよ〜エナ。私より成績いい人類は全員滅ぶべきでしょ?違う?」
ここにいる隣の席の私とおんなじぐらいの背丈の短髪ギャルは元竹恵那。ギャルのくせに成績だけはいいからムカつく。それに比べて私は運動できるし。モテる(?)し。いいもーん。
「いや、違うが。しかも勉強してないのはあんたの責任でしょ?」
「うるさいわね!部活やってたら勉強なんてできないでしょ!」
「がさつな女はモテないわよ〜」
「黙れ!」
あー、もうどいつもこいつも。
「私より頭いいの〜」
「アナタが悪すぎるだけなの〜」
「黙れ!」
「うるさい女もモテないわよ?」
「黙れ黙れ黙れ!」
ああ〜なんでこうもみんな頭いいの?
「あ〜あ、将来結婚するなら頭の悪い男と結婚したいな〜」
「は?普通逆じゃね?」
「るせぇブチ殺すぞおどりゃあ!」
「だって意味分かんないもん。頭悪いんだから頭いい男と付き合って結婚すればいいじゃん」
「あーあーあー!エナはわかってないねぇ!!」
「どうした?お前ら。なんか言いたいことあんなら挙手して発言しろよ」
「「すみません!」」
うーわ、最悪、先生に怒られた。あーあ。
「エナのせいだー」
「はぁ?てか早く教えろよ〜。理由とやらをさぁ」
理由?
ふっ…そんなもの…
「そんなもの私が勉強を教えたいからに決まってるでしょ?」
「はぁ?なにそれ?」
「ある日、ひょんなところから私の前に現れたのはイケメン!それも私よりも頭が悪いイケメン!」
思わず私は席を立つ。
「それで、なんかその人に私は助けられて、それで勉強を教えて上げて、それで距離が縮まって…」
「ち、ちょっと!マエキナ!」
「なによ!?」
「皆見てるよ…」
「あ…」
私を見ている目、目、目…
気づけば、教室中の視線が私に。
「ごごご!ごめんごめんない!」
‐‐
授業が終わって放課後。机に教材を出してしまい込む私に、またエナが話しかける。
「もう!なんでああなるといつもあんたは熱くなるの?」
「ご、ごめん…その話になると、つい…」
「もう…。そーだ、テストも終わったことだし、ちょっと行きたい場所あるんだけど、マエキナも一緒に来ない?」
「へ?いいけど、どこ?」
私がエナの言葉に答えると、エナはカバンの中からガラゲーを出して私に見せる。
「ほら、ここ」
「うわ、トンネル…あ、てかここって有名な心霊スポットじゃん」
「お、よく知ってるね〜。はい。ということで肝試しです!」
「ええ〜」
行きたくな〜。早めに断って…
「なんと君目当てのイケメンも来るそうですが、旦那」
「行きます!」
「だと思いました〜!レッツゴー!」
こうしてわたしたちは近場にある廃トンネルに出発した。
「うわ!君!きゃあうぃーねぇ!」
きっついイケメンと一緒に。
‐‐
(神視点、ナンダ側)
「へぇ。ここってこんな形してんだ」
「あ、そうだね。キミは初めて見るね。ここは警視庁本部庁舎。この中に公安警察も隠されているんだ」
「なんかすげえ。バームクーヘンの半分みてぇだな」
「君は食い意地張ってるね〜」
「うっせ」
公安の一行は銀色の覆面パトカーに乗り、対象現場に向かう。
だがその様相は無数のカメラによって映像が撮られていた。
あるところでは通りすがりの好青年。
あるところではホームレス。
そしてあるところでは、警察内部。
全世界の注目が、この剛健難陀に集まっているのだ。
「今回の目玉といえばやはり、とにもかくにも新しく配属された謎の新人でしょう」
「うむ、そうなるな。ニッポンの公安に運び込まれた秘密兵器としての宣伝効果としては最高のショーだろう」
巨大なモニターに、巨大なウツボが巨大な化け物を飲み込む監視カメラの映像が投影され、その前に並ぶのは無数の頭。
その目線がモニターの前に座る人物に向かう暗い密室。
独立以来三百年未だ未熟の国アメリカの最奥部。
全世界の情報の隠された情報のほぼ全てが集まるこの場所でさえわからない情報が今日本の公安に握られているという事実が、この場にいる全ての人間に深い衝撃を与えているのだ。
「やはりダイモンはとてもクールな人物ですね」
「ああ、悔しいがそれは認めねばならない。これは意図的に我々に持ち込まれた情報だ」
「国家防衛にあたって我々が知り得ておかねばならない情報は全て漏れ出ていない点でも、やはり彼の情報統制技術は世界屈指だ。世界で一番諜報員で溢れる国の中の最高の諜報員なだけはあるな」
「クソったれが。焦らしてくるっつーわけかい。ニッポンのお得意技だぜ」
その発言を聞いて会議机の左翼の真ん中に座るオレンジ髪の人物が、立つ。
「これはダイモンからの私達のハタシジョウ、でしょう。ダイモンは我々を誘っているのです。この駒は世界を変える可能性を秘めているぞ?見に来ないのか?と。巨大な釣り針で我々という超大物を釣ろうとしているのです」
「もちろんブラフでしょうが、なあに。足が付かなければ良い話。むしろその情報を得ることができれば我々は他国に大いなるアドバンテージを得ることができる。従って我々はあえてこれに乗るべきです。長官」
その言葉を聞いて激昂し、奥に座る人物を除いて全員が立ち上がる。
「しかしロベルト!だが公安の目をかいくぐってこの人物の情報を集めるのは至難の業だぞ!」
「そうだ!わざわざ友好関係にある国に極秘に潜入する必要もあるまい!外交での圧力によっての解消こそ…」
「シャラップ!」
奥に座る人物が、立つ。
「たとえどんなに困難な状況でも、祖国のために諦めるという言葉はこのCIAには存在しない」
「暴き出すぞ…。日本の公安のモリビトとやらを」
‐‐
「ついたぞ。ここが例のトンネルだ」
ついたのはレンガ造りの赤茶色の廃トンネル。いかにも心霊スポットのようだ。
「おおー。かわいくないわねー」
「へぇー、ここが」
「…帰りたい」
「足震えてるよ?ゴローくん」
「う、うっせえ!」
「うへ!怖がってやんの〜」
「おら、いくぞ」
「うい〜」
一行は足早にトンネルに入っていった。
‐‐
(マエキナ)
「なんか、変な人が入っていったね」
「うん」
「うほ、その横顔も可愛い〜」
「黙れ」
ああもううっとおしい。イケメンだったらいいやと思ってたけど全然良くないじゃんか!むちゃくちゃうるさいしお陰で全然肝試しみたいな気分じゃない!
「ね、ねえエナ。こいつなんとかなんないの?」
「え?ダメだったこのコ?」
「うん。全然ダメ」
「ええ〜カレぴに紹介してもらったのに〜。あ、帰って良いって〜」
「へいへ〜い」
え?
「帰った…」
「じゃあ先行くよ?」
「は?なんで?イケメン帰ったじゃん?」
「はいはい、行くよ〜」
まさか、おまえ…
「ハメたな?」
「クックック…今更それに気づくとは…」
「ハメたよなぁ!お前えええ!!!」
‐‐
(神視点)
ヒタヒタヒタヒタヒタ。
トンネルにこだまするのは四人が歩く足音。
「な、なあゴロー…」
「うっせえボケ!」
「は?」
声を荒げたのは隊長のケイ。彼の顔は顔面全てが真っ赤。怒気に見舞われている。
「はあ?なんでキレてんの?」
「うるせぇ黙れ!」
「ケイ隊長は霊気が強いと怒りっぽくなるんだ。気をつけなよ?新人君」
「あ、へぇ。ありがとうございます」
黄色女にお教えてもらったあと、ナンダは一番端に居るゴローに近づき耳元で話す。
「おーいゴロー」
「あ?」
「なんで俺達こんなトンネルん中入ってんの?」
「お前車の中の話し聞いて無かったのか?」
「うん、寝てた」
「はあ〜!?」
ここでゴローはため息1つ、ナンダに向けて話し始める。
「まず最近このトンネルの中に大雨で土砂が流れ込んだらしい」
「うん」
ヒタヒタヒタヒタヒタ。
「それで土砂どかすために作業員が入って作業してたんだけど」
ヒタヒタヒタヒタ。
「なんかみんな行方不明になっちゃったらしんだ」
「へえ、あのさ」
ヒタヒタヒタ。
「それでここが元々心霊スポットって言われてたから俺達に白羽の矢が立ったってわけ…ん?」
「なんかさ」
ヒタヒタ。
ナンダはゴローから目線を外しアオイ達が居た方向を見る。
誰もいない。
「みんな、居なくね?」
ヒタ。
もうゴローも、いない。
「あれ?」
〈こりゃ、来たね〉
「ようこそお越しくださいました。理想郷へ」
「は?」
ゴローの居た場所から目を離したナンダの前に居たのは、四十代ぐらいのパーマの女。
「この先の出口に行けば、理想郷が待っていますわよ」
「死という、究極の理想がね」
の、バケモン