奴隷ですが何か?
「あはははは!こっちだよ〜」
「待ってよ〜、レオお兄ちゃ〜ん」
他愛もない、戯れ。
世間知らずのバカガキの小さい頃の小さい思い出。
なんて事ない日常。
そして……かけがえのない……大切な思い出……。
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「おらぁ!またサボりやがったなこのグズ!」
バコンッと、殴られた衝撃でぶつかったイスもろともゴロゴロと転がっていく。
今日は木材の伐採作業一日100本のノルマだったが、98本と少しばかり足りないせいで小一時間説教&ボコられタイム。
〝飼い主〟は酒気を帯びており、毎日働かずに〝奴隷〟の俺が汗水垂らしてこの〝飼い主〟を養っている。
当然だが〝奴隷〟である俺には拒否権はなく、毎日が月月火水木金金よろしくの休みなしで働いている。
クソ……奴隷制度なんて許可したの誰だよ?そんな吐き捨てるような愚痴でさえも、〝飼い主〟の前で溢そうものなら一瞬で首チョンパだ。
「ねえ〜え?そんなにコキ使ったらかわいそうじゃな〜い?あっけなく死んじゃったら代わりの奴隷買うのもメンドーだし〜」
チラッと虫ケラを見るような目で流し見る。
その身なりと化粧も誰が働いて稼げたものなのか……と心の中で小さく抵抗する。
「チッ……!サボった分はきっちり働いてもらうからな……家の壊れた穴ボコ朝までに修理しとけ!!さあ〜さあ、ベリ〜ちゃん今日はどこへ食べに行く〜?」
キャハハッ、と楽しそうに甲高い声を上げて出ていく二人。正直ウザったらしいのが消えて心底助かる。
と、そこに……。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
もぞもぞっとベッドの下から出てきた妹が心配そうに駆け寄ってくる。見ればボコボコに殴られ、顔体中があざだらけだった。
「ああ……心配してくれてありがとな、リア。」
黒髪ショートの髪型に、ボロボロの茶色の奴隷服を着た、うるうるな瞳の妹ーーリアが心配そうに上目遣いをしてくる。
あいつら帰ってくるのたぶん朝方だから、早めに夕食食べちまおうぜ。
「ーー!うん、ご飯、食べる!」
奴隷の朝ごはんは基本日の出前、夕食は〝飼い主〟が眠っている最中と、主に夜食べる事が多い。どこもそうだとは限らないが、この家の〝飼い主〟は俺たちが目の前で飯を食っているだけで腹を蹴り飛ばしてくるから、見つからない時間帯に食べておかないと餓死しそうになるのである。
それも一回の食事は決して多くはないが、畑仕事などで何とかやりくりして(くすねて)生き延びている。
「うわあ……久々のパンだ……!シチューもあるし、お水もこんなに……!ボクすっごい感激だよぉ!」
まるで宝石でも見つけたみたいにパァッと瞳が輝く。
妹よ……これが兄の本気だ……!
「お兄ちゃんは食べないの?」
ふと、食事が一人前しかない事に気づかれる。
「大丈夫だ!さっき頃合いを見計らってこっそり先に食べたからな……遠慮なく食べろ」
「そうなんだ……せっかくお兄ちゃんと美味しいのいっぱい食べれると思ったのに……」
しゅん、と残念そうにする妹。
察しの通り事前に食べたなんて嘘なのだが……兄としては育ち盛りの妹にはいっぱい食べていっぱい成長してもらいたい。
「ほらほら冷めちまうぞ、俺は穴ボコ治してくるからゆっくり食べてていいぞ。何かあったら呼んでくれ!」
「うん……いただきます」
少し寂しそうにしてくれるだけでも十分満足だ。
と、やはり久々の美味しいもので心が満たされるように、次第に顔が綻んでいった。
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深夜……。
ふああっと、目が覚める。
馬小屋の中では夜の寒気が身に染みて寒い……。
リアは寒くないか?と、隣に目をやると。
「っーー!!!」
寝る前までそこにあったはずのリアの姿がなくなっていた……。
普通ならよもおしたのだろうかと思うだろうが、リアは今まで一度たりともトイレ含めて俺に相談無くいなくなる事はなかった……。
どこへ行ったのだろう……!?
奴隷は〝飼い主〟が何をしても抵抗できないし、許されない。
奴隷に盗みをさせる〝飼い主〟も、奴隷に殺しをさせる〝飼い主〟もざらにいる。
故に、奴隷を他の〝飼い主〟に売り飛ばすなんてのも珍しくない。
無事でいてくれッ、リアーー!!!
急ぎ足で〝飼い主〟のいる家に辿り着くと、何やら激昂している〝飼い主〟の姿がそこにはあったーー。
「テメェ!〝奴隷〟の分際で俺の食う肉を盗もうとはいい度胸だなぁっ!ああっ!?全く……レオの野郎が代わりに手綱を持つって言うからお情けでお前みたいな上玉のガキでも手ぇ出さねえでやったが……もう我慢ならねぇ!死ぬか売り飛ばされるか……好きな方を選べーー!」
まずい。まずいまずいまずいまずいまずい。
控えめに言ってこれはヤバすぎる。
〝飼い主〟の所有物を盗むって言うのは反逆行為に等しい。死すらありえるレベルで、だ。
やっぱり夕飯が足りなかったのか……?ごめんなリア……。兄ちゃんがしっかりしてれば、こんな事には……
「……ちゃん……の……」
「ああっ!?なんだゴラ?」
「お兄ちゃんずっともう食べてないの!これは……お兄ちゃんのご飯だから、取らないで!」
っーー!
気づいてたのか……リア。俺がいつも自分の分をリアが食べる分に回してるって。
だからあんなに……
『お兄ちゃんは食べないの?』
あれは気遣って言ってくれてたのか……。ごめんなリア。俺がいつもリアの事を思うみたいに、リアも俺のこと心配してくれてたんだな……。
「テメェ……いっぺん痛ぇ目に合わねえといけねえようだな……。〝飼い主〟に逆らうとどうなるかーー!」
「っーー!!」
ボゴッーー!!
リアが目を瞑ったその時、〝飼い主〟の顔面向けてグーパンチをお見舞いされる。
「……っ!お兄……ちゃん……?」
俺はバカだ……。妹が心配してくれる事にすら気づかないダメ兄貴だ。
だから……これが俺のできるせめてもの……
「っーー!!レオてめぇ……自分が何してんのか……わかっているんだろな……?」
「ああ、わかってるよ。だけど、もう我慢できない……。俺だけならまだしも、妹に手ぇ出そうとするなんて……。これっきりだ。もう俺は、あんたの下では働かねぇ!!」
「っーー!お兄ちゃん……」
頬を赤らめてどこか嬉しそうに、だけれどどこか心配そうにじっと見つめる妹。
「ああそうかよ……!今まで養ってやった恩を仇で返すとはいい度胸だ……!ぶち殺してやる!妹は上玉だから売り飛ばしてやる!オレ様を怒らせた事、あの世で後悔しやがれ……!」
パリィッーーと、未開封のワインのボトルを割って凶器と化したガラスをこちらに向ける。
ーーと、
俺はというと台所に向かってマッチを探していた。
「何してやがる?」
「何ってーー」
あった!と、マッチを付けて〝飼い主〟に問いかける。
「それってワインだよな?そんな高いもの、無駄遣いするもんじゃないぜ?」
「っーー!?オマエまさか……!?」
ふいっ、と。火の付いたマッチ棒を〝飼い主〟に向かって投げ捨てる。
ボオオオオオオオオオッ
「うわあああああああああっーー!!!!!熱いっっっ、ああっっ、うわああああああああ!!!!!!」
ワインでびしょびしょになった男の体が、マッチで引火し燃え上がる。
と、その隙に。
「走れ、リアーー!」
「っーー!!」
リアの手を掴んでその場から逃げ出す。
奴隷の俺たちには、まもなく奴隷処罰法が適用され、この国にはいられなくなるだろう。
その前になんとか、他国へ亡命する必要がある。
幸いここ〝飼い主〟の家はこの国《クロスロード国》の端側にあるため、二時間も走り続ければなんとか隣国へ亡命できるだろう。
どれくらい走っただろうか……気がつけば二人共息を切らしながらも、その顔には一切の曇りもなかった。
「なあ……リア……。ハァ……ハァ……俺さ……叶えたい夢があるんだ……!」
「ハァ……お兄ちゃんの……ハァ……叶えたい……夢?」
「ああっ!俺ーー勇者になりたい!魔物も見てみたいし、俺たちみたいに苦しんでる奴らを……ハァ……助けてやりたいんだ!」
「っーー!それ、いいね……!ハァ……ハァ……じゃあ、ボク、勇者の妹に……なる……!」
「勇者の妹……か……!ハァ……ハァ……よくわからないけど……それもいいな……!」
日の出の太陽に照らされながら、二つの影は隣国に辿り着く。
こんなに清々しい気持ちは、奴隷になって初めての事であったーー。




