手作りアクセのプレゼントは重いと言われたので演劇部の小道具係になって沢山つけてもらいます
中学時代、付き合っていた彼女に誕生日プレゼントとして手作りのカフブレスレットをプレゼントした。
自分で言うのも何だけれど、市販のアクセサリーと比べて遜色ない出来であり、彼女にとても似合うデザインの物が出来たという自負もあった。
ところが、だ。
『手作りアクセサリーのプレゼントは重い』
まさかそれが別れの原因になるとは思いもよらなかった。
僕らの破局を聞いた友人達も、ことごとく元カノの肩を持った。
『確かに重いし恩着せがましいよね』
『ぶっちゃけ気持ち悪い』
『女子なんてブランド物を渡しときゃ良いんだよ』
僕は自分が作ったアクセサリーを誰かにプレゼントして喜んでもらいたかった。
その相手が好きな人だと良いなと夢見ていた。
きっかけは小さい頃に読んだ漫画だ。
その漫画の中でヒロインは主人公からもらった手作りイヤリングをつけて幸せそうにしていた。
その姿を見て僕も同じように女の子を幸せにしてあげたいと思い、アクセサリー作りの練習を続けて来た。
でもまさか手作りアクセサリー自体を否定されて試しにつけてすら貰えないとは。
どうすれば僕が作ったアクセサリーを身に着けてもらえるだろうか。
考えに考え抜いた僕は、高校に入学するとすぐに演劇部に入部した。
小道具係であれば演者に身に着けてもらえると思ったから。
そんなシンプルな理由で入った演劇部で、僕は彼女に恋をした。
――――――――
「清水君、あたしの出来てる?」
「うん、はいこれ」
「おー相変わらず良い仕事してるね~」
駿河さんは葉っぱをデザインしたおしゃれ用指輪。
「ねぇねぇ私のは?」
「出来てるよ、はいどうぞ」
「やった! ありがとう!」
瀬永さんにはサクランボ型のヘアピン。
「俺のも出来てるよな」
「まだだよ」
「何でだよ!」
「女子優先に決まってるでしょ」
「正しいけどムカつく!」
「うわ、締めないでよ、ギブ、ギブ、冗談だよ。もう出来てるから」
「え、マジで?」
「はい、ほら」
「よっしゃ、サンキュ!」
曽根崎君には厨二っぽい文字を刻んだドッグタグ。
月に二回ある部活の日。
うちの学校は全員何かしらの部活に入らなければならず、特にこの日は必ず部活に参加しなければならない決まりがある。
演劇部の部室には部員が全員揃っていて、僕は彼らに自作のアクセサリーを手渡した。
いずれも彼らが僕にオーダーしたものであり、演劇部の小道具とは全く関係が無い。
高校に入り演劇部でひたすらアクセづくりに精を出し続けた結果、僕のアクセサリー作りの腕が認められて、二年生の中ごろから三年生の今に至るまで部活とは関係なくこうしてオーダーを貰えるようになったのだ。
もちろんお金(材料費)は貰っている。
無償でプレゼントなんかしたら、中学の時の二の舞だからね。
「清水君の細工、もうプロレベルでしょこれ」
おしゃれ指輪をリクエストした駿河さんが嬉しいことを言ってくれる。
「いいなぁ、先輩あたしも欲し~い」
「滝沢さんはダメだよ、彼氏がいるんでしょ」
僕がアクセサリーを作るのは彼氏彼女が居ない人だけ。
だって好きな相手が他人の手作りのアクセを身に着けているって嫌じゃない?
恋愛トラブルにならないように、その辺は気を使っているのだ。
「つけないから平気ですよ」
「いや、つけてよ。つけないのに何で欲しいのさ」
「だってほら、先輩のお店が将来バズって有名ブランドになるかもしれないじゃないですか。今のうちに仕入れておこうかなって」
「絶対にあげません」
「ケチ~」
価値があると思ってもらえるのは嬉しいけれど、つけてもらえないアクセなんて作りたくないもん。
「それに僕はこれで商売する気はないよ」
「え、そうなんですか!」
「うん、だってただの趣味だもん」
「うっそ~勿体ない」
「清水ならこれで食っていけそうなのにな」
「お店開きましょうよ~」
そう言われてもなぁ。
新規ブランドを立ち上げてバズらせて食っていく、なんて上手く行くとは到底思えない。
それにアクセ作りはただの趣味で仕事にしたいとは全く思ってないんだよ。
「何々、何の話?」
「あ、千笠先輩、こんにちは」
「こんにちは」
僕らの輪に入って来たのは同級生の千笠梢さん。
いつも明るく人懐っこい笑みが特徴的な演劇部のムードメーカーだ。
「清水先輩がお店やらないんですって」
「え、どういうこと?」
「滝沢、それじゃ伝わらないだろ。清水がアクセ作りを商売にするつもりは無いって話」
「そうなの? じゃあ大学は違う関係のとこに行くんだ」
「うん、観光学部に行こうと思って」
「良いね! 応援するよ!」
「ありがとう」
なんとなく選んだだけの道なので、そう真っすぐに応援されると照れくさいな。
「そういえば千笠先輩は清水先輩にアクセ作って貰わないんですか?」
「うん、私アクセって苦手なんだよね」
「そうなんですか?」
「演劇でなら大丈夫なんだけど、普段使うっていうのがどうしても抵抗があって。あ、でも清水君のアクセは凄い綺麗で素敵だと思ってるよ。本当だよ」
「あはは、ありがとう。疑ってないよ」
様々な理由でアクセサリーをつけるのに抵抗がある人がいるのを僕は知っている。
アレルギーの問題もあれば、好みも問題もある。
千笠さんは好みの問題らしく、これまで一度も僕にアクセサリー作りを依頼したことは無い。
「ふ~ん、千笠先輩、前に部室に置いてある清水先輩が作ったアクセをじっと見てたから、てっきり本当は欲しいのかと思ってました」
「見てたの!?」
「はい、バッチりと」
「あはは、恥ずかしいなぁ」
もしかして僕が思っている以上に、千笠さんは僕のアクセが綺麗だと思ってくれているのかも。
すごく嬉しい。
「清水、空いてたら今度は俺にチョーカー作ってくれよ」
「うん、良いよ。希望のデザイン教えてね」
「じゃああたしも!」
「先着三名様まで」
「「「はい!」」」」
「先輩に譲りなさいよ!」
「嫌です!」
「たまには男子を優先してくれよ」
「ケンカしないでね~」
これが僕らの普段の部活風景。
演劇の練習なんてすることはない。
時間いっぱいまでひたすらダベって解散する。
練習するのは演劇部が唯一劇を発表する文化祭の一か月くらい前から。
結果、出来上がるのはお遊戯会。
やる気のない緩い半帰宅部のような部活が、うちの高校の演劇部の実態だった。
そんな中で僕は一人、やるべきことを始める。
「じゃあ僕はこれから演劇用のアクセ作るから」
「清水は真面目だなぁ~」
「あれだけあればもう十分じゃね?」
部室の壁際にはこれまで僕が作り続けた演者用のアクセが飾られている。
そのほとんどが使われたことが無い。
それでも僕は作り続ける。
彼女が舞台に立つときに、少しでもキラキラと輝けるようにと願って。
それは僕がまだ高校一年生だったある日のこと。
当時から演劇部は帰宅部のようなもので、部活の日はダベるだけだった。
いつも通りに時間通り解散した後、僕は忘れ物があったので部室に引き返した。
『どうして分かってくれないの!』
部室の前まで来た時、中から突然女性の大声がして驚いた。
もしかして中で痴話喧嘩でもしているのだろうかと思ったけれど、よくよく聞いてみるとそれが演技特有の独特な声質であることに気が付いた。
『私は皆を信じているから』
『大丈夫、私に任せて』
『私は犯人じゃありません!』
誰かが演技の練習をしている。
演劇部の部員は皆やる気が無さそうに見えたのに、居残り練習する人が居たんだ。
一体誰だろう。
そっと扉を開けて中を覗き見た。
『さぁ行こう! 手を取って!』
思わず息を呑んだ。
決して演技が上手かったわけではない。
演技特有の強い声に圧されたわけでもない。
ただ、真剣だった。
真剣に演技に打ち込む姿が美しかった。
いつもの朗らかな笑顔は無く鋭い眼差しで台本を熟読し、試行錯誤を繰り返しながら表情を変え、抑揚を変え、まるで何かにもがいているかのように必死に何度も何度も演技を繰り返す。
たったそれだけのことなのに、僕にはとても尊く感じられた。
ああ、彼女が舞台で輝く姿を見てみたい。
そして出来る事なら僕の力で彼女が輝く手助けをしたい。
この時、僕は彼女、千笠梢さんに恋をした。
――――――――
千笠さんのことを意識すると、自然と彼女の姿を目で追うようになる。
そして分かったのは、彼女はとても真面目な女性だと言うことだ。
それでいて協調性もある。
「持久走だるぅ~」
「だよねぇ~」
なんて同意しているのに、いざ走り出すと顔をゆがめる程に苦しみながらも手を抜かずに最後まで走り続ける。
「もう勉強嫌だ~」
「私も疲れたかな。少し休憩しよっか」
友人達と一緒にテスト勉強をして、やる気のない相手のモチベを少しでも上げるように工夫する。
もちろん宿題を忘れるなんてことは無い。
日直の仕事や掃除当番をサボることもなく、勉強もスポーツも全力を尽くす。
それでいて真面目ちゃんに見えないのは、やる気が無い女子達と合わせるためなのか適度に手を抜きたがっているように見せているからだ。
女子グループの中で生き抜くため、ある意味、演技をしているのかも。
ちなみに、千笠さんが演技の道に進みたいのかさりげなく聞いたことがある。
「あはは、そんなわけ無いって~」
彼女はあっさりと否定したけれど、居残り練習を知っている身としては簡単には信じられなかった。
「もしそうだったら北高に行くって」
でも彼女のこの言葉で信じざるを得なかった。
僕らが通っている高校の割と近くに、偏差値が近い別の公立高校がある。
そっちは文化部の部活に力を入れていて、演劇部も全国大会に出場する程の実力があるらしい。
演劇の道が好きならばそっちの高校に進学していたはず、と言われればその通りだと納得するしか無かった。
では何故彼女は真剣に居残り練習をしているのか。
その答えは分からない。
でも彼女が演劇をしたいと思うのならば、それがどんな理由だったとしても僕はそのサポートをしたかった。
だから今日も、明日も、毎日ひたすらアクセ作りの腕を磨き、高校最後の文化祭が終わるその時まで、僕は彼女を輝かせるのだと心に誓っている。
そうしてやってきた高校三年生の二学期。
文化祭までおよそ二か月と言ったある日の放課後、僕は部室で一人、文化祭用のアクセを作っていた。
「やっほ~やってる~?」
「え?」
突然千笠さんが部室にやってきた。
僕はこれまで何度も部室でアクセを作っていたけれど、彼女がやってきたのはこれが初めてだ。
「突然どうしたの?」
「なんとなく立ち寄ってみたら誰か居たから、気になって入って来ちゃった」
「ふ~ん、そうなんだ」
校舎から離れている部活棟になんとなく立ち寄る事なんて無いでしょ、とは思ったけれど理由を言わないということは隠したいのかなと思って突っ込まなかった。
「相変わらず綺麗なアクセ作るね~」
「ありがとう」
「うわ、すっごい細工が細かい」
わわ、肩越しに見られると緊張するよ。
「あ、ごめん。作業の邪魔しちゃったね」
「ううん、丁度休憩しようと思ってたところだから大丈夫」
「といって気を遣うのであった。清水君は優しいね」
「そこはスルーしてよ」
「あはは、ごめんごめん」
屈託のない笑顔がとても可愛らしく、しかも彼女と二人きりということもあって内心は心臓がバクバク高鳴っていた。
「それで何か用なの?」
「なんとなく寄っただけって言ったじゃ~ん」
「そうだけど、こうして話かけてきたからさ」
「用が無きゃ清水君とお話しちゃダメなの?」
「そういう言い方は卑怯だと思うよ」
勘違いしちゃう男子が爆誕しちゃうから。
「あれあれ~もしかして清水君って私のことラブだったりする?」
「超ラブラブ」
「うっそマジで!?」
「超マジマジ」
真剣に告ろうかちょっとだけ迷ったけど止めた。
冗談に対して本気で告白する展開はベタだけれど、彼女は別に何かを言いたいような感じがしたからそれを邪魔できなかった。
「そっかそっか、それじゃあさ、私のお願いを聞いてくれたら考えても良いよ」
「お願い?」
多分これが彼女の本当の用事だ。
僕にお願いしたいということは、アクセ関連のことなのかな。
そう思っていたけれど、実際は全く違う話だった。
「清水君も演技やってみない?」
「え?」
それはつまり、文化祭の時に一緒に舞台に上がろうというお話なのかな。
「僕は演技出来ないよ?」
小道具係をやりたいから入部したわけであって、これまで一度も演技の練習をした事なんか無い。
「大丈夫、みんな出来ないから」
「わぁお、辛辣」
「だってそういう部じゃん」
「まぁね」
誰も真剣に演劇なんてやろうとしない。
それがこの部の普通だった。
「だから清水君が役者になっても大丈夫だよ」
「そうかもね」
全員が素人なんだから、同じく素人の僕が大根演技をしても変わらないだろう。
好きな人のお願いだから是非とも聞いてあげたい。
人前に出て演技をするのは苦手だけれど、彼女のためと思えば我慢出来る。
でもそれは僕がやりたいことではない。
ここで演技をすることになれば、アクセを作る時間が減ってしまう。
中途半端なものを彼女に身に付けさせてしまうことになる。
彼女のためと自分のやりたいこと。
その狭間で僕は悩み答えが出ない。
「ごめんごめん、困らせちゃったね。冗談だから気にしないでって」
しまった。
僕が黙っているから彼女の方が待てなくなって諦めてしまった。
優柔不断で情けない。
絶対に何かを言わなくちゃならなかったところなのに。
今からでも何か……でも答えが出てないのに何を言えば良いんだろう。
「良かった」
「え?」
「ううん、何でも無い」
彼女が小さくつぶやいたのを聞こえてしまった。
良かったって何で。
僕は何も答えなかったのに。
一緒にやるよと快諾出来なかったのに。
どうしてそこで喜ぶのだろう。
「清水君は、本当にアクセ作りが好きなんだね」
「え、う、うん」
千笠さんの考えが分からず戸惑っていたら、話が進んでしまった。
「その趣味ってずっと続けていくつもり?」
「そうだね。飽きるまでは」
今はこうして作ったものを身に着けてもらえる機会があるから充実感があるけれど、大学に入ったらそうもいかない。
ただ作るだけの日々になってしまったらもしかしたら飽きてしまう可能性もあるかもなぁ。
「ふ~ん、その趣味で何かやりたいことって無いの?」
「やりたいこと?」
「そうそう、どっかに展示したいとか、プロのモデルさんに身に付けて貰いたいとかさ」
「…………無いかな」
「あ~、今の間は何かある間だぞ~」
「黙秘します」
「良いじゃん教えてよ~」
中学の頃の嫌な記憶が蘇る。
トラウマにはなっていないけれど、否定されたら辛い。
「恥ずかしいから嫌」
「恥ずかしい夢なんて無いよ」
「それっぽいセリフいってもダメ」
「ダメだしされちゃった」
「もっと練習して出直してきなさい」
「厳しい! こうなったら色仕掛けだ」
「ちょっ、やめっ、あはは、それは色仕掛けじゃないよっ!」
脇はダメ!
くすぐられるの弱いんだって!
「ほれほれ、言う気になったかな~」
「あはは、ダメ、だめだって、分かった、言う、言うから!」
「よろしい」
「全くもう」
正直なところ、くすぐったい以上に女子に体を触れられたのが気恥ずかしかったけど、バレてないよね。
「その代わり千笠さんも質問に答えてね」
「え、何の?」
「どうして僕と演技がしたいだなんて誘ってきたのか」
「…………誤魔化されてくれないかぁ」
この絡みはやっぱり誤魔化しだったのか。
「本当に言いたくないなら良いけどさ」
「別にそんなことないよ」
千笠さんは少し困ったような笑みを浮かべながらも答えてくれた。
「青春がしたかったの」
「え?」
「ほら、私達って今年で卒業でしょ。だから最後にさ」
本気で演劇をやって思い出に残したかった。
でも他の部員はやる気が無いから僕に声をかけた。
何で僕なのかは分からないけど。
「な~んちゃって、恥ずい、超恥ずい。我ながら無いわ。あはは、忘れて」
「千笠さ」
「それで清水君のやりたいことって何なの?」
有無を言わせぬ勢いだ。
蒸し返そうとしてもまともに取り合ってくれない気がする。
青春がしたい。
真面目な彼女が、みんなと一緒に真面目に何かを成し遂げたい。
どこまでが彼女の本心なのかは分からない。
でも彼女がそれを望むと口にするのなら僕は……
「プロポーズする時に自作の指輪をプレゼントしたいんだけど……変だよね」
「素敵! 凄い良いじゃん!」
少しばかり頑張ろうかな、なんて思うのであった。
――――――――
テレビCMで女子高生達が水しぶきを被りながら踊っている。
漫画やアニメの中ではクラスで一致団結して学校イベントを楽しんでいる。
成長したら自分もこんなに輝かしい青春を送れるのかなと思っていた。
ワクワクドキドキするような学生生活を夢見ていた。
でも現実は残酷だ。
「こずえっち、日直当番なんて放っといて遊びに行こうよ」
「うっわ、赤点ギリギリだった。セーフセーフ!」
「球技大会とか超だりぃ。サボろっかな」
真面目に頑張るなんて馬鹿馬鹿しい。
青春なんて青くさいものは恥ずかしい。
それなのに恋愛だけは本気を謳う。
キラキラも、ドキドキも、ワクワクも無かった。
教室内はやる気の無い人であふれ、かといって彼女達に合わせなければ学校での居場所は無くなってしまう。
高校一年生にして、私はもう人生に絶望していた。
残る期待は部活動。
でも私はスポーツが苦手だから運動部はダメ。
マネージャーも女の世界のギスギスした戦いがあって私の望む青春とは違う。
それなら文化部だけれど、吹奏楽は苦手、歌もダメ、他に特にやりたいと思える部活は無かった。
結局選んだのは演劇部。
演劇部が活動をほとんどしていないのは知っていたけれど、毎年必ず文化祭で劇を発表するらしいから、少しくらいは青春っぽいことが出来るのではないかと思ったから。
ほとんど期待はしていなかった。
でも私はそこで人生を変える大きな出会いをした。
「はぁ、やっぱり秋まで部活はやらないんだね」
月に二回の部活の日には部員たちが集まって世間話をするだけ。
顧問すら部室に来ない有様だった。
部活をしなければダメな日に部活動をしない罪悪感。
でもだからといって『部活をしましょう!』なんて言い出したら空気を壊すに違いない。
下手をすれば今後腫れもの扱いをされてしまう可能性もある。
結局私は流されるままに何もしない道を進んでいた。
そんなある日の放課後のこと、帰ろうと歩いていたら部活棟の方に一人の男子が歩いて行くのを見かけた。
その男子は私と同じ演劇部に入った一年生の清水悠希君。
アクセ作りが好きという変わった男子で、部活の日の時には雑談をしながらアクセを作っていた。
そのアクセが市販品と言われても信じられるくらいに綺麗で、部員達にすぐに興味を持たれて可愛がられていたから印象に残っていた。
部活の日でも無いのに部室棟に何の用事があるのだろう。
興味本位で彼の後についていった。
部室の前まで来るとそっと少しだけ扉を開けて中を覗いた。
「っ!」
思わず息を呑んだ。
清水君がアクセを作っている。
その姿があまりにも真剣で美しかった。
集中して手元を見て、首筋を流れる汗にも気付かずに細かな作業に全神経を集中させている様子が美しかった。
彼は自分の好きに全力でぶつかっていた。
それが羨ましくて何も無い自分が情けなくて色々な感情がもやもやと渦巻いて苦しかった。
彼の姿を格好良いと思うと同時に、自分も何かをやりたいと叫び出しそうになった。
文化祭であのアクセを私がつけて演技するんだ。
そのことに気付いた時、私のやりたいことは決まった。
――――――――
月日は過ぎ、高校三年生になった。
清水君のアクセ作りの腕はより一層上達し、私の演技は全く上達していない。
それもそのはず、誰かに教わることも無く自己流で練習しているのだから。
これが自己満足だって分かっている。
それで良いと思っている。
だって私は演技が上手になりたいわけじゃなくて、演技の練習に打ち込むことで清水君みたいにキラキラしたいと思っているだけだから。
それに部活に入っているのに部活をやっていない罪悪感を振り払うために頑張っている気持ちもある。
自己満足以外の何物でもないし、誰に迷惑をかけているわけでもないから文句を言われる筋合いも無い。
何も問題無い。
私はこのまま高校生活を満足して終えられる。
そう、思っていたのに。
「綺麗……」
とある部活の日。
誰よりも早く部室に到着した私は、なんとなく壁に飾られている清水君のアクセを見ていた。
部室に並ぶ彼の作品は、純粋な『好き』が込められてキラキラと輝いていた。
思わず見惚れてしまう。圧倒されてしまう。
そして同時に、自分の自己満足な偽のキラキラなんて彼のそれと比べることすらおこがましいと思ってしまった。
結局私は、皆でキラキラしたいと思う気持ちから逃げていただけだったのかもしれない。
清水君のようにキラキラしようとすることで、二人で一緒に頑張っているのだと錯覚して自分を慰めようとしていただけなのかもしれない。
青春がしたい。
自分が本当は何を望んでいたのかを思い出した。
最後の文化祭、皆で頑張りたい。
適当に流すのではなくて、全力で望みたい。
勇気を出して皆に相談してみよう。
その前に、清水君に相談してみよう。
…………
反省。
勢いだけで行動するもんじゃないね。
『清水君も演技やってみない?』
清水君と舞台に立ちたい気持ちが暴走して危うく清水君から『好き』を奪ってしまう所だった。
焦って誤魔化しちゃったから、後でちゃんと謝らないと。
それに私の青春したいなんて青い夢がバレちゃったのがちょっと恥ずかしい。
彼の夢を知れたのは良かったけどね。
プロポーズの指輪、欲しいなぁ……
って今はそれじゃなくて、部員の皆を説得することを考えなくちゃ。
今週末、九月初めの金曜日の部活の日。
例年ならまだ文化祭の話をしないけれど、ここでお願いしてみよう。
そして運命の日。
不安と緊張で部室へと向かうのが少し遅れてしまった。
もう部室には部員たちが集まっているだろう。
部室の前まで来た私は深呼吸をする。
どうか少しでも良いので、皆が協力してくれますように。
そう心の中で願って扉に手をかけた瞬間。
「わ~綺麗!」
「このネックレスも清水君が作ったの?」
「これまでのとはダンチじゃん」
中から騒がしい声が聞こえ、手が止まってしまった。
「次の文化祭用のだよ」
「ええ~これ小道具にするの。勿体な~い」
「あたしに頂戴よ~」
どうやら清水君がこれまで以上に綺麗なアクセを作ったみたい。
どんなものなのか見てみたい。
皆にはアクセが苦手だなんて言ったけれど、本当は大好き。
ただ部活の時間なのに自分のアクセを作ってもらう話をすることに罪悪感があって欲しいって言えなかっただけ。
文化祭が終わったらお願いしてみようかな。
その前に、まずは私の夢を叶えないと。
気合を入れ直した私は今度こそ手に力を入れて扉を……
「ううん、これは文化祭の劇で皆に付けて貰いたいんだ」
清水君の声のテンションに真面目な色が混じり、またしても手が止まってしまった。
部員達の声も聞こえない。
彼らにも清水君の普段と違う様子が分かったのかも。
「僕はもう三年生で、今度の文化祭で部活動は終わり」
そう、うちの学校の部活最終活動日は文化祭の日と決まっている。
私も清水君も、文化祭が終わったら後はひたすら受験勉強だ。
「ということはさ、これらを使って貰える機会も最後なんだ」
清水君はアクセ作りを趣味と割り切って仕事にするつもりはない。
卒業してしまえばアクセを着用してもらう機会が極端に減ってしまうだろう。
「だから、最後に僕が作った渾身のアクセを着けて舞台でいつも以上に輝く皆を見たい」
え?
それはつまり、皆が演劇に本気になる姿を見たいというお願いだよね。
「高校最後に、青春したいです」
清水君……!
清水君、清水君、清水君!
自惚れじゃないよね。
勘違いじゃないよね。
私が青春したいって言ったから、私のために彼は皆に働きかけてくれた。
そう……なんだよね……
胸が苦しい。
狂おしい程に心臓が鳴っている。
あまりにも嬉しくて卒倒しそう。
でもダメだよ、梢。
清水君が作ってくれた道をただ歩くだけなんてダメ。
ここで勇気を出せなかったら、彼の優しさを受け取る資格なんて無い!
「私も青春がしたい!」
扉を勢い良く開き、恥も外聞も捨てて叫んだ。
「皆と一緒に頑張って劇をやりたい! 高校最後の想い出が欲しい!」
本当の自分の気持ちを、青くさい子供じみた願いをストレートに伝えた。
「お願いします! 私と一緒に本気で演劇をやってくれませんか!」
部員達は驚いた様子で私の方を見ていた。
まだ反応はポジティブでもネガティブでもない。
僅かな沈黙。
耐え消えずに私は目を閉じた。
「清水先輩も千笠先輩もどうしちゃったんですか?」
ダメ……かぁ。
「お前ら良くそんな恥ずかしいこと言えるな」
「青春なんて言葉リアルで使う人はじめて見たよ」
「あたしたちそういうの面倒だからこの部活入ったの知ってるでしょ」
知ってた。
多分ダメだろうなとは思っていた。
あはは……でも辛いなぁ。
どんな顔すれば良いのか分からないや。
とりあえず、トイレに行って泣いてこようかな。
「でもまぁ、最後くらいは良いかな」
「え?」
予想外の言葉に驚き目を開けると、同級生の瀬永さんが視線を逸らして照れくさそうにしていた。
「そういうのガラじゃねーけど、まぁ良いんじゃね?」
曽根崎君が、これまた私の方を見ずにそう言った。
「全く面倒なことになったわね。責任取って最高のアクセを用意してよね」
駿河さんが、苦笑しながら清水君と私を交互に見ている。
「皆……いいの?」
答えは無かった。
でも言葉は紡がれ始めた。
「じゃあ主役は私ね!」
「二年生が何言ってるんだよ」
「先輩後輩とか関係無いですよ~だ。やる気がある人がやるべきなんです」
「主役は台詞多いぞ」
「やっぱり村人Aで良いです」
「俺は面白い役が良いな」
「お勧めの役があるわよ」
「何々?」
「木」
「小学校の学芸会じゃねーか!」
「でも多分ウケるわよ」
「うっ……ちょっと惹かれる」
「清水、俺のアクセもっと格好良くしてくれよ」
「例えば?」
「もっと腕にシルバー巻くとかさ」
「派手過ぎてアクセが主役になっちゃうよ」
「そういうもんなのか?」
誰も彼もが熱に浮かされたかのように饒舌に話し始めた。
いつもの雑談みたいにふざけた会話が多いのに、その目に真剣な炎が宿り始めていた。
何からやるべきかとソワソワしだし、奪い合うように台本を手に取り始める。
これがあの演劇部?
夢を見ているんじゃないよね?
「ハイハイ、後でやりたいこと聞くから考えておいてね」
名ばかりだったはずの部長までもが、部をまとめようと動き出している。
「それと千笠さん」
「え?」
その部長が私の方を見た。
「いつまでそんなところに突っ立ってるの。あなたも話し合いに参加するのよ」
「あ……はい」
「その前に一緒に手島先生を呼びに行きましょうか」
何がなんだか分からないまま、私は部長と一緒に顧問の先生のところに行くことになった。
部室を出る直前に部屋の中を振り返って見ると、清水君が優しい笑顔で私を見ていた。
清水君ありがとう!
私、目一杯青春するね!
この日から演劇部に活気が生まれ、毎日遅くまで喧騒に包まれた。
――――――――
「終わっちゃったね」
「そうだね」
文化祭もあと少しで終わりと言う時間帯、私と清水君は二人きりで部室に居た。
高校最後の文化祭は大成功、とはならなかった。
それもそのはず、だってこれまで全く練習してこなかった素人が付け焼刃で頑張っても結果なんて出るわけがない。
台詞は間違えるし、登場タイミングも間違えるし、例年と同じくボロボロだった。
お遊戯会のレベルのまま。
でもみんな笑顔だった。
慣れない円陣なんかして、失敗するたびに裏で凹んでたのに、上手く行った時にはハイタッチしちゃったり。
ケンカもした、仲直りもした、苦しんだ、楽しんだ、大泣きした、大笑いした、沈んだ、叫んだ、距離を取った、肩を組んだ。
最高の青春だった。
「清水君、ありがとう」
「何度も聞いたよ」
「何度言っても言い足りないんだもん」
清水君があの時に話を切り出してくれなければどうなっていたか分からない。
私一人だけだったら空回りして失敗していたかもしれない。
こんなにも素敵な青春を得られたのは清水君のおかげだって信じてる。
だから感謝の気持ちが尽きないんだよ。
「そういえば、やっぱり分からないことがあるんだよね」
「何が?」
「どうして皆、一緒に頑張ってくれる気になったのかな」
誰に聞いてもはぐらかされちゃう。
「う~ん、多分だけど、皆も本当はやりたかったじゃない?」
「え?」
でもこれまで全然やる気無さそうだったよ。
「だってさ、ここって演劇部だよ。本当に何もする気が無いなら他にも部活あるじゃん」
「あ」
確かにそうだ。
ほぼ帰宅部状態になっている部活なんていくつもある。
そしてそれらの多くは演劇部よりも活動が楽。
「人前に出て劇をするなんてやる気が無い人には出来ないと思うよ。だから多分本心では『青春』したかったんだよ」
でも演劇部はやる気が無い部活としての空気が出来上がっていたから、それを自分から壊すことなんか出来なかった。
周囲に合わせる事こそが、学生生活を乗り切る上で一番大事なことだと思っていたから。
私と一緒だ。
「そっか……そうかもね。ううん、きっとそうだね!」
もしかしたら私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
高校生になって誰も彼もがやる気を失っているとすら思えていたけれど、実はただ言い出せなかっただけなのかな。
もしも私が積極的に皆を誘っていれば……って今はそれを考える時じゃない。
清水君と二人きりの貴重な時間なんだ。
今は彼の事だけを考えたい。
「ねぇ、清水君」
「何?」
「清水君も演技やってみない?」
「え?」
あの時と同じ誘いを彼にしてみる。
「ほら、こっち来て」
「前も言ったけど、僕は演技出来ないよ?」
「じゃあ私も前に言ったことを言うね。大丈夫、みんな出来ないから」
「あ……あはは、そうだね」
劇で使った衣装や道具が散乱していて足の踏み場が少ない部室内で、比較的床が広く使える場所を探して移動する。
立ち位置を確認したら、演技モードに入って仰々しく台詞を言う。
「犯人はお前だ!」
「ぼ、僕じゃない! 何かの間違いだ!」
「凄い凄い。無茶ぶりだったのにちゃんと演技になってる」
「もう酷いよ」
前から思ってたけど、清水君ってトークスキル結構ある気がする。
「それじゃあ次はこんなのはどうかな」
再度、演技モードに入って台詞をぶつけてみる。
「私の夢はここまでかな」
「諦めるって言うのか!?」
これは今日私達が演じた劇の一幕。
この後は「だってしょうがないじゃない!」と続くのだけれど、ここからはオリジナルだ。
「諦めるわけじゃないよ。もう、私の夢は叶ったから」
「…………それじゃあ次の夢をみないとね」
本当に凄い。
予想外の台詞をぶつけたのに、即興で返して来るなんて。
やっぱり清水君も舞台に上がれば良かったのにな。
「次の夢は決まってるよ」
高校で青春をしたいという私の夢は叶った。
そして幸運にも次の夢もすでに見つかっていた。
それを清水君に伝えたい。
「そうなんだ。良ければ教えてくれる?」
清水君は私のつたない演技に素直に付き合ってくれている。
聡い彼の事だ、もしかしたら私が何かを言おうとしていることも察してくれているのかもしれない。
私は大袈裟に右手を彼の前に差し出した。
「ここからは君の夢を応援したい」
それが私の新しい夢。
でもこれだけだと私の正確な気持ちは伝わらない。
演技モードを解き、自然体で彼に告げる。
「あなたの夢が叶うところを目の前で見たいの」
鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤になっていることが分かる。
人前で演じている時よりも遥かに緊張している。
そしてそれは多分清水君も同じだと思う。
だって彼の顔も真っ赤になっていたから。
「うん、僕も千笠さんに夢が叶う所を目の前で見て貰いたい」
彼の夢はプロポーズをする時に自作の指輪をプレゼントすること。
プレゼントの相手は当然目の前にいるはずだ。
どうやら私の青春時代はまだまだ終わらないみたいだ。