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  作者: 麻凪貴方
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気づき始まり

いろんなものが見える

私には私には見えている

これからのこと

何をどうすればどうなるのか

だから私だけが

貴方の幸せを叶えてあげられる



 「おはようございます。最近顔色が良いですね。今の先輩は、なんだか前とは違った魅力があります」

そう後輩に言われた朝のこと。何故か満たされないから、それをごまかすように肺にめいいっぱい空気を押し込む。

「おはよう、気を遣ってくれてありがとう。後輩も相変わらず可愛いね」

後輩の顔は少し赤みを帯びた。そのまま、学校へ一緒に向かった。それは冬の鼓動の間隔が大きく頃、太陽が欠伸をしながら地平線から顔を出した時のことだった。



 幸せな光景に違いない、悪い気はしない。息苦しくない、人が大勢いる空間でしていた眩暈はそれ自体が嘘だったっかのように、なくなってしまっていた。私を支配していた世の中との軋轢が消え去った。良いことのはずなのに、何故か悲しかった。

ひたすらに訳を考えていた。どろどろとした髄液が空になった脳髄で、なんとなく考えていた。

 暫くして一つの結論に至った。違和感は亡くなってしまったのだろうか、そう考えた途端涙が出た。私の時間だけが引き延ばされている。時は息を合わせてくれない。四時間目の授業中のことだった。




 「久しぶりの学校だもの、無理しなくてもいいんだよ」

保健室の先生は私にそう語りかける。そして突如、私の自分語りがはじまる。

「私、小説を書いていたんです。すこし厭世的で、誰も死なない。そんな小説を書いていたんです」

保健室の先生は黙って聞いている。

「人が気持ち悪く思えたり、いろんなものが醜く見えたり、いろんなことをわかりきった気になっている自分に呆れたり。そんな思いが脳髄を交差する毎日は息苦しいはずなのに、やけに満たされていました。天使を悪魔が介抱するかのような空気感が、私を支配していました」

保健室の先生は白衣の皺になった部分を気にしていた。

「私はおもむろに小説を書き始めました。小説を書いていれば時間は速度を上げて、私の処理速度を超えてしまうんです。私だけの世界を綴るのはとても楽しくて、病みつきになっていきました。垂れる髄液でしか、私は小説を書けなくなってしまったみたいです」

保健室の先生は欠伸をこらえた。

「今、確かに幸せなはずなのに満たされません、生きていて感じたことのない虚無感が私を包んでいます。ずっとずっと上の空。幸せの微熱は空気を浮かし、未来は春に隠れています。思考の巡らない脳髄は虚空で、宙を映す涙は浮いてしまうんです」

 チャイムが鳴った。保健室の先生はこれを待ち望んでいたかのように、大きく伸びた後、

「話してくれてありがとうね。またいつでも相談にのるよ。もうお昼休みの時間だから、ちゃんとご飯を食べるんだよ」

そう言い残して、この中途半端に白く清潔な部屋から私を追い出した。拘束されていた時間は動き出した。



 お昼休みは朝一緒に登校した後輩と過ごした。可愛かった。黒い髪は絹のようで、肩にかかる程に長い。後輩は私に髪を褒められたのが余程嬉しかったらしく、運動などの時を除いて基本髪をおろしている。

「相変わらず綺麗な髪だね、吸い込まれそうだよ」

後輩は照れ隠しのつもりか髪で顔を覆った。

「こ、こんなこと言うのもなんですけど。先輩、前まではつかみどころがないって感じでしたけど。今はつかめないって感じです。あっどちらの先輩のほうが良いとかじゃないですよ。どちらも素敵で、先輩に見蕩れていなかった時なんてありません」

後輩はまじまじと私の目を見ていた。そんなことに意識が及ばないほどに、私はその時驚いていた。

つかみどころがないのではなく、つかめない。

とてもしっくりくる。今の私はつかめないのだ。

「先輩、どうかなさいましたか」

後輩が心配そうに私の顔をうかがう。

「心配ないよ、後輩には毎日身の回りの世話をしてもっらているし、本当に感謝しかないよ。高校を卒業したら一緒に暮らそうね」

後輩はここ最近で一番顔を赤くした。何故か、古傷が疼いた。

5時間目開始のチャイムがなった。

弁当箱に蓋をして、急いで旧校舎の倉庫から教室に帰る。



 放課後になった。帰れ帰れと鐘が鳴る。わかったわかったと学校を後にする。

この日は、7時間目まで授業があった。後輩は6時間目までだったので、校門で待っているとのこと。

「いない」

残念そうにそう呟いた。太陽が欠伸をしながら地平線に沈んだ時のことだった。

後輩が大切にしていた栞が落ちていた。絶対に後輩がこの栞を落とすことなんてない。後輩は、自身の命よりもこの栞を大切にしているから。

 栞を拾って、私は走り始めた。目的地は明確ではない。でも、走らないと駄目な気がした。

校舎を出て東に向かって走る。ずっと籠りきっていた人間には少々酷だったが、そんなことはすぐに気にならなくなった。

走った。風は止んでいた。信号は全部青だった。私以外が、止まって見えた。

ここからは昼間の独白のようなものの続きだ。

違和感の正体は寿命が貪られる感覚。私の哲学は寿命を貪ることだけを覚えていた。悲しかったのは、その感覚が癖になっていたからだ。つまるところ私は私に酔っていたんだ。そして、そんな私は亡くなってしまったのだろう。今の私は残りかす。次の私はどんな風か、残念なことに今の私に蕾を咲かせるほどの熱はない。冬の蕾は、春になるまで観測不可能。未来は春に隠れている。


 ぽつ、ポツポツ

宙を映す涙が落ちてきた。

 気づいたら、ここにいた。

目の前には黒い絹で作られたてるてる坊主が吊るされている。

川のすぐ傍に立つ倉庫群のような場所だった。倉庫群を囲う壁には当黒組と書いてある。



 その時、違和感が、寿命を貪るだけしか能の無い哲学が、息を吹き返した。歯車が変な音を立てて動き始めた。突如嘔吐、脳髄には大きな負荷がかかっている気がする。いや、かかっている。どろどろの髄液が沸騰している。悪魔につけいった天使が、唐突に悪魔を殺した。夕日に照らされた天使の背中に羽は無く、悪魔の涙に濁りは無かった。

顔を上げて、もう一度黒いてるてる坊主を注視した。

「こ、、、う、輩」

 五感とその他感覚が死んだみたいだった。刹那、私はこの世ではないどこかに通った。

「綺麗なてるてる坊主でしょ、変な雨が降りそうだったから。とても綺麗ですべてを吸い込んでくれる。そんなてるてる坊主が欲しかったの。」

 奥からショートヘアのプリン頭の人間が口パクをしながら出てきた。 

「あな・・・・・・言っ・・・」「・・・いや」

目の前のプリン頭の言っていること頭に入ってこない。視覚以外の四感とその他感覚はまだこの世ではないどこかから帰ってこない。読唇術なんてものは習得していない。何を言っているのかさっぱりだ。プリン頭は早口すぎる。短期に違いない。

「何笑ってんだよ」

今のは絶対こう言ったに違いない。しかもそれなりに荒々しい口調で、顔に皺ができていたんだ。なんだか面白おかしくて笑いがこみあげてくる。勘弁してよ。

 プリン頭がこちらによって来る。すると視線がジェットコースターに乗っている時のように激しく揺れた。どうやら腹を蹴られたらしい。唾液が垂れている。それは、どろどろとした私の髄液に重なって見えた。

 「ふふふっ」

聴覚がこの世ではないどこかから帰ってきた。笑い声が聞こえた、私の。

 「ふふふふっ」

痛覚がこの世ではないどこかから帰ってきた。お腹が痛くなった、激しい痛みが残留している。

 「ふふふふふっ」

味覚がこの世ではないどこかから帰ってきた。胃酸の味がする。

 「はははっ」

触覚とその他感覚がこの世ではないどこかから帰ってきた。私は、地に足がついている。今まで生きてきてこれほどにまで、嬉々とした命の鼓動を明確に感じれたことがあっただろうか。

 プリン頭は気味悪がったのか、二歩引いた。

「先輩、気でも触れたのか」

その顔もまた面白かった。ので、そっとプリン頭に近づいた。

 「プリン頭、いい匂いするね」

嗅覚がこの世ではないどこかから帰ってきた。プリン頭から薔薇の香りがした。


 私は完全に息を吹き返した。


 「なっっっ」

プリン頭は赤面して腰を抜かしている。その面が、どこか後輩と似ていたから。無意識に黒い絹で作られたかのようなてるてる坊主に目を向ける。

 てるてる坊主をそっとなでる。黒い絹の糸の間に指を通す。後輩の顔は冷たくて少しむごかった。

「相変わらず綺麗な髪ね」

そう言って、後輩から指を離した。

「な、なに私を無視してるんだ。後輩は既に物質と化しているんだ。まだ・・・まだ後輩を愛してやまないというのか。それは正常とは言い難いぞ。立派な対物性愛だ」

プリン頭の言っていることが理解できない。今度はちゃんと聞こえているのに、理解できない。後輩は生きていようが、死んで腐敗していこうが、骨になろうが、塵になろうが、後輩だ。

 だから私はそっと後輩を吊るされたワイヤーから離し、ブルーシートの上に優しく寝かした。

「お休みなさい」

プリン頭は何を思ったのか、泣いている。

「先輩は、私のものになるべきだ」

そう、呟いている。

「死んだなら、もう私でいいじゃないか」

そう、呟いている。


 ──────また、古傷が疼く。


雨が降っているから、今日は冷える。


 ──────傷が開く。栞の挟まる頁から、物語は再び紡がれる。


凄く、興奮する。


 「プリン頭、なかなかいい顔と思想を持っているね」

泣きじゃくるプリン頭はきょとんとしている。

「え、えへへへ。そうでしょ、後輩なんかより私の方がずっと」

そこでプリン頭の発言は遮られた。

私は口の中に残る嘔吐物をプリン頭に口移しする。プリン頭はそれを飲み込んだあと、思い切り胃に残っていたものを吐いた。

そして私は両手をつくプリン頭の腹を思い切り蹴った。

「う゛っっ」

プリン頭は鈍く甲高い声を上げた。額を嘔吐物にあてて、泣きながら両手で腹を抑えている。

「せ、先輩」

かすれた声で、プリン頭は私を呼ぶ。

「今、私は凄く興奮している」

「へへ。せ、先輩が興奮してくれるなら。私っっ」

私はプリン頭の話を遮る。

「プリン頭になんか興奮してないよ。愛おしい後輩の死が、私の閉じた傷を開いてくれた。栞は意味を成した。この物語の続きが読める。そしたら私は、また閉じた世界を綴ることができる。」

 プリン頭は困惑している。涙と嘔吐物で汚れた顔でそんな顔をしないでほしい、なんだか捨てられた犬みたいで、かわいく見えてくる。

 「変な雨は止んで、いつも通りの雨が降っている。てるてる坊主は役に立ったみたいですね」

プリン頭は余裕そうな顔でこんなことを言って見せた。

 後輩を吊るしていたワイヤーを二階から解いて、プリン頭の傍まで持ってきた。

「犬になりたそうな顔をしているね」

そう言って私はプリン頭にワイヤーを括り付けた。

汚れた顔でワンと言ってみせるプリン頭、なかなか気に入った。

 後輩を優しく背負って、犬を連れて倉庫を後にした。


 

 家に着いたらまず犬を風呂で洗う。犬を洗い終えたらタオルで拭いて、ドライヤーをあてる。犬もうれしそうにしている。 

 次は後輩の死体を私のベットに寝かす。死んだ人というのは意外と重くて、少し疲れた。

今日一日はもつだろうと、そっと後輩に布団をかぶせる。

 今更になって、あんなにも愛おしかった後輩とご飯を一緒に食べたり、お話したりできないのが凄く哀しい。あの日々を追悼する。傷は開くばかりで、次第に痛みが私を支配する。

呼吸が荒くなる。変な汗がにじみ出る。

「お風呂に入って、ご飯を食べて、それから、、、」

錆びた歯車が、軋んだ音を立てながら私を動かす。


 お風呂に入った。犬がご飯を作ってくれていた。犬なのに、と思う余裕もなく。後輩のことで頭がいっぱいだ。ご飯を食べ終えたら散歩にでも出掛けようかな。

ご飯を食べる私を、犬はうれしそうに見ている。しっぽがないのに、しっぽを振っているのが見える。

うん、犬はいいな。微笑ましい。本能むき出しのわりに主人に従順で、愛しい。

ご飯を食べ終えた。

 「ごちそうさまでした」

そう言い残して、私は深夜散歩に出た。



 冬尽く夜、針のような風が妙に心地がいい。

思考にふける、哲学が寿命を貪る時間だ。

 水たまりに映る三日月を、踏む。夜のこと昔は嫌いだった。幽霊が出るかもしれない、それが怖っかた。

今はそんな事ない、幽霊が存在しないと信じているからではなく、いたとしても怖くはないという意味だ。

人間は自分の好奇心を満たしたいがために神秘の解剖を行う。私もそれに倣おうという事だ。もし目の前に本物の幽霊が現れれば、私は幽霊を解剖する。その神秘を暴きたいのだ。

 物思いにふけっていると、なんの前触れもなく夕暮れのことを思い出した。

考えなしに衝動のまま走り出した瞬間のこと、奇跡的に後輩のもとにまでたどり着いたこと。

そして、生物学的な死を迎えた人間の体は思ったよりも重かったこと。

 さて、あの重さの後輩の死体を犬があの倉庫まで運べただろうか。

否、不可能だ。洗う時に見たが、犬は華奢な身体をしていた。それはつまり協力者がいたことを指し示す。

私はこういうところが抜けているな。自分の哲学の形容を変化させることなく、それの従順な奴隷になることが今の私を定義している。つまり、それが覆らない絶対的な概念として世界の基盤にあり、その他のことは所詮二の次に過ぎないということだ。

後輩と目の前で感情の奴隷になった犬以外に、私の哲学は興味を示さなかった。

 あの場に私と後輩と犬以外の誰かがいた可能性がある。もしくはあの現場をどこからか目撃していたかもしれない。そもそも何故犬があのような倉庫で、あたかも自分の庭のようにしていられたのだろう。なんにせよ、面倒ごとになりそうなら早めに対処しておくことに越したことはない。


 家までの帰り道も家から出かけたときと同じようなスピードで、特に急ぐこともなく帰路についた。

「コウフクを諦めた顔をしているね先輩」

肌を刺すような凍てつく風にのって。その声は私の頭蓋を貫いた。

「だから何、貴方誰」


 夜は始まったばかり。月が主役を演じる劇の山場に入る。



 コウフクを諦めた顔。その言葉はまるでもともと私の脳髄一部であったかのように、簡単に頭蓋を貫いてみせた。


 貴方誰。その問いに目の前の幽霊のような人間は答えない。

「先輩は乖離しすぎている。あまりにも自然体すぎる。とてもこの世に在るモノとは思えないね、ねぇどんなひねくれた思想を持っているんだい」

 とてもこの世に在るモノとは思えない。嫌だな。何故だろう、凄く不快だ。

「後輩ちゃんの死は無事枯れた先輩の養分になれたわけだ。餌の匂いをかぎ分けてあの倉庫まで来たんだろう?」

なんだろう、なんでだろう、凄く嫌だ。

 「幸せを装いたい、とは思っているんだろ?」

何かが胸につっかえる。さ、殺意、或いは未知への好奇心。

後者ならば控えた方がいい、好奇心は猫を殺す。私は、死ぬ。

 「でも、それは先輩を殺すことになる。まさに自殺行為というやつだ。ふふ」

あぁ、なんでだ。一切の拒否を許されない。幽霊の言霊は震えていない。

 「先輩は死にたくないんだ。先輩にとってコウフクとは、死を意味する。つまり先輩は死を諦めた」

妙な息苦しさがあったのはわかっている。家に籠って小説を書いていた時は厭世観が網膜に張り付いて離れなかった。酷く疎く醜い自我が混ざり合う世界を、私の脳髄は極彩色にとらえた。世界を綴る、そして綴じる。筆につけるインクはどろどろとした髄液、人間の醜さそのものを体現した泥のよう。

 何かに取り憑かれたかのように筆を進める。気づけば、


──────網膜には不細工な厭世観が染みついていた。


 一瞬、月は幕の裏に隠れた。舞台の上で視線を集めるのは街灯になった。

街灯に照らされ、奇妙に冷えた道路は無機質な手術室を思わせた。

 「先輩だって死ねるなら死にたいんだ。けれど生きている限り死が怖くないなんてことはない。死が怖くないならば、そんな長生きができるものか。世界には死に繋がれる因果がたくさん在るんだから」

私は今、解剖されている。幽霊が目の前に現れれば解剖してやるなんて意気込んでおいてこのざまだ。

幽霊はよくわからないから幽霊なんだ。解剖なんてできてたまるか。

 「先輩は厭世的なのであって、厭世観そのものではない。割れた鏡に映る厭世観といったところ。そもそも先輩は虚像なのさ。ほら、過去の記憶をさかのぼれるかい?」

ない。そんなことに意識が向いたことはない。私の過去、2年ほど前が限界か。

 2年前、私が命の放棄を許されなかった日より前の記憶が曖昧だ。それより前の記憶へのアクセス権が無い、そんな感覚。

 「わかったかい。先輩は本来、この世にいるべきではないのさ」

この世にいるべきではないだと?聞き捨てならない、私は純この世産だ。私からすれば幽霊の方がいるべきではない存在である。

 「この世に生まれて、この世に在るべきではないものなんて腐るほどあるよ。そもそも、何をもってこの世にあってはいけないものというかは個人に委ねられるがね」

幽霊は続ける。

「まぁ極論を言ってしまえば、当人が醜く感じる世界なんてものは、その当人が死んでしまえば消えてしまう。つまり、当人が死ねばすべて解決する。そういった考え方もあるわけだよ」

この幽霊はつまり、幽霊にとって私が醜く歪な存在であるといいたいのか。とんだやつあたりだ。

「先輩は、人ならば誰しもが持つあらゆる世界での、独立した存在権を放棄してしまったのさ。そしてこの世界では運悪く。いや、奇跡が起きた。それは・・」

「は?」

思わず声に出してしまった。そんなこと言い始めれば幽霊の方だって、この世にはいてはいけない存在だ。存在権を失い、地に足が付かなくなり、あやふやになるから幽霊なのではないのか。

 「先輩のしかめっ面は面白いな。まぁ僕は現代のヒトの世にいてはいけない存在のようなものかな。先輩とは別種ってわけさ。この世にいてはいけない存在ではない。」

幽霊は続ける。

「先輩はこの世と物凄く相性の悪い世界、この世ではないどこかから帰ってきた魂のようなものだよ、その身体の命の穴を通ってね」

幽霊は私の身体を指差す。


 突如、脳裏に黄泉帰る記憶──────


「五感とその他感覚が死んだみたいだった。刹那、私はこの世ではないどこかに通った」


 私は、黄泉帰った・・・

死の記憶が傷跡と題した命の穴から流れ込む。 


 ───私は呪われていた

  夢に呪われていた

 

  確実に呪われていた

  呪いに祝われていた

  福音に睨まれていた


    頭蓋で響く不協和音は

    死を嘆いていた


    明日は晴れていてほしい

    祝福してほしい


    無機的な夢は太陽の光を絞った

    有機的な夢を抱いていたかった

    気付けば夢は呪縛になっていた


    さようなら愛しき夢よ

    幻想が蔓延る大地は枯れてしまった───


 『少女は身を投げる。

静脈血のような色合いの世界は死に向かう以外の選択肢を残してはいなかった。

「死が美しいなんて寝ぼけたことをほざいていたやつは誰だ。死も知らぬ浅はかな哲学が、この世界を見てもなお同じような戯言を吐けるのだろうな」

少女は最後に大気を震わす。随分と大きな独り言。

死装束を着た少女は躊躇いなく、枯れた大地から滲み出る泥が堕ちる「 」に身を投げる』


綴じた世界は私の生まれてから死ぬまで、その世界を読み解くことで、私は貴方を綴ることができた。

「私も貴方も、あの世に通じたのね。」

この身体に語りかけるように、目を閉じて右眼の上の額に手をあてる。

「私が何者か、それを教えに来てくれたのね。幽霊さん」

そして澄んだ瞳で前を向く、幽霊は消えてなくなっていた。

 

 月が再び舞台に戻ってくる。


 「僕はよくわからないから幽霊なんだ、読み解かれたら、それこそ僕は死んでしまう。自殺なんて趣味はないんだ。全く、奇跡を侮っていたよ」

幽霊は先輩の覚醒を前にして、悟り、すぐさまその場を後にした。文字通り幽霊のように、先輩の前から消えてしまったのだ。


 「肌に刺さる寒さが心地いいな」 

一言、そう言い残して今日の夜の散歩はおしまいになった。



 ただいま、心の中で呟いた。

足音が聞こえる。きっと犬がしっぽを振って出迎えてくれるんだろう。

扉に手をかける。ふと足元に視線をやる。月に照らされた扉からはみ出るそれは、泥のようにえぐみのある黒色をしていた。

私は扉を開けた。

「おかえりなさい、先輩。追いかけてきちゃった」

夜という演劇も終盤に差し掛かり、それに合わせて浅瀬に足を運んだつもりが、どうやら私は深海にまで来てしまったらしい。夜の深さは命を搾り取るような重圧をもたらす。

泥は後輩の足元にあるナニカから、私の足元にまで続いていた。

「それは何?」

どこか妙な懐かしさを帯びた後輩に問いかけてみる。

「私が聞きたいですよ。なんなんですかこれ」

少々起こり気味に私に言葉を投げかける。

「何って、それは、っ」

肺が圧迫されているようで上手く息を吐きだせない。

「それは、犬だったものだよ。後輩を幽霊と拉致って殺したんだ。」

後輩は納得いっていない顔をしている。

「ふーん、そんな酷いことした犬を何故先輩は飼っていたんですか」

深呼吸をする。肺に空気が入ったことを確認してから再び重い空気を震わす。

「嘔吐物と涙でぐちゃぐちゃになった顔が捨て犬みたいで、ついつい拾っちゃったって感じかな」

後輩は安堵した顔を私に見せた。

「先輩ってそういう天然っぽいところありますよね、よかった、変わってなさそうで」

「人はそんな簡単に変わらないよ」

私は即答した。 

「ふふっ、でも思考の志向性は柔和的で、変わらないというのは思考の物性みたいなものが変わらないということだ。でしょ」

後輩も即答した。おかしい、これは私の哲学で、後輩の前で顔を出したことがないはず。

「先輩、なにか困ったことでもあるんですか・・・あっ、もしかして犬の死体の跡片付けですか!?」

授業中、わかったことを報告したがり元気に手を上げる小学生を思わせる。今の後輩はそんなふうだった。

そして笑いだした。

「先輩もおかしなこと言いますね。私たちはこの世ではないどこか・・・」

「それはわかっている」

反射で即答。

まぁ、それを自覚出来たのは幽霊との邂逅が引き金だったが・・・まて、今主語がおかしくなかったか。

聞き返したいのもやまやまだが、この重圧が支配する世界では発言が容易ではない。私が喉を震わす前に後輩が喉を震わせた。

「いやいや。わかってないでしょ。先輩、やっぱり奇跡的に穴に落ちちゃった人なんですね」

奇跡、その単語には覚えがある。幽霊がなにか言いかけていたような気がする。

「奇跡・・・穴って命の穴のこと?まって、それ以上喋らないでネタバレだよ。とりあえず、潮が引く前にこれを片付けないと」

「なるほど?ネタバレは避けた方がいいですね。わかりました。では、この家を捨てて拠点を新しく作りましょう。ほら、荷物をまとめてください!」

ピクニックに出かけたがる子供のようだ。なんて思いながら勢いに負かされ、私は自分の部屋からボールペンだけもって家を出た。愛用しているボールペンだ。


 太陽がアラームの音を耳でとらえ、まだ布団に入っていたいと駄々をこねる一時の超深夜。

私と後輩は夜逃げする。玄関から出るとき、足元を這う泥は赤黒だったことに気が付いた。なんとなく、泥を指ですくって唇に塗ってみる。

 さぁ、お出かけだ。


これが先輩にとって初めてのおめかしとなった。そして、その一瞬が最後のおめかしだった。


「なんだか、あまり美味しくないな。吸血鬼の味覚っておかしんじゃないの」

唇を舐め、そう吐き捨てて後輩の後を追う。



 私は後輩の後を追う。家から飛び出して、電車に乗る。勿論無賃乗車だ。

「えっ、ちょっとこれ犯罪!」

まぁ、犬をなんの躊躇いもなく殺した後輩に無賃乗車は犯罪だなんて糾弾するのは、なんだか莫迦げている気がするから諦めた。

 電車は山に向かって進む。

がたんごとん、ガたんゴとん、ガタンゴトン。

 後輩が口を開く。

「なにか察せましたか先輩」

なんだその口調、自分で作ったクイズを親に解いてもらってるけど、親は予想外に難航してなかなか答えてくれず、特別に大ヒントと題した核心でないヒントをあげたあとに高揚した面持ちで答えを尋ねてくる子供みたいな口調は。

「うん、まぁ後輩が後輩らしくないというか。この世ではないどこかから帰ってきた後輩は随分と破天荒なんだなって、察したよ。犯罪し」

「駄目!」

「うわっ、なんだよ後輩、何が駄目なの」

「いいですか、私は後輩なんです」

「ん、うん。存じているよ。私の愛しい後輩でしょ?」

ほっ、と息を吐いて椅子から立ち上がる。

「あと2時間くらい、電車に揺られましょうか」

 そういえば、無賃乗車が受け入れられている現状を享受していた。

「2時間か」

私は後輩の言葉を繰り返し、栞の挟まった頁から物語の続きを読むことにした。


 2年間、私が読み解いてきた物語はとても抽象的で独創的で、主人公は眼前に死が迫る場面でさえ、生きることへの執着を捨てなかった。まるで、命そのもの。時に過酷な場面がありながらも、何とか切り抜いてきた。まぁ、主人公は私なのだが。私は一度この人物に命と名付けてしまったから、私は私のことを、せめてこの章が終わるまで、命と読んであげようと思う。

今回は、その続きを読み解いていこうと思う。


 命は暗闇を落ちていく。熱を帯びた底なしの穴に飛び込んだのでした。

それはが倒すべき魔王の住む城がこの穴の先にいるからです。

 果敢に魔王城へと向かう命でしたが、魔王はそれを恐ろしく思い、命に加護を与える女神に攻撃することにしたのです。

勿論、女神は魔王の奇襲を予想していました。しかし、魔王は思いの外強く女神はこのまま戦っていては死んでしまう。そう予感しました。

 だから、女神を司る大神に私の生命力を犠牲にして、命に大いなる加護をお与えくださいと願ったの出す。

大神はその願いを承諾しました。

 命は大いなる加護を受け魔王のもとまでたどり着きました。魔王の隣には血まみれで今にも息が絶えてしまいそうな女神の姿が。

 それを見たは命は激情に駆られ、加護の力を用いて魔王を・・・・・倒せませんでした。

 大神が魔王に与していたのです。大いなる加護は女神のもとに早くたどり着かせるためだけに与えられたものでした。

 女神の加護が切れたことを感じた命はそれでも生きることを諦めようとはしませんでした。

だが大神の加護を受けた魔王は非常に手強く、命はそこで魔王に敗れてしまったのです。


 邏苓。」荵???蛟ォ轢ャ:一章 完


 ふむ、題名が文字化けしているような。いや、私が題名の文字列を認識しようとしていないだけだ。

しかしなぜだろう、この物語を読み解くたびに孤独感、喪失感に襲われれる。視神経の興奮に合わせて、網膜に張り付いた不細工な厭世観が起動する。

この物語は、私がこの世ではないどこかで経験した話。なはずなんだけれど、まるで実感がないし、神話みたいだ。なのに何故だろう、この物語に蔓延る空気感が最悪に人らしい。 

 というか、これ、私が死んでしまっているんじゃないか?こんな記憶は流れてこなかった。もっとこう、厭らしい死に方をしていた。少なくとも、自分以外のために戦って死んだ様子ではなかった。

何故だ。私の読む物語のはずなのに、でもこれは確かに私の魂に刻まれた傷だ。

分からない、わからな・・・


 「先輩!着きましたよ、私たちがこれから過ごす町に!」

電車を降りるとそこは、周りが木々で囲まれた無人駅だった。

「先輩、気づいたら寝ちゃってるんですもん」

若干拗ねながら無人の改札を飛び超える。もう突っ込まない。

私も後を追った。

 「私寝てたのか」

「はい。ぐっすりでしたよ。難しそうな貌をしていました。見ていたのは悪夢ですか?」

なんとなく、物語を読み解いていたことは言わない方がいい気がした。

「あぁ、悪夢だよ。見ていたのは」

そうか、私が物語を読み解いている時、貴方の身体は寝てしまっているのか。

「というか、ここはどこ?」

後輩は振り向かず、答える。

「私の記憶によれば、この変に別荘があるはずなのですが」

「そこに住もうってことね、なるほど」

まぁ、そんなとこです。

 私と後輩は、駅から暫く道なりに歩いた。

「のどかだ」

私は言葉を口から零した。

「先輩が人間嫌いなの知っていますからね」

くるんと、後輩は一回転した。黒い絹のような髪は健全で、後輩の回る姿は形容しがたいほどに、なんとも美しかった。

「綺麗だ」

また零した。

「私がですか?」

「うん、後輩が」

後輩の顔は少し赤みを帯びた。

なんだか、時間でさえ急ぐことをやめてしまうほど穏やかな空間がこの村にはあった。人の姿がなく、この世が生きていることを示すのは自然のみ。

それも相まって、後輩の赤面に異常なほどに懐かしさ、愛おしさを感じた。

 すると突然、

「こっちです」

そう言って隣の藪に後輩が突っ込んだ。

「ちょっ、ちょっと待って」

慌てて後輩の後を追う。

藪を抜ければそこには大きな民家があった。よく足元を見てみると道の痕跡があった。

「ここが今日から私たちの家です」

後輩は別荘と言っていたが、これは祖母の家とか、その類ではなかろうか。



 後輩は玄関を開ける。施錠されていなかったのか、家の中の状態が酷く不安だ。

「じゃじゃーん!綺麗でしょ?」

驚いた、一切の荒らされた形跡もなく。また、電気が付いているのを見るとインフラも通っているようだ。

ぽかーん、と口を開けて驚いていた。感心して後輩の方を見るとなにやら自慢げな顔をしていた。

「凄いよ、この民家外見をぱっと見たときはげんなりしたけど。これよく見てみると落ち葉とかが被っているだけで生きている。ずっと誰かが管理していたにしては周囲が荒れすぎているし」 

 ぐら~

眩暈がした。突如視界に重なる記憶があった。ふらつきそうになるのをぐっと堪えて、なんともない顔で後輩の方を見る。

後輩の自慢げな顔は、教えたいけど教えてしまうとネタバレになるので頑張って堪えている顔に変わっていた。

なるほど、これも私たちの在り方関連なのか。

「言わないでね、私はできる限り自力で読み解きたいの」

答えを言いたがる生徒を言いなだめる教師のような口調で、私はそう言った。

「わかってますよ。ところで、先輩の読み解いている物語ってどんな内容なんですか?」

ん?後輩、私の物語を把握したような雰囲気じゃなかったか?

「先輩、教えてくださいよ。先輩の読み解く物語はいったいどこにあって、それがどんな内容なのか。

何回かカマかけて私たちの在り方関連だってことはわかったんですけれどね」

してやられた。

「いやだなぁ、そんな顔しないでくださいよ先輩」

おそらくこの後輩は私たちの在り方に詳しい。仮に今の在り方が私と同じなら素直に情報共有しておいた方が無難だ。私は私自身の在り方でさえ不鮮明なのだから。だが、私たちの在り方が違うのなら、未だ捉えきれてない後輩の前で私と貴方のことについて話すことなどない。なんだか、本能がそれを許さない。

「はぁ、後輩もやっぱこの世ではないどこかからやってきた後輩なのね。私、後輩には物語について話していたもの」

後者だ、後輩と私とでは在り方が違う。そんな気がする。物語という形であっても、これは私の哲学の源であるし。私自身ともいえるもの、そうやすやすと魂の所在を晒してたまるか。

「そりゃそうですけど。私じゃない後輩には話したんですか?」

話してなんかない、あの子は深く心の領域に入りすぎず、しかしいてほしい時に居てくれる。そんな子だった。

「話したよ。軽く概要をね」

後輩は拗ねた顔で下を向く。

「私には話してくれないんですか?私、できる限り自然な形でお話を伺おうと頑張ったんですが・・・」

そんなことを言われたって知らない。今の後輩は危険な香りがする。

「んん、別に話しても大した内容じゃないいんだよ。だからあまりこの話題に能動的になれていなかっただけで、話してほしいなら話すけれど」

後輩は目を輝かせている。

「是非お願いしたいです!先輩大好き!」

はは、困ったなこれは。後輩の面でそんな顔されてもね、可愛いんだよこんちくしょう。

「私の言う物語とはね、簡単に言うと構想なのさ。ほら、私って一応小説かいてるでしょ?それの構想を頭で一通り練った状態の小説の前身のようなものを物語と言っているのさ。だから、物語の在処は私の脳みその中かな」

後輩はやや納得がいかない面持ちだ。

「在り方についての小説ですか?それはあまりにも危険すぎるんじゃないかと思うのですが。余程の信頼をこの身体をもつ後輩ちゃんにしてたんですね。というか、わからないものについてどのように小説を書くのですか?」

残念、それら諸々の質問への答えは一通り用意できる。

「勿論前の後輩のことは誰よりも愛していたし信頼していた。それとね、分からないからそれをテーマにしてるんだよ。構想を練る際の束縛が少なくて書きやすいんだ」

それっぽいことを言いながらも引っかかる言葉が先の後輩の発言の中にはあった。あまりにも危険過ぎるとは、いったいどういうことなのだろうか。勢いで尋ねてみよう。

「あとすまないが私には分からないことがある。どうして危険なんだ?」

「先輩はそれを知りたくなかったのでは?自分でこの概念について考えたいという旨を仰っていた気がしますが」

くっ、この後輩は意地悪だ。

「あぁ、先の後輩の言い方は妙に物騒だった。まるでそれを他人に知られてしまっては命が危機に晒されてしまうみたいに聞こえたよ。さすがの私もそれには堪えるね」

後輩は私のためになれると意気込んだのか、ついに!といった面持ちでそれについて語り始める。

「先輩は奇跡の存在ですからね。それについて分からないのも無理はないですよ」

後輩による授業が唐突に始まろうとしている。民家の囲炉裏を挟むようにして私たちは向かい合った。

「いいですか。この世、否、私たちが存在し得る全世界線において、人でありながらも不可思議な存在である者どもが居ます。この者どものことを通称、妖と言います」

早速突っ込みたい内容だが自粛する。後輩は意気揚々と話を続ける。

「妖には主に二パターンあります。一つは私のような濃い血をもつ一族に生まれ、その因子が開花するタイプ。二つは先輩のようになんらかの因果律の狂いに巻き込まれて妖になってしまうタイプ。一族ぐるみで妖と背中合わせだと当然ながら、妖であることの取説のようなものがありましてですね。私は血が開花してまずそれを叔父から教わりました。これが一族ぐるみの妖の利点ですね。妖としての振舞い方を知ることができる」

ちょ、ちょっと待って。後輩が妖?それは前の後輩もなのか?

というか、その言い草だと私も妖だということになる。

「ここまでで何か質問はありますか?」

「いや大丈夫だよ」

兎にも角にも、話の全容が見えるまでは様子見だ。

「ここで先輩に私が気づいてほしかったことがあります。これは妖云々の話ではなく、私と先輩だけに共通していることです」

気づいてほしかったこと、犬を殺しても罪に問われなかったことと無賃乗車がお咎め無しだったこと。私たちは本物の免罪符を所有しているとかかな。

「それはですね。私たちはこの世ではないどこか、まぁ言うなれば元の世界ですね。そこからやって来たこの世界の異物であるということです。故に世界は私たちの存在の痕跡を残したがりません」

「待って、この世ではないどこかって私たちが今いる世界と同じようなものなの?」

私は慌てて問いただす。

「ええ、そうですよ。所謂並行世界というやつですね」

おかしい。あの死の記憶で見た世界はあまりにも現実と乖離しすぎていた。

後輩は何かを確信した素振りを見せる。

「先輩って、元の世界の記憶が欠如していたりします?二年以上前のです」

何故それを、何故二年前以上前の記憶がないことを知っている!?

「その顔図星ですね~」

得意げな顔のまま後輩は自分の能力の説明を始めた。

「私という妖はありとあらゆる可能性を視る能力、そしてそれに微力ながら干渉する能力をもっています。つまり、先輩がこの世界に移ったあとも、私は元の世界から先輩をあらゆる世界線の中から血眼になって奇跡的に一年半でこの世界を見つけれました」

エッヘン、と胸を張り話を進める後輩。

「そしてこの世界にもこの民家があることは元の世界に居たときに把握済み。先輩とは元の世界にいるときよくここで一緒にお茶を飲んだりしてたんですよ。だから、連れてきた時の反応の薄さを見て、もしかして、とは思ってたんですよ」

もう分からない。頭がごちゃごちゃしている。

この後輩の魂は先の後輩の魂と別の魂ということ。それはつまり、これまで一緒に過ごしてきた後輩とは別人であること。あぁ、頭が割れそうだ。

「先輩顔色悪いですよ。大丈夫ですか」

「ははっ。つまり、後輩はこの世ではないどこかから帰ってきたわけではなく、この世ではないどこかからその体を奪ってやって来た侵略者みたいなものか」

「おかしなことを言いますね。先輩だって同じじゃないですか。その身体を使ってこの身体の持ち主だった後輩ちゃんをたぶらかしていたくせに」


─────そうだった。都合のいいように自分のことを棚に上げていた。記憶がないからといってないがしろにしていいことじゃない。私は貴方を見て見ぬふりしていた。それは事実だ。素直に受け入れよう。そして今も受け入れよう。貴方に詫びよう、今から行うは贖罪。



「確かに、知らないからといって許されることではないね。無知は罪だ。だから知ろうとする姿勢には人間としての最上級の美しさや生命力が宿る。私はまた知ることができた。ありがとうね、後輩。いや、犯罪者さん」

突如犯罪者の顔が酷く歪んだ。それは憎悪と諦めと覚悟と殺意が混沌とした表情。

「先、輩、、、?」

あの夜を想起させる。そんな息の詰まる重圧のある声。犯罪者は視ている、ありとあらゆる可能性を。

だが、私の方が一手早かった。

「犯罪者、後輩殺しの犯罪者」

あの夜を想起させる。そんな凍てつく針のような言葉。

「な、、なんで!なんで!?なんでよ!!!!!!」

ここは既に深海だ。犯罪者は今にも潰れそうだった。

「私は犯罪者を読み解いた。たったそれだけ、でも色々知れた。ありがとう」

犯罪者の顔から血の気が引く。

「あはっ、これって、、、そうだったんですね」

後輩は神と対峙するようにして、畏怖を抱えた眼で、こちらを覗く。

「先輩は、先輩のはずなのに。どうしてこんなことするんですか」

命乞いに使う声で、犯罪者は私に尋ねる。

「私が愛するのは後輩だけ、犯罪者は後輩の着ぐるみを着ているだけで、後輩じゃないんだよ」

幽霊が暴きかけていた先輩の存在が、先輩自身によって解明された。世界は青ざめた。厭なものが目覚めてしまったのだと。

「風があの夜に似ている。誰かが完全覚醒させたのか。全く、僕は避けたつもりだったんだけれど。ギリ掠めていたのかな」

どこかの夜で地に足つかぬ風来坊が風に言葉を乗せる。

民家での夜。

「犯罪者さん、最後に何か言い残すことはある?私、犯罪者さんを消すつもりだから、一応ね」

世界より青く、黒く、暗く、鈍い、犯罪者はそんな顔をしている。

「私は、先輩が好きで。たったそれだけのために生きてきたし、天文学的確率を乗り越えてきた。その末路がこれだというのですか?冷たいですよ、あまりにも」

得体を知り得たと、優位に立っていると、錯覚していた人間の哀れな姿が。

「そうかな、けれどね。私の愛おしい後輩を殺した罪からは逃れられない。だってこの罪は犯罪者さんが選んだ道の付属品だもの」

確実に犯罪者の首を、先輩の言葉は締める。

「嫌だよ、死にたくないし。先輩のために色々してあげたし。先輩のことは私が一番よく分かっているし、私が一番先輩のためになれるし!無償の愛の行き場がこんな結末だなんて、、」

「何を言っているの。無償の愛?犯罪者、それは本人が語ってはいけないことだよ。語れば瞬にしてそれはカルト愛になる。最後に随分とナンセンスなことを言うね」

「いや、違うよ。そんなことない。これはね、これはね、、、」

先輩の言葉は完全に後輩の魂を捉えていた。

先輩は、ポケットから後輩の栞を取り出し手に持っている。それは、不思議に犯罪者の脳天に刺さった。犯罪者はそれに抗う素振りすら見せず。怯えながらも、それが逃げられるものではないと理解させられていた。

「多くを見た気になっていたんだ。あまりにも見えるから、人より多くを得た気になってしまったんだよね。」

脳天に挟まれた栞は、開くものとして機能する。

「犯罪者のそれは、愚かにも人間の陥る錯覚で。多くを見ているから、目の前の私のことすら。いいえ、犯罪者自身のことすら見えていなかっただなんて、灯台下暗しとはよくいったものだと思わない?」

否定も、許されない。もはや、犯罪者は暴かれた。

「犯罪者、その在り方は本棚にある本の数が自分の知識、またそれ自身そのものだと錯覚した愚かな人間。故に自らに目を向けることなどなかった」

これから存在は終わりに向かう。一度追放された身で、行き着く世界など無く。奇跡がそう何度も起きてたまるか、落ちる穴もなく、犯罪者の魂は文字通り虚空を彷徨うことになる。

「ほんと人間っていうのは莫迦しかいないのかな、一番近くに居る自分自身のことすら分からずして他の事象、ましてや他人のことなど理解るはずもないというのに」

そっと後輩の身体から栞を抜く。

後輩の身体は過ごすはずであった時間を急速に取り戻し始めた。やがて腐敗が始まり、囲炉裏の焔が、温かい暖かい橙が、後輩の身体を優しく抱きあげた。

左様なら、愛しき人よ。私が齎した災厄によって此の世を去ってしまった人よ。



私は、全てが混沌とした白世界に浮かんでいる。

私は、浮かんでいる。

人生を振り返る猶予。

静かに能力に縋ってみるが、もはや見えるのは自身の姿のみ。

初めて知った。

私はこんなにも幼き心であったことを。

全ての事象を多角的に捉えれているように錯覚していただけで、究極私の主観には変わりなかったことを。

目を背けることばかりが上手くなっていく、そんな憐れな姿の有り様を。

過ごしてきた時間量だけを武器にする人間となんら変わりないことを。

私は、視れるだけ。その本質や背景に触れたことなんてなかった。

他世界への干渉も、所詮神様ごっこ。本物には勝てっこなかった。


子供の頃、月がどうすれば兎に見えるのか観察するように。

少女は自身の最後の鼓動の残響が消えてしまうまで、それはもう熱心に自身の観測に励んだ。

幼き子が月をどう見れば兎に見えるのか観察するように。


浮かぶ

浮かんで

次第に曖昧になる

うかんで

あい昧になる

しずかに褪せる

残きょうが亡くなるてまえ

ふと

あのヒトの透徹なシセンのさきが

キにナッタ─────


第一章:余所柄(よそえ) 未悠(みゆう) 

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