第17章「繋ぐ決戦」_5
「びびらせるなよ」
「終わったんだよね?」
ヒグルは、そっとそう声をかけた。
白鈴は、すぐには答えなかった。考える時間を持つと、(長くはなかった)集中はできないなかどうにか見つける。
すると、大鳥の祠で大きな揺れが起こる。
彼らは事態を飲み込めない。なんでもない「揺れ」とは考えなかった。
白鈴は天井に目をやる。その先――。夜の空で、何が起きているかを知る。
その頃、空では山を二つ三つ飲み込める大きさの球体が顔を覗かしており、少しずつ地上へと迫っていた。
「揺れ」は続かず、次第に弱まり、何事もなかったかのように収まる。
「いや。まだだ」白鈴は言った。
「えっ?」
「まだ終わっていない」
「終わってない?」上井は繰り返す。
「待てよ。どういうことだ。『蓋は開いたままだ』っていうのか?」
ああ、と白鈴は頷く。
問題は解決していない。
糸七も困惑している。「あれでは、倒せていなかったのか」
「いや。倒したはずだ」
「それなら、なんで?」
「そんな。どうしたらいいの?」
いなびは不安に駆られた。それでも彼女は微かな気配にはっとして振り返る。
視線の先には、男が立っていた。
「火門?」
この場に、大湊真道がいる。立て続けとなり間違える者も多いだろうが。
「屋水姫、じゃあねえな」目黒は確信していた。
「ユウ橋以来となるな」
彼は近付くと、そう言った。
「一足遅かったんじゃねえか」
「いいや。そのようなことはない」
彼に焦りの色はないように見える。状況は理解しているだろう。でなければ。
「白鈴……。屋水姫と、呼んだほうがいいのか」
「どちらでも構わない」
「では、屋水姫。刀を抜け。橋の上での続きといこう」
「それは、どういう冗談だ」目黒は言いつつ、体に力が入る。
「いま、そんなことしている場合ではないよ? 封印が、解かれているんだってば」
いなびの警告など無意味である。
白鈴もそうだった。二人は抜いた刀を鞘に戻さない。戻せない。なぜなら。
間近と迫る、大鳥の祠で火ぶたは切られる。
戦う必要はない。相手を傷付けることができないのだから。そして、斬られることを受け入れるべきだが。
「まさか。そういうこと?」ヒグルは理解する。
「そこを退け」
容認し難い者はいる。二人の争いに、糸七は割り込む。
「なりません」
口を出そうと、彼が勝てるはずもなく。彼でなくとも勝てるはずがなく。
「待って。白鈴は。屋水姫は」
「知っている。だからだ」
火門はシュリの体であるというのも承知している。その上で、国を選んだ。
「私が、この手で終わらせる」
どのような因果にせよ、国の為だから斬られよとは。
屋水姫が死を恐れたのは、それはあまりにも残酷な行いであると判断したからだ。
あの夜から始まり。漸く事終わり。
安らかな時が訪れようとした。
そのはずが、すんでのところで彼らに歪みが生じる。
慌てる理由もない。白鈴は落ち着いていた。周囲を見渡すが、無人である。
「これでわかった?」
屋水姫が背後から声をかけた。その姿は、以前の自分と瓜二つである。
「ああ」
「お前は、斬られる。このままだとな。なぜ火門に潔く差し出さなかった? お前は、大湊の国を救いたいのではなかったか」
「私の中にはまだ、白鈴がいる。小花もいる」
「やはりな、結局か。お前もそうだったということだ」
「……そして、シュリもいる」
彼女は黙り込むと、徐に手を差し出した。
「手を取れ。あの男を倒そう。お前となら、やつを倒せる」
白鈴は首を横に振った。
「なぜ? なぜだ。お前だって、悩んでいたはずだ」
「己の在り方に悩むことはあっても、誰かにそれを委ねるつもりはない。その先は破滅だ。私は残したいと思った。ずっと彼らと見てきたからかもな。もっと傍で、見ていたいと思えた」
「私は認めないぞ」
「わかってる」
白鈴は彼女が拒絶するだろうとはよく心得ている。
このあと、彼女が無理やりにでも続行するのも。
鬼が、私を支配下に置こうとするのも。
白鈴は、切っ先を向ける心構えはもうできていた。
「なんの真似だ? まさか――。お前は――。一緒に死ぬ気か?」
金雲流。鬼殺し。一本刀。
それは二つに分けての太刀筋。まず一つは鎌鼬の如く、相手の急所を狙う一手。
そして、少し遅れて詰め寄る白鈴。
そして、もう一つ。さらに遅れてやってくる。
屋水姫が得意とした技。花の気、風来たる。
「やめろ」
春燕。
これにて国の命運を分ける大鳥の祠での戦いは終わりとなる。




