第17章「繋ぐ決戦」_4
人々による、必死の抵抗が継続されているが、そのあいだも大鳥の祠では蓋は開いたままである。現状のまま、誰ひとりも止められるものがいなければ、(その時代に生を望み奮闘したすえにツキビトが残したものであろうと)あっけなく封印は解かれる。
白鈴たち彼ら次第となろうが。
とはいっても、どうにもならないことだってある。
とうとう屋水姫は姿を変えた。人の姿をやめて、これまで幾度かと戦ってきた『大湊の化身』へと状態を移す。
人間の体では、彼らは立ち上がる。
更なる力で押し潰そうと考えた。
屋水姫は戦闘を続け、しばらくして相手の隙を作ると、終幕を迎える手段を用いる。
黒色の球体が浮かんだ。それが、彼らを襲った。
彼らは経験している。上井といなび、二人は危惧していた。『あれをやられると、勝ち目がない。』それだけでなく、それ以外も、注視していた。無論、事の成り行きを見ていたのが、二人だけなんてことはない。
上井といなびは、屋水姫を妨害した。しかし、そのうえで、黒色の球体は彼らを襲う。
早い話が、痛みを軽減させるほかない。そうして彼らは力及ばず追い込まれる。球体に飲まれてもなお立ち上がるのは、白鈴一人のみとなる。
苦境に陥ろうと、彼女は矛を収めることはなかった。
消えぬ火は消えない。
希望を失わず、迷いもなく、刀は振るわれる。
以前にも増して互角とも思える戦闘を続ける。
そうした彼女の背中を見て、立ち上がるのは。
目黒は起き上がると、白鈴と共に戦った。
彼は本調子とはいかずとも、屋水姫に会心の一撃を与えることに成功する。拳を突き上げ、打ち上げる。
そこで、反撃を防ぐのはヒグルである。彼女は魔法で援護する。
屋水姫は見るべき対象があるはずだ。よそ見をするべきではない。白鈴と糸七は近付くと、更なる追い打ちをかける。
彼の黒槍は鬼を貫く。頭の半分を消し飛ばす。
満足してはならない。屋水姫に支障はない。
空中にいる彼を、複数の腕が襲い掛かる。
糸七もそれなりに対応はできようが、彼に手を貸すのは上井といなびである。
屋水姫は大鳥の祠天井から下りなかった。非常に不快であった。そこから再び黒い球体を生み出す。
地上で、白鈴は予測していた。彼女は既に用意している。
埋火蝶――猿猿猴。
黒き球体と火おびる刃の衝突。
その中を抜け出る、一人の女。――白鈴。
彼女は屋水姫の前に現れると、一太刀浴びせる。
埋火蝶――猪武者。
鬼を打ち払うのではない。亡びを望んだ屋水の神『屋水姫』。彼女は勝利を目前にして跡形もなく消え失せる。
大鳥の祠に、一時的な静寂が訪れた。その場にいる誰もが手を止める。
「倒せた?」
「倒したのか?」
ヒグルと目黒は同じ意味のある言葉を言った。状況を受け止めきれなかった。星ひとつない空を眺めた時と等しいぐらいには。
白鈴は斬ったあと、そのまま地上に着地している。彼女はひどく消耗を感じていた。
安全なのか。
彼女の火は、屋水姫が消えようと燃え続けていた。方が付いたと告げるようにそっと弱まる。
「やったな」
糸七の一言で、彼らは彼女のもとへと集まった。
「なんとかなったな」目黒は言った。
「ああ」と糸七は頷く。彼は存分に動き回れるほどの体力は残っていない。
彼らは騒ぎはできないが、ほんの軽く喜びを分かち合う。達成感を得て、それを共有できる相手がいるからだ。これまでになく苦しい戦いだった。
「白鈴?」ヒグルは声をかける。
どうしても、それは気になった。
なぜなら彼女は何も言わない。身にしみる実感でもしているのか? そうではない、とは見て取れる。上のほうを眺めていた。そこには何もないというのに。
「おい。どうした。白鈴」
目黒の声にも、彼女は反応ひとつ示さない。
抜け殻のようだ。どちらかと、燃え尽きたかのような。
「これで、よかったのかな?」
いなびは小首をかしげた後に、しばし考え、その場にいる「まごつく彼ら」に問う。
「よかったかはわからないが、国の滅亡は免れたのではないか」
上井はそう答えた。彼女の不安はよくわかる。自分たちが先程打ち倒したのは、長きにわたりこの国で祀られていた神様である。
屋水姫が、『大湊の化身』を復活させようとしたのは確かだ。彼女は国の滅亡を望んでいた。おかげで死んだ人は大勢いる。操られていたわけではなく。すべて自分の意志だった。しかし。
災いから遠ざけてくれる。恐ろしい鬼から私たちを守ってくれる。そう教えてもらってきた。お社まで行って、手を合わせたこともある者もこの中には少なくともいる。
どこか身近な存在でもあった。私たちの見えないところで。私たちの知らないところでといったように。屋水には今でも、住人の家には鈴がある。
この数年、屋水姫がしてきたことは。屋水姫が私たちの傍でこれまでしてきたことは。
「そうだけど。そう、だけど……」
「望んだとおりに動いたか」ヒグルは呟いた。彼女は正確に覚えていた。忘れられなかった。「屋水姫も、この国を救う気持ちがあったってことだよね」
「やる瀬無い気持ちでいたのだろう」糸七は言う。「負の塊である鬼を倒したところで、ほかに解決するすべがなかった。私にはなんだか、会った時よりもずっと人間のように見えた。屋水姫も、死を、殺されることを恐れているように見えた」
「鬼に触れ過ぎたのかもな。あるいは」上井は黙ると、彼女に目をやる。
目黒は流石に心配し、歩み寄ると肩に触れた。
「白鈴。おい。平気か? どうした?」
目が泳いでいる。「……すまない」と彼女はやっと口にする。




