第16章「星のない夜に」_6_END
一枚葉が落ちる千年桜、その下では祈り続ける屋水の巫女がいる。受け入れようとする彼女の周りを光の粒が舞う。
彼女は目を開けると、徐に立ち上がり、次に桜の木を見上げた。
そこへ――ヒグルはやってくる。
「シュリ?」
「私だ。ヒグル」
「白鈴」
帰って来たばかりで、ヒグルは喜びを感じた。けれどもそれと同時に力が抜けた。崩れるように倒れそうになったところを、白鈴に助けてもらう。
「無茶をする」
「でも、白鈴のこと。すこしだけ、わかった。やっぱり白鈴は」
限界のようだ。彼女は眠ってしまう。「シュリ」と小さく口にする。
「成功したようだな」
糸七だった。彼は駆け寄って来て、そう言った。
目黒はというと、彼はいまいち状況を理解していない。
「ええっと、白鈴、でいいのか? 見た目は、シュリのようには見えるが」
「ああ。私だ」
「その感じ。みたいだな」
糸七はヒグルをわずかに見ていた。「シュリは……」
「シュリは、まだここにいる」
白鈴は胸の辺りに手を当てた。感じていた。そこにいるとわかった。
糸七は顔色ひとつ変えず話題を変える。
「動けるのか?」
「お前たちこそ」
「俺たちは気にすんな。それで、どうなんだ」
「以前の体とは言うまでもなく違うが。……シュリの体だな。どうしてだろうな。温かい。ひとつひとつ。ああ、動ける。心配するな」
「終えたところ早速ですまない」
余韻を掻き消すかのよう。アオバが彼らの前に現れる。
「城に向かってほしい。東姫の命が狙われている」
彼らに、休む暇もない。
男の名は雲残。大湊の国お抱えの忍びヌエとして活動していた彼は、七年前の戦で死んでいる。飛びぬけて優秀。一部では「その優秀さ故に危険」とまで言われた男である。
彼が育てた忍び。その中には上井ヒユウ彼もいる。
七年前に死んだはずの人間が生きていた。枯れ谷で上井が訝かる訳だ。
上井には親がいなかった。尊敬に値する人に拾われ、その縁でヌエ雲残が親代わりとなって技術を教わり、忍びとなった。
幸畑市蔵とは彼の後輩にあたる。
ヌエは間関衆とは異なり、「里」を知られていない。
忍びであること以外は。いなびの母のように正体を隠している。
たとえば、もう一人。幼い頃から正体を隠しつつ、ある女性の友達として生きてきた者もいる。立場が変わろうと、傍にいることが決まっていた。
忍びヌエ。「緑川」と呼ばれている女だ。
各地で騒乱が起こる。大湊城城内にミドリはいた。『安全』であるはずはなく、鬼が城を襲った。敵の狙いは。
「急がなければ。待っててくれ。……タマキ」
ミドリは負傷している。鬼との連戦で体力が尽き、歩くことさえままならない。
けれども、命に替えても、役目を果たそうとする。
「シュリ様? ――いや、ちがう。誰だ」
そんなミドリの前に現れた女は、「顔見知り」に思えた。
彼女は察した。敵であると。
「ここは通さん」
今にも倒れそうな体で踏ん張り短刀を構える。
相手の女は無言。
油断するな。知った者でも信用するな。
タマキは懸命に守る。最後の時まで力を振り絞ろうとしていると、さらに顔見知りが二人ほどぞろぞろとやってくる。
「お前たちは……。では、シュリ? シュリ、なのか?」
ヒグルは問う。「東姫は?」
「この、先だ」
城から外へと通じる抜け穴がある。
白鈴は抜け穴の奥へと急ぐ。説明は不要と考えた。
ミドリは呆然としていた。
ヒグルは近寄る。「ひどい怪我。これ全部」
『影武者? 鬼を、城に? 理解できん』
『惚れた男の顔ぐらい覚えとるわ。この戯けが』
「姫様は最初から見破っておりました」
「それって」
「私のことはいい。とにかく姫を。タマキを」
「タマキってたしか」
「ここは任せろ」と糸七が言う。
ヒグルは頷くと、先に向かった白鈴を追いかける。
抜け穴を蔓延る鬼。ほとんどが倒されていたが、まだ少し残っていた。
彼女が到着するのは、さほど大変ではない。
東姫はどうやら無事のようだ。間に合った。タマキがいる。白鈴がいる。そして。
狙われていると知り、城から逃げる東姫。抜け穴にいた鬼から彼女を守っていたのは「かかし」だった。
空にも負けない薄暗い場所で、あまり知られていない隠れた事実が判明する。
抜け穴には柄木田もいた。大量に出血する彼女に、「魔法使い」は近付く。
「お母さん」
「……ヒグレか」
喋ることも難しい。
「綺麗に、なったな」
柄木田五言。彼女は息を引き取る。
研究熱心で、人とか、まったく興味がないんだと思ってた。
東姫は妊娠していた。




