第16章「星のない夜に」_5
アオバの力で『入口』は現れた。今回、ヒグルは一人でそれを使う。間際に千年桜から葉の音が聞こえる。
彼女の目に見える世界は、どこかの森だった。ヒグルは恐れず鬼がいる道を進む。蛇が案内を務める。
世界には所々歪みが見られた。『夜』の影響なのか?
ヒグルは立ち止まらない。彼女は思考する。
それだけではないとわかったからである。おかげで奥底で感じていた死の恐怖が和らぐ。
「ここは……」
屋水周辺にある森だ。先には街道、そこを歩くのは。小さな女の子。
「白鈴?」
彼女だと確信した。すると居場所が目まぐるしく入れかわる。
知らないうちに、ヒグルは屋水のお社にいる。
追いかけてきたつもりだが、蛇はどこにもいない。
「あの人は、シュリの?」
境内を歩く若い女性は、屋水の巫女リュウ。シュリの姉である。
ヒグルは「姉だ」とわかる。
本殿で眠っていない。境内には他にも人がいる。彼女には弱った面影などなく、姿勢を正し、幼さ儚さよりも健康的で美しさを感じられる。
おそらく、こちらが見えていない。大鳥の祠でも経験した。その時も干渉できなかった。
「アレ。もしかして」
埋火蝶陰影。巫女リュウが手に持っているのは、白鈴の刀である。
ヒグルは目が合う。
巫女リュウがまるでこちらの声が聞こえたかのような反応をした。
鈴の音が聞こえる。
振り向くと、そこは屋水のお社ではない。
「ヒグル。ここにきては駄目だ」
「白鈴」
景色は全てまやかしだ。なぜなら、この場所はどこでもない。思い出の切れ端。
しかし、彼女の目の前にいるのは。
ヒグルは歩み寄った。
「よかった。また会えた」
「来ては、ダメだ」
「ううん。イヤ。守ってくれようとしてるんでしょ? いや」
ヒグルは彼女に触れる。
どうしようもない恐怖が和らいだのも、すべて彼女が助けてくれたのだろう。傷付けたくないと。
息苦しさは増している。
けど、彼女は何も言わない。
「ねえ。一緒に。見ていい? わたしも」
すると、周囲の景色に変化が現れる。
――拒めなかったのか。それとも。
それは、初夏の季節が訪れて間もない『屋水』。勇敢な馬を用意した、二人の姉妹が屋水を出て、はゆまへと向かった、ある日のこと。
ここで見たものを、ヒグルは疑わない。正しきらしき歴史。
姉は、妹を紹介しようとした。その日、『大湊真道』と密会の約束をしていた。
以前見たものとは「異なる箇所」がある。
姉の姿は同じ。しかし、妹である彼女の姿がまるで違う。
一言で表すとするなら、歳が離れている。彼女は十二の姿である。
そしてもう一つ。
「わかったんだ。私は『白鈴』ではなかった」
「うん」
「屋水が襲われたあの日、お社で死んだ姉妹の幻影に過ぎない。姉の名が、白鈴。妹の名前が、小花。私は小花で、白鈴であって」
駅馬神風大桜に向かった姉妹は、生き物たちの群れを見たあと、猪の鬼に襲われている。
鬼に攫われた妹小花は、『大湊真道』によってその命を救われる。
「この火門は、本物?」
「だと思う。わからない。だと、おもう」
『どこかの家で鈴が鳴る。』
姉妹二人にとって忘れてはならない。それは大事な一日。
その夜、屋水は炎に包まれる。
異変に気付いたのは姉白鈴だった。姉妹の母は、白鈴にお前が狙われていると告げる。小花と共に逃げるよう促す。
「火門は、既に死んでいる?」
「ずっと戦ってきた、火門だと思っていたのは、もう一人の私だ。大湊の化身も、姿を変えた、もう一人の私。あのなかにもう一人いるが中核は彼女だ」
姉妹はお社に逃げる。姉である白鈴は、妹である小花を本殿に連れていく。
「彼女が火門に成り済ましていた、ということは、既に死んでいるのかもな」
「じゃあ、この火門は」
「偽物だ」
「にせもの」
姉の白鈴は、暗がりからお社に現れた『大湊真道』を本物だと認識している。
だから、殺されてしまった。
大鳥の祠で見たものと違う。前々から聞いていたとおりの結果だ。姉が目の前で火門に殺された。そして次に、その妹である小花が火門に殺されている。
だがこの火門は、『大湊真道』ではないらしい。
「少しずつ、わかってきた」
ヒグルはそう言うと、白鈴を探す。彼女は背後に立っていた。
景色が変わる。屋水のお社ではない。ここは――大湊城城内の研究施設だ。
周りに研究員が数人いる。硝子の中には。
「白鈴」
「私はこの中で三年眠っていた」
「施設で、なにをされたの?」
見向きせず柄木田が横切っていく。
「いろいろだ。私が、取り残された。きっと、私は邪魔だったのだろう」
「邪魔……」
『あの人は何を考えているのかわからない』研究員が愚痴をこぼしている。実験の失敗について言っているようだ。強引に目標値を変えたからあのようなことが起きてしまった。
『呪いは打ち消せなかった』『これでは同じ結果だ』『こっちはどうするつもりなんでしょう?』
「これでわかったか。もう一人の私。彼女が決めて、この国は亡びへと傾いている。向かっている」
「そうだね。わかったことがある。二人を、姉妹を殺したのは火門ではなかった」
「……そうだな」
「白鈴。戻ってきてほしい。一緒に、戦ってほしい。このままだと大湊の国が」
「言ったはずだ。彼女も私だと。私には、どうすることもできない」
「どうしてこの国を亡ぼそうとしているの?」
「憎悪。だろうな」
「白鈴は、それでいいの? 亡んでもいいって」
彼女は黙ってしまう。沈黙が流れる。
「二人の願いがあって、白鈴はここにいる。そうでしょ?」
「それは勘違いだった」
「ほんとにそう?」
ヒグルはそのようには思えなかった。
「いつだって私たちのそばにいてくれたのは誰? あなたは、誰?」
研究施設から離れた。そして彼らと出会った。時が過ぎていくなか、旅が続き、より多くの人と触れてきた。
「間違いでもいい。私と。ううん。私たちと。共に明日を見届けてほしいんだ。傍にいてほしいと思ってる」
「……最後のは、ヒグルの願いだろ」
「うん。そう。そうだよ。私からのお願い」
「私には、私と――彼女ともう一度戦える力は残っていない」
白鈴は『声』に気付く。
「……シュリか? そうか。決めたのだな」




