第15章「大鳥の祠」_5
守ることはできなかった。
――変わらなかった。
「いたっ」
白鈴は目を覚ました。腕に痛みが走った。周囲は淀んでおり暗い。真っ暗で何も見えない。しかし腕を掴まれている。掴まれているのがわかる。からみつく闇がとけて次第に晴れていくと、そこにはヒグルがいる。
濁る白鈴に混乱が襲う。けれどそれは一瞬である。なぜなら。
ヒグルがそこにいるということは。
「見つけた」
声は光に満ち溢れた魔法のようで。『闇』が完全に晴れると。その場には彼女たち二人しかいない。
飲み込まれる前のことを説明する。人型の鬼と戦っていた。『大鳥の祠』最深部を目指していた。返事をして、鬼に連れていかれそうになったところ、ヒグルがその手を取った。白鈴と一緒に、彼女は移動する。
ずっと探していたようだ。そして彼女は一部分を見ていた。姉のことも。母のことも。大湊についても。桜の下。夜中。屋水の火災。
あれは、どこまでが真実だというのか。
少なくとも、火災の日、私は姉と共に逃げて、姉に本殿に隠れていろと言われ、姉が大湊に殺されたのを覚えている。これだけは忘れていない。
ここはどこだ?
二人でしかと行動する。怪我はない。休んでいる暇などない。
行く先は皆同じだ。しばらくして白鈴は離れ離れとなっていた仲間たちと再会する。
全員無事なようだ。大湊真道の目的を阻止しようと意気込んでいる。
そうして大鳥の祠の入口に辿り着くと、かたく閉ざされた扉は見る影もなく既に破壊されていた。大湊の仕業だろう。他に誰がいようか。刀で斬った形跡がある。
奥から、ここまでなんどか感じたことのある邪悪な気配が漂っている。
「このままだと」シュリが言った。
「急ぐぞ」
怖気づいてはいけない。信じて、進むべきだ。
立ち止まるわけにはいかない。白鈴はだれよりも特に気を引き締めた。
大鳥の祠の最深部、広々とした規模の大きい丸天井の下に男が立っている。
ここは地上とはかけ離れている。植物の立派な根と、所々光が差し込んでいる。それは月から届く光のようではあったが、時間でいえば夜になるにはまだ早い。
「まさか復讐だけで、ここまで追って来るとはな」
彼は落ち着いていた。あと少しで達成のはずだ。念願ではなかったのか。興奮気味ではない。あるいは確信しているのかもしれない。
「復讐をするためにここまで来たと思っているのか」白鈴は用心しつつ言う。
「違う、というのか」
「違う」
「ほお」
彼は澄んだ目で眺める。何もしないのが不思議なくらいに。
「いいか、覚悟しろよ、火門。てめえの企みもここまでだ」目黒はそう言って指差した。
白鈴は先程過ごした屋水での記憶がちらつくなか(集中したくても頭にこびりついていた)、その場の状況を把握する。
「大湊は、私がやる」
「あ? おまえ。なにいって」
「他を頼む」
「ほか?」
ここにいるのはあの男だけではない。鬼に囲まれていた。音もなくすっと姿を見せたのは、針男と火女である。
「違う、か。まあいい」火門は刀を抜いた。「阻むというなら来い。戦おう」
大湊真道。彼との戦いはこれまでにいくつかあったが、白鈴が勝てたことは一度もない。
彼女は本来の自分を少しずつ取り戻している。
しかしながらその激しさは増すばかりで、とても底が見えなかった。
「恐れているのか?」
白鈴は何も言わない。最中に言葉などもう必要ないと考えた。
すると、火門は乾いた笑いを浮かべる。
「なにがおかしい」
「お前が。失うことを、恐れていると思うとな。楽になればいいだろ」
彼は一方的に中断した。決して優しさなどではない。彼は常に勝ち誇っている。勝負をつける前から、優越感に浸っている。それは相手のことを知り尽くしている立場だからこそできる行為のはずだ。
「私は、お前が欲しい。もう一度、問おう。素直になり、従う気はないか。怖いのだろ。今なら失わずに済むぞ」
白鈴は透かさず言葉にはしなかった。戦場を肌に感じ、ただ無言で切っ先を相手に向け、その意思を示す。身勝手が過ぎる。
「腹が立った」
「そうか。なら。己の無力さに絶望しろ」
火門は白黒をつけようとする。圧倒的な力で相手をねじ伏せようと決めた。その技は猿猿猴と呼んでいいだろう。武芸を磨いてきた者としての能力を発揮して、器用に熟す。
強靭な猿猿猴により踊らされる。白鈴だからこそ凌げても優位に立つのは困難だ。相手の仕草から彼女が徐に見上げると、自身の体より大きな岩がこちらへ目掛けて落下している。
豪快な一撃だ。火門は距離を縮め、刀を振り下ろした。その鋭さ、いとも簡単に岩ごと切り裂く。いかにも致命傷のように見える。
だが白鈴にたいした痛手はない。彼女は心気で防いだ。




