第15章「大鳥の祠」_4
あの人の『心』には悲しみが渦巻いてる。時々、悲しそうな顔をする。
あれから時は経ち、ある日、姉のそんな夢を見る。これが夢であったと片付けてしまってもいいのか? ぼんやりと頭のなかに記憶としてあった。
そして、森にいたあの鬼が残した言葉が。
兄に頼み込み、どうにか長い棒を手に入れる。私がしっかりしないといけない。守れるように。
静かな夜に、どこかの家で「鈴」が鳴っていた。屋水姫が近くにいるのかもしれない。
屋水の巫女リュウが城に呼ばれた。はゆまに現れた猪の鬼が関係している。
そうだ。もっと警戒すべきだ。
「この日」――を私は知っているはずだ。この日まで私は、普通に生活をしていた。鬼ではなく。人生を取り戻していた。夢か現か。
目を覚ますと、忘れていた出来事をひとつずつ体験する。外の騒がしさに触れて、扉を開けると、そこは火の海が広がる。家には母の姿も兄の姿もなかった。
老人が懇願している。刀を持った男たち。賊だ。
これは、現実。まさしく現実となった。
声がした。振り返ると、そこには母がいた。お前たち二人で逃げなさい。早く。
一緒に――。
行きなさい。白鈴。あなたが狙われている。
私が? どういうことだろう? 私ではないはずだ。なぜならこれは。
いや待て。思い出せ。たしか。私は姉に本殿に隠れていろと言われたはずだ。そして私は姉が殺されたところをこの目で見た。私は逃げて。最後に。
母はお社に助けを求めるように薦める。馬はない。山道を二人で駆けるほうが危険だと判断した。何があっても。命を。隠れていなさいと。
姉はまだ目を覚ましていない。
母の助言をもとに急いで家に戻り、長い棒を持ち、姉を起こし、賊共に発見されないように行動する。
村中の女子供が集められている。すぐには殺さない。母は、あなたが狙われていると言っていた。
兄の行方はわからない。男は躊躇いもなく簡単に殺されている。
助かるにはどうしたらいい? 怯えるな。不安な顔を見せるな。私がいる。私が狙いだというのであれば。せめて姉さんだけでも。
家屋は燃えて、村から離れた暗い場所では、人ではない者たちがこちらの様子を眺めている。
これは記憶にある。手を引いて、火のなかを必死に逃げた。慎重に林を抜けた。お社のあるほうまでは火は回っていなかった。
あれ? 私が、手を引かれていたような。いや。姉は戦えないはずだ。だからこうして戦えるように兄に頼んで。棒を握りしめると、しっかりと硬い感触がある。
鳥居が見えてきた。壊れていない。石の階段は長い。
視界が揺れた。煙を吸い過ぎたようだ。気分が悪い。
休まず階段を登ると、そこから村の火災が窺える。
皆殺しか。悲惨だ。まだ人は残っているだろう。
急ごう。今は姉の身を守らないと。
境内に人の姿はない。城に呼ばれたからといって、誰もいないはずはない。
本当にいないのか? 奥へ奥へと歩いても、人の姿はない。
何があっても出てはいけません。姉には本殿に隠れてもらう。どこにも頼れる人がいないというのなら。
安心するには早いだろう。安心なんてできない。しかしそれにしても不思議に思えるほど静かな時間だ。先程まであれほどまでに騒然としていたと思うと。
誰か来るのではないか。
ここに来ないはずがない。
胸騒ぎがする。
やはり、そうなのか。
屋水姫が祀られる神社。気配を感じて目を向けると男がいた。一人だ。他には誰もいない。大湊真道だ。
「白鈴か? 白鈴なのか?」
「……はい」
恋する姉を殺しに来たと考えるべきか? そうはさせない。
「怪我はないか」
――頭が。いたい。思うように体がうごかない。
「はい……」
「無事でよかった」
「ちかづくな」
「白鈴。もう大丈夫だ」
「なにを……」
なんだ? なぜゆえ抱きしめられている? 私は……?
なぜだ? 何が起きている? どうして? おかしい。私は動揺しているのか。ちがう。これは。この感情は。そんな。
「お前に話しておきたいことがある」
わからない。わからない。この男から離れても。もっと。息が。
「いいえ。今はそれよりも」
べつに油断していたわけではない。これは全て、やつの作戦。私は警戒していた。それなのに突然抱きしめられて、私はかき乱されてしまった。
これは現実。やつの切っ先が、私の胸を貫いている。ずっと。息をするのも苦しい。
力が入らない。目を開けていられない。世界が広い。土の匂いがする。そこから強烈な血のにおいがする。
姉だけは。姉だけは。どうにか。お願いだから。――生きて。
時間はそれほど経っていないのだろう。だけど、長く眠っていたように思えた。目を開けると、本殿に隠れていたであろう姉が追い詰められている。
「やめて」
声が届いている様子はない。斬られた姉は屋水の池の底へと沈んでいく。




