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千客万来(センキャクバンライ)  作者: つかばアオ
_2の2 近付く影 正体 蘇る記憶
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第15章「大鳥の祠」_3

 消えることのない炎の中で、白鈴は仲間と共に人型の鬼と戦っていた。女の鬼は手強く、決着はついていないところで新たな事態へと転がる。


 目を開けると、白鈴は横になっていた。彼女は家屋にいる。記憶にある建物だ。


 体を起こし、外の騒がしさに心は動く。


 扉を開けると、そこは火の海である。屋水だ。火災だ。悲鳴が聞こえる。目を向けると、刀を持った男たちに武器を持たぬ老人が懇願している。


 男たちには耳を貸す素振りなどなく、老人は殺された。


 これは……。白鈴は戸惑う。『幻』、ではないのか?


 疑えど、あまりにもそれは鮮明だった。まさに経験しているかのよう。眠っていた彼女の記憶がじわりと呼び起こされる。


 


 また声がする。白鈴は振り返った。


 


 ――。


 


 白鈴は目を覚ました。『声』が聞こえたからだ。優しく呼ぶ音に、体が反応した。


 彼女は桜の木の下で座っている。暖かく晴れた空。野鳥の鳴き声。花びらが舞っている。白鈴は驚くしかない。なぜならそこに姉がいる。


「ねえ、さん?」


「どうしたの? そんな顔して」


 私は眠っていたようだ。戸惑いはあれ、白鈴はすぐに状況がわかった。


「怖い夢でも見た?」


「……はい。とても。怖い夢を見ていたようです」


 安堵の思いをした。姉の顔に。見上げると、微笑む姉に。


 それは長く。長い時間、会えていなかったから。もう会えないと心で決めていた。お話しすることも叶わない。残酷な。


 周りをどれだけ見ようと、そこに拾える戦いの痕跡はない。


 彼女の中に残滓はあっても、目に映る美しい世界にはどこにも見当たらない。


 満開の桜の下、ここで眠る前の出来事が思い出された。この心地よさにうとうとしていた。ほんとうにこれまでが「夢」であったかのよう。


 


 


「姉さん。嬉しそう」


「だって。あの人と会える。そう思うと」


 初夏の季節、姉は私を連れて、馬を用意し、屋水からはゆまの千年桜に向かおうとした。この日、姉は次期火門である『大湊真道』と密会の約束をしている。


 あなたを紹介したいそうよ。母は私にそう言った。


 不思議な気分だ。私はまだ会ったことがないらしい。けれど、顔を知っている。


 姉は嬉しそうにはしているが、七日前に大湊とは屋水で会っている。どこで密会をしていたのかは知らない。私に黙っていた。家に帰っていないと知って、聞いても聞いても母は教えてくれなかった。兄も答えてくれなかった。ただ、前の日も、その後日も、姉は幸せそうだった。


「それだけではないけどね」


 屋水を出ると、護衛だろう、馬が二頭いる。しかし大湊の姿はない。


 春も終わりを告げる。草木が新緑に覆われている。漏れた日差しと爽やかな風を受けながら、馬は姉と私を乗せて力強く走る。


 ……眩しいな。


 


 駅馬神風大桜は他の桜と等しくその花を散らせていた。わずかに余花が見られる。傍にある川は豊かであり音さえも穏やかで、山頂から流れる雪解け水もあって水温は低い。ゆったりと数匹の魚が相談でもするように泳いでいる。


 早く到着してしまったようだ。ここにも大湊の姿はなかった。


 千年桜の下に行ってみよ。姉はそう言って私を連れていく。


 お花見、また行けるようになるといいよね。お弁当を用意して。


 姉さん。やはりあの人のことを愛しているのですね。桜の木を眺める横顔は、なぜだろう、待ち遠しいとわかる。私にもわかる。


 姉は口を開いた。そこで離れていた護衛の男一人が大きな声を出す。


「なんだあ? あれは?」


 もう一人は近付いて、同じ方角、木々の隙間に目を凝らした。


「あれは、鹿ですな。こりゃ、滅多にお目にかかれない。ずいぶんと大きな群れだ」


「猪もいるぞ」


 姉は気になり、それが見える場所まで近付く。わたしも、気になる。


 姉の声は緊迫した空気に包む。「それだけじゃない。動物たちが。逃げていく。なにを恐れているの?」


「姉さん。森に。何かいます」


 生き物が逃げる。それほどの。森のなかに、とてつもない何かがいる。


「うん。うん。私にもわかる」


 姉は木々の隙間を眺めてから、男二人に申し出た。


「いますぐここを離れたほうがよさそうです」


 護衛は少しばかり戸惑っている。


「えっと。しかし」


「妹は、私より霊感があるので。お願いします」


 姉はこの場にいる者たちの命を守ろうとしている。迷うよりも行動を促している。


 群れと呼べるほどの生き物たちの移動はまだ見られた。七日ぶりの密会は中止となる。姉の顔にくやしそうな色はない。


 姉を、守るためだ。とくに。きっと、私にしか見えていない。山を下りる、土砂にも似た存在。


 広大な山々を、木々を、吹き抜ける風のような振りを『それ』はしているが(泥のほうが適切か)、明らかにこちらに向かってからだを伸ばしている。


 姉は勇敢な馬に声をかけていた。平気? お願い。はゆま村まで私たちを守ってくれる?


「姉さん」


 姉は表情を変えた。見えてしまったのだろう。それとも隠れることをやめたか。


「逃げて」


「だめ。そんな。ダメ」


「――様。小花様。危険です」


 護衛は仕事をする。彼らはその為にいる。安心していいのだろう。からだの一部分に私は飲み込まれてしまう。


 音が遠い。目を瞑って、耳を塞いでいるようだ。世界が狭くなる。


「なんだ? なにがいる?」


 千年桜から気付けば(森のなかだろう)場所が変わっている。「夜」であるかのように薄暗い。闇にはたくさんの目がある。


 闇から出てきたのは、大地を一歩一歩踏み締める足取りの猪である。


 混乱の原因だ。怒りだけでは表せない。この異様な気配、恐れるのも理解できる。


 刀を持たない私になにができようか。


 大きな口だ。距離が縮むにつれて。つんとする臭い。何をするつもりだろうか。


 姉を狙っていたようだ。私でもよかったようだ。


 自由などないが隙をついて逃げるしかない。


 囲まれていた。だが、一人ではなかった――大湊――彼の登場で私の命は助かる。


 大湊は猪を一太刀で黙らせる。たくさんの目は鳴くことはあれ闇から見ているだけだ。


「すまない」


 力尽きようとしている相手に、青年は静かにそう言った。


『お前たちが招いたことだぞ。人間どもよ。このままで終わると思うなよ』


「そうだ。私たちが背負わなければならない」


 これが、おそらく、初めての出会い。

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